後継者7
ジムの目は真剣そのものだ。狙う俺の命を一点に見つめている。
ガキンッ
瞬きの間に、ジムに間合いを詰められていた。何とか反応したが、しびれた手から刀銃が落ちてしまいそうだ。
「だから浮遊装置を履けと言ったろう!」
ガキンッ! ガキンッ!
俺は刀銃を振ることが出来ず、防戦一方だ。無闇に振って空振りすれば、その瞬間に俺の首が飛ぶだろう。
馬鹿な! 強い!
ジムは恐らく、刀銃兵としての訓練は受けていないはずだ。
別基地へ移動中に俺を拾ったと昔に語っていたが、恐らくその時に記録を改ざんして、刀銃兵の一人となって紛れ込んだのだろう。それから実践も殆ど経験していないはずだが、この力と速さは六道以上だ。
ドカッ!
ジムの刀銃に気をとられすぎて、蹴りをみぞおちに入れられた。痛みに顔をしかめると、その頬を右腕で思いっきり殴られる。俺は地面を転がった。
「法次、私は過去の大国であるアメリカが、莫大な予算をつぎ込んで選びに選んだ遺伝子から作られている。当時の70億の人間遺伝子で、最高の組み合わせ、究極の人間と言っても過言では無い。六道ならともかく、遺伝子の選別も受けていない複製型のお前では、戦いになるはずがないだろう」
俺は、歯を食いしばって立ち上がる。
確かに、藤原葉助は普通の親から生まれた人間で、持っている遺伝子は天然物だ。その遺伝子にジムと同じ遺伝子強化を施したとしても、元が違い過ぎる。
だが……負ける訳にはいかない。その理由だけは、少なくとも奴に勝っているはずだ。
俺は、刀銃を地面と水平に持ち、右に構える。
「ジム……俺の最高の技だ。藤原葉助の一撃、これにかける」
「葉助? 以前の名か? 良いぞ。やってみろ」
ジムも、俺の前で同じ構えを見せる。
馬鹿にしているのでは無く、構えから俺の動きを予想しているのだろう。
「行くぞっ!」
「来い、法次!」
俺は地面を蹴った。俺の体が解けて粒子となり、ジムの動きがコマ送りで見える。
ブンッ!
俺の意識と体が重なった時、目の前にジムはいなかった。
……外した。
すまない……皆……花音……
〈葉助! 右っ!〉
「――っ!」
俺は、振った刀銃を引き止める。そして、その切っ先をそのままに、右へ刀銃を突き込む。
ズンッ!
「ぐはっ!」
ゆっくりと俺の視界が広がっていく。
俺の首元には、あと数センチとジムの刀銃が迫っていた。
そして俺の刀銃は……ジムの胸を刺し貫いている。
「ジム……いや、魚住中隊長……」
「法次……物事は……これだから面白いんだ……」
中隊長は、両膝を突き、口から血を吐き出した。
「違う。俺は声に助けられた。それでも相打ちだ。どうして……刀銃を止めた?」
中隊長は、真っ赤に染まった口元を緩ませる。
「私に追いついただけで、十分だ。後は、お前に任せる。私の……ジムの後継者よ……」
「後継者……? まさか……?」
俺も跪き、中隊長に言う。
「それで俺を拾ったのか? 後継者にするために? しかし、俺はあなたのようには……」
「法次……、私は目的まであと一手となったとき、気づいたんだ。遊ぶモノが無くなった世界は、なんてつまらない物なのだろう……と。玩具は壊さず、その形のまま使うべきだった……」
「中隊長、俺を育てるために、全てあなたが仕掛けたのか? 藤原葉助の複製から、俺の記憶喪失、花音との出会い、弘明の密告者、そして……夢想世界の謎を解く鍵になった、これも!」
俺は、左腕の操作端末下に差し込んで持ち歩いていた、拾ったスマートフォンを取り出す。
中隊長は、スマホをいぶかしげに見て、少し笑った。
「そんなものは……知らない。法次、だから世界は面白いんだ……。完璧であるGM人間にも……予想しえない事態が起こる……」
中隊長は虚ろな目になったが、歯を食いしばり、俺に伝える。
「初めは……藤原葉助だ。奴の強い愛情が理解出来なかった桜井が……確かめるために同じ人間と、その対になる人間を複製する……。作られたお前……神志那法次が、天然石のはずなのに、……優良遺伝子以上の潜在能力を……秘めいていた……。そして桜井が、法次の対として作られた娘に……GM人間らしからぬ愛情を持ち……裏切る。……これらは全て、予想外の事だった……。もちろん、お前の記憶喪失もな……」
中隊長は、ついに目を閉じ、青く塗られた菜園の天井を仰ぐ。
「法次……実はお前を拾った時、桜井は……まだ生きていたんだ……。瀕死の奴は、意識が無いお前に……必死に語りかけていた……。藤原葉助と……対になる女の過去をな。そして、娘を頼むと言い残して……死んだ。それを聞いた時……お前で試してみようと思った……。俺が作り上げようとする人工石の世界を……破壊できる天然石なのかをな……」
「違う! あなたは自分が負けるように誘導していた! 俺を偵察兵として花音と出会わせたのがそうだし、密告者の件もそうだ! ……っ!」
俺は、一つ思い出した。中隊長が昔から俺に薦めてきたあれもそうだったのか?
「もしかして、酒を飲ませようとするのもそうだったのか? 歳を取らないGM人間は、アルコールさえも瞬時に分解し、……酔わないのか? あなたは俺がGM人間だと気づかせる手がかり(ヒント)をずっとくれていたのか……」
その問いに中隊長は答えなかった。違ったのか、それともすでに耳が聞こえなくなっていたのかは分からない。
「法次……私の……後を継ぐのも良い……。まったく違う……道を進むのも良い……。世界を……まか……せたぞ……。後継者……よ……」
中隊長は大きな血の塊を吐くと、後ろに倒れた。その顔は、安らかであった。
百年をかけ、世界人口の約半数、35億人以上を殺した男の生涯は、ここに幕を閉じた。
「法次……この人って……本当に悪人だったのかな? 作ったアメリカが……戦争が悪いんじゃないかな……?」
菜園を後にする時、花音が涙を流しながら俺に言う。
俺は、振り返って菜園を眺めた。
色とりどりの野菜から、果物まである。中隊長はこの景色を見て、何を思ったのだろうか。
「本当の悪人なんて……いやしないのかもな……」
俺と花音は、地上へ向けて歩く。
「法次ぃ! やっぱり生きてたかっ!」
コンクリート片をどかし、地上へ出ると、瓦礫だらけの場所で裕也が抱きしめてきた。
「お前らこそ……」
「沙織さんと美樹が助けにこなきゃ、死んでましたけどねっ!」
正人も泥だらけだが、髪型がきちんと整えられているのに俺は吹き出してしまった。
「そう言えば、畑山は……?」
辺りを見回すと、平らな瓦礫の上で足を組み寝転んでいる畑山が見つかった。
「……さすが人間最強の兵士だな」
「法次! 結局、Gym Smith の後継者っていたのかよ?」
皆は、俺が裕也の質問に答えるのを待っている。畑山も、身を起こして俺に視線を向けた。
「後継者か……そうだな……」
俺が花音の肩を抱くと、花音は笑顔で寄り添ってくる。
俺達は、梅雨の合間に現れた青空を見上げた。
戦争はこれで終結するだろう。
顔も見えない敵は憎いかもしれない。だが、相手側にも正義がある。
命を奪ってしまえば、それで終わりだ。友人にも、恋人にもなれない。
マスクを取れ、鎧兜を脱げ、相手と触れ合ってみるんだ。
木部、和美、健太郎、優子、弘明……そして……魚住中隊長、
争いに巻き込まれて消えてしまった人々は、後世の人々の笑顔できっと天国へ行けるだろう。
幸せになるのが、残った俺達の使命だ。
次話、『エピローグ』が本日21時に追加されます。




