後継者6
「…………っ?! 花音!?」
一瞬、俺は気を失っていたようだった。辺りを見ると、五メートル四方の狭い室内だ。照明は爆発の衝撃でだろうが、チカチカと点滅している。
コンクリート作りだが、この部屋は今までの部屋と趣が違う。簡素で照明も少なく、そのせいか空気もひんやりして感じる。扉は一つだけあるが、しっかりと閉じている。なら俺は、どうやってこの部屋に入ってきたのだろうか?
パラパラパラ……
天井から、小石や砂が落ちてきた。見上げると、機甲兵が天井に開いた大穴からこちらを覗いている。右肩は桃色だ。
「花音!」
ゴワッシャン!
花音は、天井に開いていた穴からコンクリートの破片と共に落ちてきた。俺は、駆け寄って鎧を触る。
「熱っ……」
機動装甲は、とてつもない程の高温だった。しかも、背中側、背面装甲に大きな亀裂が走っている。一緒に落ちてきた俺の刀銃は、焼けて真っ黒だ。
まさか……花音……
俺は、地面に両手両足を突いてうな垂れる。
「ここまで来て……花音……。俺は……また自分だけ……生きながらえたのか……」
地面に、涙がぽたぽたと落ちた。
「花音……すまない……俺は……俺は……」
「愛してる?」
「ああ、花音、お前を愛していた。だが……もう二度とお前の顔は……」
「なんでも言うこと聞く?」
「もちろんだ。お前ともう一度会えるなら、どんな事でも…………、ん?」
「人前でもキスして良い?」
俺が部屋の隅を見ると、箱の陰から俺を伺っている花音の顔が見えた。俺に見つかったのを知ると、花音はごそごそと箱に隠れるが、逆に例のスーツに覆われた光沢のある尻が出ている。
「花音っ! 生きてたのかっ!」
俺が叫ぶと、ばつが悪そうな顔をして花音が立ち上がる。
「もうちょっとでキスまで取り付けられたのになぁ……」
「どうやって助かったんだっ!? 装甲が持ったのか?!」
俺はもう一度機動装甲を見る。あの大きな亀裂から入った熱風は、温度調節機能なんかじゃ防げないはずだ。
「今度法次にも、忍法空蝉の術を教えてあげるねっ! シュババババッ、バッって脱出するんだよ!」
花音は、立ったまま這うような手の動きを見せると、にんまりと俺に笑う。
そうか、確か機動装甲は、胴体前側が開いて抜け出せるはずだ。しかし、花音は造作も無い事のように笑うが、これはとてつもない判断力だ。
爆発までの一瞬で、隣、もしくは付近の部屋で地下室への入り口を見つけた花音は、俺を押し込み、そしてすぐに自分は飛び込まず、自分の鎧で入り口に蓋をしてから抜け出したのだ。
この判断が一手の省略を生み、結果として花音自身の命を救ったんだ。いや、花音の重厚な鎧で蓋をしなければ、熱風が吹き込んで俺の命も危うかったかもしれない。
「……助かったよ花音」
「お礼のキスは?」
花音が唇を突き出してくるが、俺は頭を撫でるだけで地下室にある扉を見る。
「まだだ……。ここは恐らく地下シェルター。だが、カビ臭さは無い」
「誰か使ってるって事?」
頷いて、俺は刀銃を拾い上げる。熱いが、多少冷えてきて持てなくは無い。
「もしかして、Gym Smith の後継者かなっ?」
「ああ。そして、それは奴に違いない」
刀銃を機動させるが、小型出力装置が反応しない。素の刀として使う以外ないな。
「奴って……あの人?! 法次と親しかったあの人が……後継者だったって事?」
花音が驚きの声を上げる中、俺は扉を開けた。
細い通路が続いている。左側には窓ガラスがはめてあり、そこから見えるのは菜園だ。体育館程の広い場所に数十種類以上の植物が栽培されている。
俺は突き当たりの扉の前に立った。すると、扉の向こうから小さな音が聞こえてきた。
カラン
氷の揺れる音だ。また、飲んでいるのか。
俺は古風な扉のノブに手をかける。鍵は掛かっていない。
俺は一気に開いた。
ベッド、机、家具、全て使い込まれている。どうやら、地下に隠れていた訳じゃなく、ここが奴の自室のようだ。
広い部屋に一人座っている男は、背中を向けたまま俺に聞いてきた。
「法次、秘蔵の酒があるぞ。飲むか?」
「いや、まだ任務が終わってないので、遠慮しておきます」
赤毛の男は、可笑しそうに肩を揺らしている。おそらく、「一度も付き合った事が無いじゃないか」と、笑っているのかもしれない。
「魚住中隊長……、やはりあなたでしたか」
俺が彼の背に言うと、魚住中隊長は椅子を返してこちらを向く。
「ん~、ここまで来られたのは想定内だったが、よくあの偽装を見破れたな?」
中隊長は、いつものように無精ひげを撫でて言った。
「1+1は、1ですからね」
俺が言うと、中隊長は、不思議そうに首を傾げた。
すると俺の横で、花音が煙草を吹かす真似をしながら言う。
「あんな偽装、このホームズの前ではごまかしにすらならないぞよ。あなたは、一つの死体を二つに分けた。左腕と、それ以外の部分だ」
中隊長は、「ほう」と花音に唸った。
「司令官室で死んでいたのは、弘明君だな。彼はバラバラにされて焼かれていたので、体の一部が足りないと気づく人はいないだろう。そして外部の人間が入り込めない基地の司令室内だけに、本人確認などされずに死亡したのは中隊長だと皆は思い込む。外に出たあなたは、別の死体を焼き、持ち出した弘明君の左腕をそばに置いておく。特徴のある左腕を見たうちのワトソンは、弘明君が口封じに殺されたと思う。実際は付近で死んだ兵士でも掘り起こして使ったんだろう?」
話終えると、花音は煙を吐き出すかのようにふーっと息を吐いた。
すると、中隊長はグラスを持った手を叩いて感心した様子だ。
「良いコンビだ。さすが、あの優秀だった桜井が作り上げたGM人間だな。奴の願いは、ここに来て実を結んだか」
中隊長は、机にグラスを置いた。そして立ち上がり、壁に飾られていた刀銃を手に取った。
「刀銃は良い武器だ。刃を合わせる度、自分は今生きているんだと実感する」
「中隊長、Gym Smith の後継者はあなたなのか? 中隊長もGM人間なのか?」
中隊長は、ゆっくりと首を横に振ってから言う。
「確かに私はGM人間だ。だが、後継者では無い」
……違う? ここに来て中隊長が嘘をつくとは思えない。しかし、それにしてはこの地下室での特別待遇は妙だ。明らかに新田や六道などとは別格の扱いを受けている。
中隊長は刀銃を左手で持ち、空いた右手で宙に文字を書く。
「お前達は、恐らく一つ勘違いをしている。ジム・スミスと呼んでいるが、つづりは何だ? まさか、G、Y、Mを並べて、Gym と呼んでいるんじゃないのか?」
俺と花音は顔を見合わせる。……違うのか?
中隊長は、宙に指で文字を二つだけ書いた。
「正しくは、G、M、だけを並べ、Gm Smith だ。ちなみにSmith は姓が必要だった際に付けた偽名で、本来はそんなもの与えられていない。私の名前はGmだ」
……私? ジム?
まさか……
俺は一度つばを飲み込むと、中隊長に言う。
「あなたが……ジムか? 夢想システムを作り出した張本人の?」
俺の言葉に花音は驚く。
「ウソッ! だって、そのジムは、五十九年前に夢想システムを作ったんでしょ? その時に確か三十代だから、えっと今は……八十九……」
「違うな。私は1980年生まれだ。夢想システムは、38歳の時に完成させた。現在のの年齢については、数えるのをとっくに止めている」
中隊長に訂正された花音は少し考えると、「97歳だ!」と驚いた。
俺は、花音の父親を思い出していた。
54年前の映像に少年の姿で映っていた花音の父親は、現在でも三十代にしか見えなかった。『複製だ、別人だ』、で片付けてしまったが、あれが本人だったとすると……。
それに目の前にいる中隊長、いや、ジムも、誰が見たとしても三十歳前後だと言うだろう。
「もしかして……GM人間は、歳を……とらないのか?」
俺の問いに、ジムは頷く。
「まあ、老化をしないと言った方が正しい。成長は男なら二十代後半まで続き、それから外見は変化をしない。寿命は……不明だ。第一世代の、最初のGM人間である私の寿命がまだ来ていないからな」
花音を見ると、さすがに顔が強張っている。
俺と花音は、複製型とは言え同じGM人間だ。それでもあえて俺は口に出す。
「まるで……化け物じゃないか。もはやそれは、人間などでは無い。どうしてそんなモノを作っ……いや……、あなたが最初のGM人間? なら……」
ジムは作戦会議の時の様な、淡々とした口調で答える。
「そうだ。私も作られたのだ。GM人間とは、Genetic Manipulation human 、遺伝子を操作し、強化された人間だ。冷戦と言う戦争予備期に入った大国、アメリカがNext Human 31と呼ばれる極秘部門で進めていた実験の産物だ。だが、戦争の脅威が無くなり、平和な時代を迎えたことによって私は計画ごと無かった事にされた」
「それで……日本に来たのか?」
「……ほう、あの研究所をも見つけていたのか? そうだ。抹消されかけていたNH31を日本に売り込み、俺が組織を引き継いだ。開発段階にあった夢想システムもあそこで完成させ、同時に仲間となるGM人間も増やした」
「理由は、人間に対する復讐か?」
「それは無いな。不必要なモノは捨てる。当然の理屈だ。だが、私には目標が必要だった。能力を持て余していたものでな」
「それで、暇つぶしに人間を滅ぼすことにしたのか?」
「ああ。しかし、これはいくら完璧なGM人間とはいえ、頭をひねったぞ。この広い地球上に広がる70億もの人間を、どうして消し去るかだな。化学兵器にしても細菌兵器にしても、地球が広すぎて満遍なく届かない。当時存在した核兵器も同じだ。そこで考えたのが、夢想システム理論だ」
……なるほど、さすが賢い。
人間を滅ぼすには、まず全ての人間を把握しなければならない。ジャングルの奥地から、凍土の果てまで人は住んでいる。夢想システムは魅力的な装置だろうが、そんな辺鄙な場所に住む人間達全員にまで知れ渡ってはいなかっただろう。
そこで、夢想システムを使っている人間達に、例えば女性に男性への嫌悪感を無意識下に植えつける。男性にも同等の処理を施し、いがみ合いを発生させる。夢想システムの強度を徐々に上げていくと、エスカレートした男女の抗争は政局にまで及ぶだろう。戦争が勃発すれば、街の破壊や日常のストレスなどで、夢想システムの使用率は上がり、さらに洗脳される人間が増える。
男女二種に割って争いをさせれば、強い片方が、弱いもう片方を見つけ出して駆逐する。70億の半分である35億人で探せば、地球など狭いものだ。
最後に、残った人類は夢想システムを利用して殺してしまえば良い。……例えばどこどこに集まってもらい、そこを核兵器などで吹き飛ばせば終わりだ。
重要なのは、戦争を通じて夢想システムの普及率を100%にすることだ。それさえ完了出来れば、例え片方が完全に全滅していなくても、両方をまとめて抹殺できる。
ジムは、菜園へ続く扉の前に立って言う。
「現在、夢想システムの普及率は、計算上100%だと考えられている。ここで人類を消滅させようか、それとも男性が死滅するのを見届けてからにするか、非常に悩ましい」
ジムは、刀銃を握って菜園への扉を開けた。
「法次、この施設を破壊したところで、予備サーバーを置いたNH31の施設が世界に20はある。だが、俺を殺せば……全てが終わるかもしれないぞ」
ジムは外へ出た。俺と花音は一度視線を合わせ、中隊長の後を追う。
ジムは、いつもの将校用の軍服を着ており、その襟を正した。
「結構気に入っていてな」
そう言って笑った。
俺は、浮遊装置を脱ぎ捨て、靴で土の上に立つ。
「遠慮しなくて良いんだぞ?」
ジムは履けと促すが、別に俺は中隊長と対等な条件にしたんじゃない。爆発に一度巻き込まれているので、万が一の故障を心配しただけだ。
俺は、兄のように慕っていたジムの顔をじっと見、口を開く。
「最後に一つだけ教えてくれ。あなたは……どうして俺を拾ったんだ? 崖から落ちて怪我をしていた俺は、もしかすると放って置けば死んだんじゃないか?」
「……それは、俺に勝ったら教えてやろう」
ジムは刀銃を上段に構えた。俺は、下段に構えて対峙する。
次話、本日20時に追加されます。




