過去5
翌朝、雨は上がっていたが、どんよりとした曇り空のままだった。
俺は花音を起こし、洞穴を出る。この辺りは俺達解放軍に重要視されていない地域だが、花音は丸腰なので刀銃兵に見つかると厄介だ。
「あ、法次、ちょっと待って!」
花音は洞穴の外に転がっていた機動装甲の内部から、何かを取り出した。それは、指の先ほどの大きさの記憶媒体だった。
「これ、占領軍の進軍ルートが記録されてるの。変更もありえるけど、取りあえずね」
「お前……」
俺は記憶媒体をポケットに入れると、その手で花音の頭を撫でた。
恐らく花音は、俺と戦い、もし自分が殺されれば、この記憶媒体を渡そうとしていたんだ。夢想システムの洗脳が全ての人から解かれるまで、俺が殺されないようにと考えて……。
俺は、花音を抱き上げ、浮遊装置を使って慎重に岩肌を降りる。微妙な操作を誤れば、二十メートル下に真っ逆さまだ。それなのに、花音はもぞもぞと身を動かす。
「花音、どこか痛いのか?」
「ち…違うんだけど……」
無事、崖の下に降りた。綺麗な小川が流れ、挟んだその向こうはまた崖のような上りの急斜面だ。左を見ると、小川が木々の間を縫うように流れて行く。右は……、進むほどに崖と崖の幅が開いて行き、その先は平坦な森のようだが、木々の立ち並びが深く先が見えない。地形が一般的で無いことから、この渓谷は侵食によって出来たのではなく、火山の爆発、もしくは地震などの地殻変動で生じたのかもしれない。
右と左、どちらに進むか意見を求めようと思って花音を見ると、花音は腰が引けて、妙に内股で立っている。
「朝の柔軟体操か?」
聞くと、花音は下腹部を押さえながら俺に答える。
「ほ……法次……。あの……近くにトイレ無いかな?」
「トイレ? おしっこか? その辺ですれば良い」
「出来る訳無いでしょっ! 女の子を何だと思っているのよっ!」
花音は頬を膨らませるが、俺は理由をすぐに思い当たった。
「……ああ、なるほど」
俺は右に歩き、少し離れた場所に生えていた葉の大きい植物に手を伸ばす。
「これを紙として…」
「言うと思った! そうじゃないのっ!」
……この葉は?!
「待て! 花音!」
「お手洗い(トイレ)っ! お手洗い(トイレ)っ!」
俺が止めるが、花音はアヒルのようにかっくんかっくんと歩きながら右の森へ入っていく。
この葉は……偽物だ。葉だけでは無く、植物自体が人工物だ。
俺は、花音の後を追った。
驚くことに、大木すらも偽物だった。表面は着色したシリコンで見事に樹皮を模している。
だが……、天然物の木も半分ほど混じっているようだ。この場所は一体……?
「法次ぃ~何かあるよぉ! トイレがありそうだよぅ~!」
花音の声が静かな森に響いた。俺は慌ててそちらへと走る。
森の中に、分厚いコンクリートの大きな建物があった。左右奥にも別館があり、三つはコンクリートの渡り廊下でつながれているようだ。建物だけで百メートル四方の敷地がある。
……そうか。
思い出すのは、俺達が一泊した洞穴だ。あそこで見張りをしていた兵士は、この施設を出入りする人間を高所から監視していたのだろう。となると、洞穴にあった缶詰の腐食は、この施設が放棄されてからの年月を指す。恐らく、五十年は経過しているか。
なら、周辺の人工草木は、この施設を目隠しするために置かれたのだろう。そして、間に生えて森を深くしている天然木は、施設が捨てられてから自生した物だ。
「ほ……法次ぃ~。鍵、鍵かかってるぅ~」
正面扉の前で、花音は涙目になっている。俺は、背中の刀銃を抜いて扉の前へ立つ。
ガシュッ
「ありがとう!」
礼を言うと、花音は中へ走っていった。
俺も斜めに切り取られた扉をくぐると、上部にはいくつか天窓があり、施設内は薄暗いが真っ暗では無い。だが、入り口前の砂埃の積もり方と、この建物内のカビ臭さから、恐らく無人だと思われる。
中は、大きな広間を中心に、正面と左右に廊下が伸びている。途中にある扉の間隔から、大部屋が多いようだ。
気になるのは、監視カメラの異様な多さだ。そして、広間にある兵士詰め所の大きさ。これは、当時かなり厳重な警備を敷かれていたようだな。
「はぁ~、すっきりした。紙もあったし!」
花音が、至福の表情で右の小部屋から出てきた。
「花音、水は出たのか?」
「ああぁっ! 法次! こっち怪しいよっ! 行こうっ!」
何を根拠にか不明だったが、正面の通路を走る花音に俺は付いていった。
そこは、司令室のようだった。二十台程の自動計算機に、机と椅子。他、大型の自動計算機が五台並んでいる。施設の中央に位置する事からも、最重要調整室だな。
俺は機器に触れてみるが、全て電源が落ちている。だが、このような施設なら、必ず予備電源があるはずだ。すぐに一回り大きな赤いボタンを見つけて押す。
非常用なので完全では無いが、ひとまず照明が点った。自動計算機にも電源が入り起動するが、数は三台程だ。後は年月の経過で壊れてしまったのだろう。
「これで施設が使えそうだね!」
隣から自動計算機の画面を覗く花音に俺は聞く。
「そう言えば花音、トイレで手は洗ったの…」
「ああっ! 法次ぃ! あれ見てあれっ!」
花音が指差す場所をみると、見覚えのある一辺が三十センチの立方体がケーブルによって自動計算機につなげてあった。
「これは……夢想システム……」
普段はベッドの中に収められているが、取り出したものを数回は見た経験がある。若干は外面に違いがあるが、間違いないだろう。
……確か、夢想システムは約六十年前に発明された装置だ。時代的に、この研究施設にあっても不思議は無い。だが、ここが他人の作った夢想システムを研究するだけの施設だったなら、こんな厳重な警備はありえない。
「法次、どこへ行くの?」
俺は、最重要調整室の最奥にあった扉の前に立つ。そして、花音を下がらせ、刀銃を抜く。
ズバッ!
赤く燃える熱剣で、『Center president』(所長室)の標識ごと扉を切断する。
ゴトン
扉は重い音を立てて床に落ちた。予想通り鉄板入りだったか。
俺は花音と共に部屋に入り、広い部屋の中央奥にある机へと歩く。
やはり……な……
机の上に置かれていた名前板に、
『Gm Smith』
と書かれていた。
次話、2015/07/26 16時に追加されます。




