仮想世界2
照明の少ない室内で、俺を含めた二十人がパイプ椅子に座って正面に立つ男の顔を見つめている。緑色の軍用シャツと迷彩柄のパンツを穿いた彼は、部屋に座る二十人の顔を右端から順に眺める。
その視線が俺の顔を撫でると、彼は口を開く。
「十九番部隊、この任務は君たちに頼む」
俺の隣席の男は立ち上がり、右こぶしを後ろに隠して上官に胸を張った。
訓練場へ戻った俺は、今日は訓練のみをして一日過ごすことを裕也達に伝えた。
「えぇ~! ボス狩り無しかよぉ」
「レベル上げに専念って事ですね」
肩をすくめる裕也の横で、正人はすぐさま木製の模擬刀を振り始める。
「次期作戦は大きなものとなる。裕也も正人を見習って真面目に訓練しろ」
「もう十分やったつーの!」
嘘では無く、裕也のタンクトップは汗でびっしょりだ。
模擬刀を地面に刺した裕也は、口を尖らして俺に言う。
「なんで十九番隊なんだよぉ。実力なら我が二十番部隊が上だってのに」
「上官の命令には…」
俺が答えようとすると、言い終わる前に裕也はぷいっと横を向く。
「納得出来なくても従うのが軍だろ! 耳にタコだってのっ!」
裕也は模擬刀を地面から抜くと、がむしゃらに振り回す。長い髪から汗が飛散した。
この基地の部隊は、五人ずつを一小隊として、総数二十で編成されている。基本的に戦闘能力上位者が若いナンバーの部隊に配置されるので、小隊番号がそのまま格付けとなる。
俺や裕也、正人は、十六歳となったこの春に配属されたばかりなので、最終番号となる二十番部隊員とされた。ちなみに十九番部隊の隊員達は、俺達より半年先輩で構成されている。
「あ~! ストレスが溜まる! 明日の学校帰りに…」
裕也は模擬刀を振るのを止めて刀を短く持ち、その切っ先を自分の口元へ持って行く。すると、それを見た正人がすかさず答える。
「カラオケでしょ?」
言われた裕也は、にやりと口元を緩ませ、マイクに見立てた摸擬刀に向かって口を大きく開ける。
「機動人ガイグダン、歌ってやるぜ!」
「またそれですか……」
正人はうんざりしたように首を横に振った。
◆ ◆ ◆
その日、六時間目の授業が終わるとすぐ、裕也と正人が俺の席に集まりカラオケへ行く相談をする。それに目ざとく気がついた花音は、両足揃えてぴょこぴょこと跳ね、栗色の髪と制服のスカートを揺らしながらやって来る。
「うむむ? その曇った表情の時は……カラオケに行く気だなぁ~?」
花音は、どうだと言わんばかりに俺を指差し、その指先をぐりぐりと俺の胸に押し当ててくる。
「当たりだ。今日こそ、裕也に新曲を覚えてもらおうと頼み込んでいるところだ」
答えると、その横で裕也は不満げに身をゆすり、子供のように口を尖らせる。
「同じのを歌うのがどうして悪いんだよぉ!」
「毎回、カラオケ時間中延々とガイグダンを聞かされる僕達の身になってくださいよ……」
正人はぴくぴくと頬を動かしながら、眼鏡を押し上げている。
「がいぐだん? ってなに? さすがの私もそのへんてこな名前だけでは推理できないぞ?」
首を傾げる花音に、俺は答える。
「アニメーションだ。絵がコマ送りで動く昔の子供達の娯楽で、その際中に流れた曲を裕也は気に入っている」
「ほう~。そんなものがあるんだ? 勉強になったぞワトソン君」
花音は握ったこぶしにあごを乗せ、ふむふむと目をつぶって頷いている。
……ワトソンってなんだ? 花音は、昔の小説に最近嵌っているらしく、言い回しが若干理解できない事がある。
花音が理解を示してくれたと勘違いした裕也は、得意げに花音に言う。
「ガイグダンはでっかい剣を持った巨人ロボットなんだよ! んで、相手の悪いロボットをばったばったと切り裂く! どう? 俺達の現実みたいだろ?」
「ホントだね~!」
花音は裕也へ拍手を送った。だが、絶対に分かってはいない。
「じゃあさ、花音ちゃんもカラオケ行く? ついでに片山と、も……本宮沙織っ! 達もい……一緒にさぁ」
裕也は、花音と仲の良い友達二人も誘った。気負ってしまったらしく、裕也のお気に入りの女子をフルネームで呼んでしまった事に、こいつは気がついたのだろうか。
本宮沙織は、腰に届く程の長く美しい黒髪を持つ切れ長の目をした美人だ。背丈はやや小柄。性格は大人しく、笑う時も口に手を当てる気遣いと清楚さがある。猫のように俺にすぐ擦り寄ってくる花音には、本宮からこの落ち着きを学んで欲しいものだ。
片山美樹は、花音と同じくセミロングの髪型だが、こちらはさらに色が明るく、ゆるく波状になっている。背丈は、花音と変わらない女子の平均ほどだ。大きな声で笑う奴で、総評すると男っぽい。ただ、化粧は一番濃い。
名前を呼ばれてこちらへ顔を向けた片山に、正人は一歩踏み出して言う。
「かっ…片山さん達もいかっ…いかがですかっ?」
誘う正人の声が上ずっている。もしかすると、正人は片山が気に入っているのか? 正人はすぐに俺に判断を仰いでくる少し優柔不断な部分があるが、女のタイプも頼りがいがあるような奴が好きなのだろうか?
くだらない、と言いたい所だが、娯楽である学校なので俺はいちいち口出しをしない。
「ごっめーん。放課後は三人で買い物に行くの!」
花音が両手を合わせると、本宮と片山も頷く。
確か、これで断られるのは三度目だ。恐らく、来ない様に設定されているのだと思う。それを裕也と正人も薄々理解しているので、今日も苦笑いをしながら肩を落とした。
カラオケへと向かう途中、裕也に、誘いに乗るかもしれない万が一の可能性にかけるほど本宮が気に入っているのかと問うと、
「法次は、花音じゃないのか?」
そう返してきた。
「気になると言えばそうだが、お前達のそれとは違う。花音とは、どこかで会ったような、既視感があるだけだ」
「既視感? 法次の失った記憶と関係あるのかねぇ?」
「法次君が、花音ちゃんに似た人と会った事があるって言いたいのですか? でも、女子なんているはずが無い(・・・・・・・)のだから、それはありえない話ですよ」
正人の言葉を聞いた裕也は、ため息をついて言う。
「はぁ、そうなんだよなぁ。本宮沙織も……いるはずが無いんだよなぁ……」
裕也と正人は二人で顔を見合わせると、同時に大きなため息をついた。
……そう。女子、女性など、存在しないんだ。この世界はともかく、現実には。
次話、2015/06/27 21時に追加されます。