過去3
「……うう……う……」
目が覚めた。辺りは暗いが、まだ日は落ちていない。気を失っていたのは、ほんの一瞬だったようだ。
妙に不安定な場所にいた。意識がはっきりすると、自分が崖の斜面に生えている木に引っかかっているのを知った。背中と胸の痛みを堪えて上を見ると、垂直な崖が二十メートル上まで続いている。崖の半分程で運よく止まったのか……。
……花音は?
崖下を見ると、五メートル程下にある棚のような場所に機甲兵が横たわっていた。右肩は桃色だ。俺は岩の凹凸を慎重に拾ってそこまで降りる。
「花音っ!」
胸部装甲を叩いてみたが、返事は無い。心臓の鼓動を聞くにしても、脈を取るにしても、鎧の外し方が分からない。
ふと横を見ると、岩肌に洞窟のような穴が開いている。深さは結構ありそうだ。これはとても自然物では無く、人間が作った穴だ。
いや、それより、花音の息を確かめないと。
プシュウ
機甲兵の前面装甲が、下腹部の辺りから少し開いた。中から誰かが力を込めているようで、ぎこちなく開いていく。
「花音! 無事だったか!」
装甲は機甲兵の首の辺りまでせり上がり、中から体にぴったりと密着した光沢のあるスーツを首元まで着込んでいる花音が現れた。怪我は無いようだ。
「葉助っ!」
花音は俺に飛び掛ってきたが、生身である花音の力は、鍛えられた刀銃兵である男の俺に遠く及ばない。
「はぁ……はぁ……。やっぱり男って、力が強すぎる……」
諦めた花音は、機動装甲を動かそうとかがんで調べるが、どうやら故障しているようだ。
ザー……
雨が土砂降りとなってきた。俺と花音は横に開いている洞窟を見る。
「花音、この雨の中で、濡れた岩肌を二十メートル以上も降りるのは無理だ」
「……フンだ」
俺と花音は並んで洞窟へ入った。
入り口は横に二メートル、縦に一メートル半程か。少しかがんでくぐると、内部は幅が三メートル、天井までが二メートルとなった。明らかに居住を意識して作られている。
洞窟の奥行きは五メートルで、その隅に固めて何かが積み上げられていた。
「食べ物だ……」
「えっ?」
花音は俺を見た。だが、俺の手にある腐食した缶詰を見ると、すぐに目を逸らした。
微かに読める文字から、この缶詰は兵士用の食事のようだ。錆の具合から、十年や二十年では無いだろう。
こんな場所で兵士は何を……? 人工的に作った崖の洞穴と言う事は、峡谷を進んでくる敵を見張っていたのか?
外はますます暗くなり、手に持った缶詰さえも見えなくなってきた。俺は装備品の一つであるペンライトを腰から抜き、周光仕様にして地面に転がす。洞窟内が室内のように明るくなった。
俺は、体育座りをする花音と向かい合うように腰を下ろした。すると、花音は自分の膝に顔を埋める。俺と話をする気は無いようだ……。
二時間程経ったか。腕の操作端末を確認すると、午後九時となっていた。
裕也や正人がどうなったか気になるが、裕也達にしても、畑山達にしても、日が落ちてから捜索するような無謀な事はしないだろう。探しに来るとしたら、翌朝だ。
ぐるるるるぅ……
洞穴に、腹の鳴る音が響いた。花音を見ると、なぜか顔を隠すように一層と膝に額を押し付けている。
俺は腰の装備袋から、携帯食料を取り出す。
「花音、食べるか?」
花音は僅かに顔を上げて差し出された固形食糧を見たが、すぐに顔を伏せる。
「いらない。毒が入っているもん」
「これでもか?」
俺は半分を口に入れる。そして、残った半分をまた差し出す。
「どうせ、反対側に毒を塗る作戦でしょ。推理小説では良くあるもん」
どうしても受け取らないようだ……。
その時、俺は花音の体が細かく震えているのに気づいた。操作端末を確認すると、気温が二十度を切っている。
「花音……。もしかしてそのスーツは、温度調節機能が無いのか?」
「機密だから教えない」
花音は、顎に力を込めて声の震えを悟られないようにしている。
あのスーツは恐らく、体の動きを機動装甲と同調させる際に、反応速度を上げるためだけの物だ。鎧自体に温度調節機能があるだろうから、あのスーツのみで外を出歩くようには想定されていないのか。
俺は立ち上がると、自分のジャケットを脱ぎ、花音の肩にかけた。これなら、零下三十度まで耐えられる。
暖かさに体を震わした花音は、驚いて顔を上げた。
「敵にこんな事をするのは止めてよ!」
そう言って、ジャケットを投げつけようとする。だが、俺の顔を見ると、目を逸らした。
「……こうしてやる。これで葉助も寒くて凍えちゃえば良いんだ」
花音は尻を上げると、地面との間にジャケットを敷いてしまった。
どうだと言わんばかりにドヤ顔をする花音だが、唇が紫に変わっている。
雨のせいだ。俺の服はジャケットの力で乾いてしまったが、花音のスーツは濡れたままになっている。
俺は置いていた刀銃を拾い上げると、熱剣モードの最小出力にし、洞窟の入り口付近の地面に突き刺した。吹き込む寒風が、温風となって洞窟内を暖める。
「…………あったかい」
顔を伏せた花音が、微かな声でつぶやいた。
こんな愛おしい花音を、俺は本当に殺そうとしたのだろうか?
記憶を無くしていたって分かる。俺が花音に危害を加えるはずが無い。
前世と言う物があったとしても、そこで俺は花音のために命を懸けただろう。
俺は花音の背後に回ると、そこへ座り、花音を後ろから羽交い絞めにした。驚いた花音は暴れる。
「なにっ! 何をする気っ!」
「大人しくしろ。お前は敵に捕まったんだ」
「ダメっ! 敵だったとしても、それはしちゃダメよっ! 葉助っ!」
俺は花音の首に腕を回すと、頭を固定する。そして、腰から携帯食料を取り出し、口元へ持っていく。
「開けろ」
「あ……葉助……。はい……」
俺は花音の口に、携帯食料を入れた。花音はもぐもぐと噛んで、ごくんと飲み込んだ。
「まだ食べるか?」
「…………」
花音は何も答えなかった。
俺はそのまま花音を抱いていたが、いつまでも返事が無いので元の場所へ戻ろうとした。だが、花音が俺の腕を掴んで離さない。
「法次……」
花音が前を向きながらぽつりと言った。あの教室の喧嘩以来、初めて『法次』と呼ばれた。
「なんだ?」
「法次は、…………どうして葉助なの?」
花音の首に巻いた俺の腕に、ぽたぽたと涙が落ちてくる。俺は花音を、一層と強く抱きしめた。
「花音が葉助だと言うなら、そうなのだろう。だが、俺はお前の敵じゃない。なぜなら……」
「……なぜなら?」
花音が振り返った。
俺は、花音の頬を抱き寄せて告げる。
「恋人だからだ」
「そうだよね……」
俺達は、唇を重ねた。
次話、本日21時に追加されます。




