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をのこ戦記  作者: 逸亜明
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仮想世界3

 学校が終わったのが三時過ぎ、裕也達とカラオケを終えたのが四時半、そして、自宅のマンションで制服のネクタイを緩めたのが丁度五時。


そして俺は今、暗く狭い自室のベッドの上で目を覚ました。時間は五時零分。


 

 立ち上がった俺は、首を二度三度回しながら黒い軍用ズボンを穿く。そして、緑のタンクトップの上に同色のジャケットを羽織ると、扉を開けて通路へと出た。


「法次、おいーっす!」


 挨拶と共に、俺の肩に自分の肘を乗せてくるのは笹柿(ささがき)裕也(ゆうや)だ。起きた瞬間からのハイテンションは、やはり学校が楽しいなどとは無関係らしい。寝起きの証拠に、パーマをかけたロン毛が寝癖を交えて大爆発している。


「おはよう、法次君」


 当然、裕也と隣室の吉岡正人(よしおかまさと)もいる。正人の奴は相変わらず起きてからの短時間に髪をきちんと真ん中から分けており、几帳面な奴だと言いたい所なのだが……、たまに眼鏡をかけ忘れて壁に特攻をする癖がある。


 二人は隊員区画に住んでいるので、俺の部屋とは少し離れている。俺は隊長区画と銘打たれた場所に部屋があるのだが、違いと言えば小さな机が置けるかどうかの僅かな物だ。


「法次、俺の美声はどうだったよ?」


 にやりと笑う裕也に、俺は軽くため息を付いてから言う。


「この世界に、カラオケが無くて助かる。夢想(むそう)世界ならともかく、現実の鼓膜では耐えられないかもしれない」


「へんっ! そのうち技術部にカラオケセットを作らせてやるっ!」


 両腕を組んだ裕也がそっぽを向く横で、正人が「全力で阻止しなければ……」と呟いた。




 『夢想(むそう)世界』。高校生活を送るあちら側の世界の事を、俺達はそう呼んでいる。


 全ての物がコンピューターによって作り出された幻影で、学校も、机も、椅子も、花音や本宮達も、実際には存在しないモノだ。もちろん、あの世界での俺達の体すらもそうだ。


つまり、仮想世界のように幻影を見させられて実体験しているのでは無く、全てが俺達の睡眠中に、脳内だけで行われている。まさに夢、ただの想像、それらとまったく同じだと言えるだろう。

 

時間で言えば、現実世界は午前五時から午後八時まで。そして夢想世界は、午後八時から午前五時までだ。俺達は九時間の睡眠中に、同時進行(リアルタイム)で夢を見る。


これが、二十一世紀初頭に開発された、夢想システムと呼ばれる仮想娯楽システムだ。




俺の目の前で、長い前髪を額にはりつけた裕也がゴールを走り抜ける。 


「も……本宮が応援してくれたらよぉ、も……もうちょっと頑張れるのに……」


 二着の裕也は、そう言って膝を突いた。顔を伝った汗がシリコンのグラウンドに滴り落ち、染みを作る。


「はぁ……はぁ……」


 次に正人が荒い息を吐きながらゴールした。「喋れるだけ余裕あるじゃないですか」と言いたげに、虚ろな目で裕也を見ている。


 俺より二分遅れだが、裕也と正人の体力は一流だ。小隊五人の残りの二人の隊員は、十周以上の周回遅れとなっている。


 ふと、俺の目の端に、チカチカと点滅する光が見えた。


「……後は、自主練だ。正人、裕也がサボらないように見ておいてくれ」


 訓練場の上部に掲げてある映像パネルに、俺の名前が表示されていた。中隊長からの緊急呼び出した。明日に予定されている作戦会議(ブリーフィング)と関係あるのだろうか?


 俺が作戦室へとつま先を向けると、背に二人が突っ伏す音が聞こえてきた。




 扉が両側に分かれて開いた先には、腕組みをして神妙な表情をする中隊長がいた。俺に気がつくと、自ら歩いて近づいてくる。


「広範囲哨戒任務に当たっていた十九番隊が消息を絶った」


「……どこでですか?」


 俺が聞くと同時に、中隊長は右手を上げる。作戦室の正面のパネルに地図が表示され、基地から西にかなり離れた場所が半径五キロ程の円で囲まれている。その辺りでは敵と遭遇した報告は今までに無く、俺も行った事が無い地域だ。


「すぐに隊を率いて調査に参ります」


「いや、ここへは一人で向かって欲しい」


 踵を返そうとした俺だったが、足の裏に力を込めてぐっと踏みとどまる。


 中隊長は、俺の目をまっすぐに見ながら言う。


「知っての通り、明日から大規模な作戦が発動する。十九番隊、五人全員を失った今、これ以上は戦力を削りたく無い。神志那小隊長、状況だけ確認に向かってくれ。もし機甲兵を発見したら、交戦せずに逃げ帰って欲しい」


 戦闘指令なら、裕也や正人が一緒にいた方が当然強い。だが、確かに発見時に即撤退するなら、俺一人だけの方が素早く敵に反応出来る。


「……早速作戦に移ります」


 俺は右こぶしを腰の後ろに隠し、胸を張る。そうした軍の正式な敬礼をした後、入ってきた扉へ戻る。すると背後から、中隊長の声が聞こえた。


「私は一番隊の大原や、四番隊の畑山よりも、お前の力が上だと思っている。法次、お前が出来なければ、誰がやっても帰って来られない」


「了解」


 俺は部屋を出ると、兵器庫へと向かう。


 広域哨戒中の両軍の偵察部隊同士が、偶然に出会ってしまったのならまだ良い。だが、もしあの地域に敵軍が侵攻してきているとしたら、次の作戦の大きな支障となる。足元をすくわれないために、この偵察任務はかなり重要だ。


防弾防刃迷彩ジャケットを羽織り、マスクを顔に装着する。足に走行装置(ユニット)を取り付け、引き(トリガー)の付いた大刀を手にした。


装備一式を身に付けた所で、壁の通信パネルから正人へとメッセージを送った。今日のこれからの指示と、もし俺が帰って来られなかった時に明日の作戦会議(ブリーフィング)に出てくれと言う内容だ。後は中隊長が正人を小隊長に任命してくれるだろう。

 

兵器庫から昇降機(リフト)に乗り、俺は上階へと移動する。


例え機甲兵にやられて死んだとしても、戻れない事が機甲兵との遭遇を意味する。つまり、生き帰って報告するのは考えなくて良い。

 俺が左手首の端末を操作すると、足元から圧縮空気が噴出して体が浮かび上がる。


走行装置(ユニット)、『浮遊装置(ホバー)』。

これは長靴(ブーツ)の上から履く装備品で、装着すると脛から下が機甲兵のような機械的な脚になる。このさほど大きくない本体内に浮上機関を内蔵しており、体を地面から三十センチほど浮き上がらせる。これにより俺達は滑るように地面を移動する事が出来、瞬間的に出力を上げることで高く飛び上がったり、空中で方向転換したりするのも可能だ。機甲兵に対して、俺達が勝る運動性と言う部分で重要な位置を占める発明品だ。


 俺は、平野部の下に迷宮のように走っている地下鉄跡を走り、隠し通路を登って地上へ飛び出した。



 地上。

二十一世紀初頭から続く五十年以上の戦争で、完全に破壊され尽くしている。今は瓦礫ばかりの荒野と、深い森林から成る場所だ。夢想世界の美しい町並みがこのように荒廃したなんて何度見ても信じる事が出来ない。ゲームセンター、カラオケ、商店街等、いつも俺達を楽しませてくれる物が本当に存在したのだろうか?

 

俺は、浮遊装置(ホバー)を唸らせ、荒野に砂塵を上げて目的地へ急いだ。



 百キロほど走ると、左手の案内装置(ナビ)が目的地に到着したとアラームで知らせた。ここから西へ直径五キロの円なので、正面にある山中が捜索範囲となるようだ。


 夢想世界で、先月に登山学習と言う物を体験した。二十一世紀初頭の山々は、遠目には現在のそれと違いは無かったが、やはり手入れや伐採が小まめに行われていたのか、大木の数は少なかった。


 だが、現在の山林には、もはや巨木と呼んでも違和感のない木がそこら中に生えている。それらは、機甲兵でさえも迂闊に衝突すれば機能不全を起こすだろう。しかも、当然に幹の太さに見合った根を地中に張り巡らせているので地面の凹凸が激しく、機甲兵はあまり森での戦いを好まない。


それに対し、俺達の装備品、刀銃と浮遊装置(ホバー)は、山林のような場所での戦闘でこそ真価を発揮する。熱剣と化した刀銃は木ごと機甲兵の鎧をバターのように切り裂けるし、浮遊装置(ホバー)は木の根に足を引っ掛ける事無く山中を自由に動ける。


これほどの地の利を得たとしても……今回のように刀銃兵士達は負けてしまう。


生身の俺達と違い、機甲兵はロボットだ。要塞のごとく強固な鎧を着込みながら刀銃兵と変わらぬ速度で動き、右手に鉄剣と火炎放射、左手にガトリング砲とワイヤー射出装置(アンカー)を持っている。武器が無くても、その拳を振るだけで岩をも砕く。


正直、刀銃兵五人一小隊で、やっと機甲兵一体と同等の戦力だ。


この性能差だからこそ、残念ながら我々解放軍は、つい最近にアジア大陸中央師団を失ってしまった。中国大陸で抵抗を続ける東部師団も旗色は悪く、ここ極東地域まで機甲兵が攻め入ってきている。もし中国大陸も占領され、俺たち極東大隊も滅んだなら、人類は全滅かもしれない。


そうなれば、地球は機甲兵を操る軍の思うままだ。


 俺は荒野から山へ入り、東側斜面から捜索を始める。すると、十数分程度で俺の任務は終わった。


ある場所で戦闘があった痕跡を発見し、周辺から五人分だと思われる(・・・・)遺体を見つけた。

 

足跡から敵の数も五体程だと推測される。なら、通常なら刀銃兵が三部隊以上で連携攻撃しないといけない戦力だ。十九番部隊は不運にも、ここで敵の小隊と正面からばったりと出会ってしまったのだろう。隊長の判断がまずかったのか、それとも隊員の誰かが失敗(ミス)をしたのか……。


 だが、敵の足跡の数から、あちらも偵察小隊のようだ。進軍があった痕跡は確認できないので、次の作戦への影響は無いと思われる。それを……すぐ基地へ報告に帰還するのが俺の任務のはずだった。だが、仲間をこのままにしておくのも忍びない。


俺は、彼らを葬る穴を掘ることにした。


五人を埋めるのは大変な作業だが、幸いな事に彼らは協力的だ。俺は一メートル四方の穴を一つだけ掘りあげると、そこに彼らを入れ、土をかけて埋葬した。

 

……ん?


 墓標代わりに彼らの刀銃を地面に五本刺し終えた時、少し離れた木々の隙間に、人の手で加工されたような石が見えた。俺はそちらへと歩いて行く。


 

古い墓だった。


すぐ隣に生えた木に突き飛ばされて墓石は倒れ、根によって土台まで崩されている。この大木が芽吹くよりも先にあったと言うことは、少なくとも三十……、いや五十年以上前からあった墓だ。そして、今は失われた石の加工技術から見ても、大戦が始まるより以前の、平和だった頃の日本人が眠っているのだろう。


しかし……破壊された霊園跡を何度か見たことがあるが、前時代の墓と言うものは、決まった場所に密集して作られる物のはずだ。どうしてこんな場所に一つだけ寂しく建てられてしまったのだろうか……?


石碑が倒れて割れていたため、いつの物か、誰の墓か読み取れなかった。特に得るものは無さそうなので、俺は基地へと戻る事にした。その時ふと、崩れた墓石の下に何かが見えた。


かがんで覗き込むと、墓の下に空間が設けられており、そこに遺品のような物品が納められているのが確認できた。洋服、ネックレス、時計などが置かれ、デザインは夢想世界の商店街で目にした物に似通っている。と言うことは、二十一世紀初頭に亡くなった人の墓だろうか?


「これは……?」


 呟きながら、俺は一つの物を取り上げた。


 表面がプラスチック製の、縦が十五センチ、横が八センチ、厚みが一センチ弱の長方形の端末だ。片側が真っ黒で、恐らく質感からここが表示パネルに違いない。死後の世界にまで持って行きたい端末とは何だ? 何か特殊な用途でもあるのか?




次話、2015/06/28 18時に追加されます。

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