後継者2
荒野と化している平地や高地を二時間ほど走った。
俺達が目指している昔に仙台と呼ばれた土地へは、そろそろのはずだ。
「法次、そう言えばよ、夢想世界で昨日は花音ちゃんと屋上で何してたんだよ?」
裕也が、器用に反転して後ろ向きに走りながら聞いてくる。
「ん……いや、大した事じゃない。機会があれば、話す事もあるだろう」
「へんっ! どうせまたキスだろ? 言っておくけど、俺と正人もお互いに昨日済ませたからなっ!」
裕也は鼻息荒く、胸を張っている。そこへ、話を聞きつけた正人が寄ってくる。
「まあ……現実世界ではまだですけどね。それは、今日全てを終えてからのお楽しみって事で……」
正人と裕也は、こみ上げる嬉しさを必死に歯を食いしばって抑えている。
「けしからんっ!」
そこへ、木部が大きな図体で割り込んできた。
「接吻は、契りを交わすまでしてはいけない事だ! ……と、和美殿が言っていた!」
太い眉毛を内に寄せ、木部の意思は固いようだ。
呆れたように裕也が言う。
「んじゃ、木部のおっさんは、あの柔らかい唇を当分知らなくても構わないって事かぁ」
「いや! 違う!」
その大声に、畑山までも振り返った。
「自分は……、今晩、和美殿に結婚を申し込むっ!」
俺達はもちろん、畑山すらも口をあんぐりと開けた。
勝算は……あるのだろうか? 相手は、ただのお得意様だとしか思っていない可能性が……。
全員が、木部に悟られないように小さく首を横に振った。
比較的建物の形を留めている瓦礫が多い荒野で、一際大きな建造物が見えてきた。
それは、非常に短く切り取られた円柱状の建物で、外側に『BASEBALL STADIUM』と読める文字が書かれている。元は何に使われていた施設なのか想像出来ないが、改築して拠点とするには十分な大きさだろう。
六月だと言うのに寒風が吹きすさぶ中、俺はゲートが見える位置に停止した。
施設のゲートは、強固な金属製の大型ゲートだ。機甲兵はもちろん、中型の車両なら二台並んで通れるだろう。迷い込んだ刀銃兵小隊や、機甲兵小隊を相手に戦うことを想定しているとも考えられる。
「怪しい匂いがぷんぷんするよなぁ」
裕也が言うと、畑山も同意するように告げる。
「斬り込んで、違ったなら、次行けば良いだろ」
しかし……敵の数が不明なので、俺達五人で行くのは危険だ。
「戦力差が予想される。ここは花音達を待って…」
「こらこら、勝手に遅刻だと決め付けないでよ~」
花音の声で振り返ると、近くのビルの残骸から三体の機甲兵が出てきた。手に両手一杯のガラクタを抱えている。
「これ、隠して設置してあった監視カメラだよ。受信電波を出す方向さえ予想出来たら、機甲兵にはすぐ探知できるからねっ!」
花音、沙織、美樹の三人は、引き抜かれ千切られたカメラを地面に落とした。五十台近い数だ。
これだけの監視カメラがあるという事は、あの施設は間違いなく敵拠点だろう。
しかし、予想以上に早い花音達の到着だ。車両と同速度で進める俺達よりも早い移動手段を持っているのか?
「赤い靴は来ないのか?」
俺が聞くと、その名前を聞いた木部が後ろでびしっと気を付けをする。
花音達は三人しかいない。未だに塞ぎ込んでいるだろう蜜柑の印は仕方が無いとして、足元を赤く塗った機甲兵、靴屋の店員である和美さんは来ていないようだ。
「ちょっと手間取っちゃっててね。あと、優子も来るよ!」
「……そうか」
彼氏を殺してしまった機甲兵、蜜柑の印の優子も健太郎の仇を討ちに来てくれるのか。
「法次君っ! 敵が出てきましたっ!」
正人の声でスタジアムを見ると、ゲートから大量の兵士が出てきた。数は百を超えている。
どうやら、監視カメラがばれて敵拠点だと隠す必要が無くなったので、討って出てきたか。
「あの武器はなんだ?」
全員刀銃兵と同じ格好をしているが、武器が二種類ある。一つは俺達と同じ刀銃だが、もう一つは全長五十センチくらいで、短い砲身の軽銃器のようだ。
それには花音が答えてくれた。
「法次、あれは昔のギャングが使っていた短機関銃って武器に似ているよ。威力は小さいけど連射性に優れていて、一発当てて動きが鈍った相手をハチの巣にするんだよ!」
花音が昔の漫画に詳しくて助かる。そうか、刀銃は対機甲兵用で、短機関銃は俺達に向けて使うって訳だな。防御がジャケット一枚の俺達には、威力が低い金属弾でも下手すれば致命傷だ。
「へぇ……。法次、敵は中々の数だな。ついに俺が大活躍出来る場面が来たぜ……」
武者震いする裕也の横で、正人は冷静に数を数えていたようだった。
「法次君、敵は151人です」
それを聞いた畑山は笑う。
「ふふん……。なら、一人頭二十人だな。余裕だな、木部」
「自分は和美さんの分と合わせて、四十人以上は葬ります」
敵は優良遺伝子の屈強な兵士だ。不利なのは全員分かっている。だが、気持ちで負けてはいられない。
敵兵士達は、俺達から50メートルの距離を取って停止した。しかし、その中から一人が抜け出し、こちらへ歩いてくる。
「むぅ……」
木部が唸った。
そいつは、俺達の基地で最も大柄な木部よりも図体がでかい。おそらく二メートルは超えているだろう。しかも、手足は冗談のように筋肉質で太く、もはや人間とは別種のようだ。
そいつは、俺と10数メートル開けて立ち、口を開く。
「貴様が藤原葉助か。東アジア中国支部で、NO.1だった男だな。当時、噂は聞いた」
「……悪いが、記憶がまったく無くてな。お前はこの極東支部で一番なのか?」
「俺の名は、六道勇夫。全GM人間で最強の男だ」
GM人間? 俺や花音のような優良遺伝子選別を受けた人間をそう呼ぶのだろうか。
「俺は納得出来ない。どうして貴様のような異端児が、支部内とは言え、最強だったのかをな。GM人間の名を汚す存在だ」
六道は、背の刀銃を抜いた。
木部の持つ大型刀銃よりも、更に二回り大きい。刃部だけで二メートルはある。
「終わるまで、兵士達には手出しをさせない。貴様の実力など、裏切り者の桜井久志が言い逃れのために作ったでっち上げだと証明させる」
桜井久志? それは花音の父親の名前だ。組織を裏切ったのは聞いているが、言い逃れとは何の事だ? 裏切る前に、何か特殊な仕事をしていたのか?
ブンッ!
六道が刀銃を片手で振った。生じた突風で、裕也と正人が尻餅を突く。
「真のGM人間の力を目の当たりにし、恐怖で青ざめる顔のまま首を刎ねてやる」
真のGM人間? なら、俺は奴らとは何か違うと言うことか……? 異端児?
無造作に、六道がこちらへ跳ねた。十メートル以上飛び、俺の頭上から刀銃を振り下ろしてくる。
ガキン!
背から刀銃を抜きざま、刃を当てて六道の斬撃をいなす。奴の刃は地面に食い込んだ。
……が、その刃は土の中で返され、俺を追って地面を突き進んでくる。
「くっ!」
ギィンッ!
斬り落としで奴の刀銃を受けた。だが、下から斬り上げた奴の刀銃に跳ね飛ばされる。
宙返りして着地すると、六道は肩に刀銃を乗せ、悠然と俺を眺めて言った。
「やはりその程度か。桜井め、複製型を提唱した自分の立場が危ういからって、記録を改ざんして無理やり藤原をNO.1にしていたな……」
複製型だって? なら、やはり俺は、Gym Smith に一矢報いようとして散った藤原葉助の遺伝子を再現した人間なのか。
だが、『複製型GM人間』とはどういう意味だ? 『受精型』、『複製型』と種類があるのだろうが、『受精型』や『複製型』と言う言葉は遺伝子を選別する部分までを指している。となると、その後に続く『GM人間』と言う言葉は、そこから更に手を加えられた人間を指すと言う事か……。
俺は、六道の体を上から下までもう一度見る。とても普通の人間では無い。
まさかっ! GM人間とは、『遺伝子強化』された人間かっ!
遺伝子を人工的に組み替えると言う事は、それは人間とはまた別の、新たな種を作ろうとするのと同義だ。能力を伸ばすことは可能だが、自然の摂理に反する手法は、精神の崩壊、突然死、突然変異など、様々な弊害が生まれる。
Gym Smith は、その禁断の領域に手を伸ばしたのか……。
だが、なぜだ……? 人間を夢想システムで滅ぼそうとする反面、新人類を創造する目的とは……?
六道と対峙する俺の後ろへ、花音がでかい図体でこそこそとやってきた。
「法次、私と組んで、あの六道……岩男だっけ?を、めためたにしてやろうよ」
「……まあ、見ていろ花音。藤原葉助の遺伝子は、相手が強いほど燃え上がる」
俺は、六道を見据えながら、刀銃を右に水平に構える。そして刃を少し後ろへ引き、前傾姿勢をとった。
アドレナリンが吐き出され、頭が冴え渡る。体中の細胞が沸騰するようだ。
藤原葉助が、映像の中で最後に見せた技。これこそ、俺の骨格、筋力に最適な攻撃に違いない。
先輩、使わせてもらう!
六道が刀銃を肩にもたげさせたまま走ってくる。奴は途中で刀を振り上げ、上段に構えた。
「追い詰められ、奇を衒うかっ、藤原っ!」
「うぉぉぉ!」
俺は地面を蹴る。目の前には、振り下ろされた六道の刃がある。
「法次っ! 頑張ってっ!」
花音の声が聞こえた瞬間、俺の体が解けて粒子となる。意識が時空を跳躍した。
ズバッ!
俺のこめかみから血が噴き出した。だが、刀銃は左へ振り切っている。
「馬鹿な……目で……GM人間の目で追えぬ速さとは……」
後ろで六道はよろめくが、手ごたえが弱かった。恐らく、あの防弾防刃ジャケットは俺達のものより強固に作られている。
「きゃぁっ! 正人っ!」
美樹の悲鳴が聞こえた。
振り返ると、六道が正人を捕らえ、後ろから腕で首を締め上げている。
「敗れはしたが、あの御方の目の前でこれ以上の失態は出来ない。動くなよ……こいつの首をへし折るぞ……」
六道は、右わき腹から大量の出血をしていると言うのに、左腕一本で正人を拘束して後ろへ下がる。
「卑怯よっ! 正人しっかりっ!」
美樹の呼びかけに、正人は答えない。すでに意識は朦朧としているようだ。
畑山が俺の肩を叩く。
「神志那、吉岡に遠慮をして全滅しては何もならない。分かるな?」
「変なこと言わないでよバカっ! 法次君、正人を助けて!」
畑山は美樹をじろりと睨んだが、美樹は畑山に中指を立てて見せる。
考えるまでも無く畑山の意見が正解だ。ここで俺達がやられたら、Gym Smith の後継者に寄って世界が振り出しに戻されかねない。
だが……目の前で彼氏が死ぬ経験を、もう誰にもさせたくは無い……。
俺は、刀銃を握る手の力を抜いた。
次話、本日17時に追加されます。




