過去8
ベッドに入った時刻は午後六時だったが、眠っている間に八時となって夢想世界が始まったようだ。俺は、清潔で柔らかなベッドで目覚めた。
現実世界の疲労は夢には持ち越さない。俺はマンションから軽い足取りで学校へ向かう。
教室の扉を開けると、花音の明るい声が聞こえてくる。
今日は、あいつと何を話そうか。
「……でね~、法次とそこでキスしちゃった!」
ガシャッ
こけた俺は、椅子に肩を打ちつけた。
「あ、法次ぃ! おっはよー!」
ぴょんぴょん跳ねて近づいてくる花音に、俺はため息をついてから言う。
「お前……そういう事はあまり人前で言わない方が良くないか?」
「なんでぇ? 嬉しいんだから、教えたくなるじゃんかぁ。あと、法次が後ろから抱きついてきて、私のスーツを無理やり脱がそうとした所は凄く盛り上がったよ!」
「ぬ……脱がしてはいないだろっ!」
俺が机を叩いた所で、にやにやと目を三日月した裕也が擦り寄ってきた。
「法次、見かけによらずエロいですなぁ」
反対側からは、正人が囁いてくる。
「法次君、こちらも出世が早いですねぇ」
「お前ら、いい加減にしろ!」
振り払うと裕也達は蜘蛛の子を散らしたように逃げ、裕也は沙織に、正人は美樹に耳打ちをして、俺の顔を指差して笑っている。
はぁ……。
だが、裕也と正人が普段より元気一杯なのは、弘明の死があったからだ。俺達と弘明は、訓練兵時代途中からの付き合いなので約一年間近く苦楽を共にした。まさかそいつに裏切られた挙句、死んでしまうなんて……。裕也達がカラ元気を張るのも分からないでは無い。
「裕也、その……畑山達とはあの後どうなったんだ?」
弘明の話題は避け、気になっていた事を俺は聞く。
裕也は、正人と顔を見合わせて、同時に大きなため息をつく。
「畑山を全然捕まえられねーよ。あたふたしている間に、体を滅多切りにされてた……。死んだって思ったんだけど、意外に傷が浅くてさ。……手加減されたらしい」
「僕の場合は、木部さんと互角に戦っている……って思ってたんですけど、剣を数度受けただけで、腕と足が折れました。気がついたら、裕也君共々に木部さんに担がれて、基地へ連れ帰されました」
うな垂れる二人の後ろで、沙織と美樹が指をぽきぽきと鳴らしている。
「この間の刀銃兵ですよね。あの時に殺しておくべきでしたか……」
「よくも正人に……。ガトリング砲で体を端から削ってダイエットさせてやるわ」
俺は、丹念に沙織と美樹をなだめた。
その後、俺と花音は発見した施設の事を皆に伝え、意見を伺う。六つの視点があれば、一気に謎が解けるかもしれない。
「へー。五十四年前に、法次のそっくりさんねぇ」
「花音さんたちが育った施設も気になりますね」
「夢想システムを創造した Gym Smith が日本に研究所を作っていたなんて……」
「急に歳を取らなくなったお父さんの話もオカルトよね!」
取り敢えず俺達は、ペアになってあれやこれやと議論をする。
授業中もひらめいた事を紙に書いて、それぞれの彼女や彼氏に投げる。
そして放課後、カップル間でまとめた意見を出し合った。
まずは、裕也・沙織カップルだ。
なぜかカチンコチンの裕也に、正人や美樹から野次が飛ぶ。
「え~、俺と沙織の見解ですが、法次のそっくりさんは、複製じゃないかと思います」
「複製!」
俺が立ち上がって叫ぶと、話を最後まで聞けと花音にたしなめられる。
盲点だった……。遺伝子を解析、選別し、受精卵から人を作れる現在では、複製技術など過去の遺物で考えもしなかった。
「……で、花音ちゃんのお父さんに付いては、時代をずらして複製が二人作られていたので、歳をとっていないと錯覚したのだと思います。おわり」
裕也は頭を下げて座った。入れ替わりに正人が立ち上がる。
「僕と美樹の仮説ですが、Gym Smith の研究所と、花音さんや法次君が育てられたNH31って施設は、同一の組織に属する物だということです。順序立てると、NH31で作られた人間の中に超天才が現れ、その人が夢想システムを開発した。もちろん、それがGym Smith じゃないかって思います」
……なるほど。
花音が言うには、俺は施設で最強だったらしいが、それは戦闘においての事だ。別の分野では、過去の天才同士を掛け合わせて作られた、頭脳では最高の男がいたのかもしれない。
しかし……裕也達と正人達の意見のどちらも採用すると、一つ矛盾が生じるな。
俺は……裕也達が言うように複製なのか? それとも、正人達が説明したNH31で作られた優生人間なのか?
おそらく、この部分を説明する解があるのだろうが、いま少し考えが及ばない。
だが……
「皆、ありがとう。大変参考になった。後は……東北地方、ここを調べればきっと答えに近づける」
俺が礼を述べると、それで思い出したかのように裕也が立ち上がった。
「そうだ法次! 死んだ中隊長が何か残してないかって、法次が寝た後に木部さんと一緒に指令室の自動計算機データを漁ったんだよ」
「……裕也は知っていたが、木部も高度機械学を学んでいたのか? あの図体で?」
「木部さんがすげーんだよ! 太い指が超高速で動いて壊れた情報を復元しまくるんだよ! でも……結局は密告者の情報は無かった。中隊長も司令部も何も掴んでいないみたいだった。だけどさ、……そこで分かったんだけれど、法次は知っていたか? 東北って……刀銃兵の基地が一つも無いんだぜ」
「なんだと?」
関東以外にも、中部や関西に基地があるのは聞いている。だから関東にほぼ隣接する東北にもあると思っていたが……。
機甲兵は、進軍ルートから東北を外す。そして、刀銃兵達は東北に基地を建設しない。
「これで重なった。機甲兵側にも、刀銃兵側にも、不思議と盲点に入っている地域がある。それが東北だ。おそらく、夢想システムを操る組織が、夢想システムを介してその場所を見えなくしていたんだ。お互いを知らなかった昔の俺達のようにな」
告げると、裕也は舌なめずりをした。
「俺も行くぜ! 明日の夢想世界を休んででも、再生治療を丸一日続けて傷を塞ぐぜっ! 溺れるのが嫌だから避けてたけど、今回ばかりはそうは言ってられねぇ!」
「ちょっ…ちょっと待ってください! 僕は裕也君と違って再生治療はすでに始めてましたけど、骨折なんであと二日待ってください! 僕も絶対行きます!」
二人は教室に響き渡る雄たけびを上げる。
すると花音が、ずいと前に出て沙織と美樹を率いて言う。
「まったく、弱弱しい刀銃兵共が粋がっちゃって……。私達を誰だと思っているの? 極東侵攻部隊、第三中隊、特殊遊撃隊! 通称、元祖デコ部よっ! 泣く子も黙っちゃうんだからっ!」
花音が両手を真上に上げると、沙織と美樹はそれぞれ腕を斜めに上げてポーズを決める。多分だが、ここにいない赤い靴と蜜柑の印にも振り分けられたポーズがあるんだろうな……。
「でも、一ついい?」
花音は、まじめな顔で俺に言った。
「沙織達の命を預かる隊長として聞いておきたいんだけれど、法次達が避けてる……中隊長の話について聞いて良い? 死んじゃったのは、密告者と関係があるの?」
……それもそうだ。逆の立場なら、俺も全ての情報を頭に入れておきたい。
俺達は、弘明の裏切りと、魚住中隊長の死について、事細かに花音に話した。
黙って聞いていた花音だが、途中から親指を噛み出した。眉間にしわを寄せ、深く考え込んでいるようだ。
俺が話し終えると、入れ替わりに花音は口を開く。
「法次にとって、中隊長さんは大切な人だったの?」
「えっ? ……ああ、兄や父親みたいな感じかな。二年間世話になりっぱなしだ」
「そっか……」
花音は悲しげな目をした。俺の気持ちに同調してくれているのかもしれない。
花音は一度小さく頷くと、また俺に向かって口を開く。今度は弘明の事を聞くのだろうな。
「法次、1+1はいくつか知ってる?」
「弘明は……、えっ?」
予想外の唐突で単純な計算式に、俺は即答出来なかった。裕也達も同じように固まってしまっている。
俺は、花音の顔色を伺いつつ、恐るおそる答える。
「2……じゃないのか?」
「う~ん、どうだろ? 答えが出たら、教えてあげるね」
「ああ……頼む……?」
多少の天然な部分があった花音だが、今回の話しの意図はさっぱり分からない。花音が嵌っていると言う探偵物か、忍者物、もしくは宇宙人物のいずれかに関係するのだろうか?
さて、花音達も協力してくれる事が決まり、俺達は二日後の朝、東北へ向けて出発する。
きっとそこで、全てがはっきりするはずだ。
次話最終エピソード、『後継者1』は、2015/07/31(金) 22時に追加されます。




