過去1
あれから三日経ったが、花音は一度も夢想世界へ来ていない。
美樹や沙織に聞いても、業務連絡以外には花音は一言も口を聞かないので、何も分からないとのことだ。
そんな時、哨戒任務についていた第六番小隊が、一体の機甲兵と遭遇し、壊滅する事件があった。だが、自力で帰還した彼らは、重症だが誰も命を失っていなかった。
その日の午後三時、俺は一人で武器庫へ入る。
すると、正面から声をかけられた。
「おっせぇなぁ。おやつでも食ってたのかよ?」
俺が顔を上げると、すでに完全武装した裕也と正人が立っていた。
「お前ら……? なぜ……?」
すると、正人が眼鏡を押し上げながら俺に答える。
「僕は医療研究室でずっと寝泊りをしているんですよ? 同系である治療室に運ばれた兵士達の噂は耳に届きますよ」
刀銃を両手で持って柔軟体操をする裕也は、体を捻るのを止めて俺に言う。
「行くんだろ? 花音ちゃんのところへよぅ?」
俺は、ジャケットを羽織り、浮遊装置を履く。
「これは、俺と花音の問題だ。それに、正人は装置の開発を急いでくれ」
「部屋に何日篭らせる気ですかっ! たまには外に出してくださいよっ!」
正人は強く叫んだ後、口元を緩めた。
俺が刀銃を握ったところで、裕也は昇降機を眺めながら言う。
「法次と花音ちゃんの問題は、デコ部全員の問題だ。だから、当然俺達も行く」
「言っても聞かない奴らばかりだな。デコ部の面々は……」
俺が昇降機に乗ると、その後ろに裕也と正人が立つ。
「法次が一番ひどいけどな」
「断トツですよね」
格納庫出口で操作端末を操作すると、正面隔壁が開いた。先には迷宮のような地下鉄跡が延びる。
「――っん?」
俺は出口から身を出した所で足を止め、戻ってもう一度、操作端末を見る。
そこには、俺達より前に基地を出撃した奴等の記録が残っていた。
「しまった……先を越された……」
十五分前にここを通ったのは、畑山と木部だ。
「法次ぃ! やべーぞ!」
「急ぐぞっ!」
俺達は全速力で基地を出た。
哨戒中の六番隊を襲ったのは、もちろん花音だ。
彼らの命を奪わなかったのは、肩が桃色の兵士に襲われたと証言させるためだろう。
つまり、俺を誘っている訳だが、危険すぎる。我が基地の全員を相手にするつもりか。
だから俺は、今日の内に中隊長へ無理やり出撃指令を取り付け、すぐさま出発したのだが……、そうだった、畑山達は小隊員三名の命を奪うきっかけを作った桃の肩の事を恨んでいるのを忘れてしまっていた。
俺達は、六番隊が花音と戦ったと言う、北西の山へ向けて荒野を飛ばした。
二時間程走り、辺りは随分暗くなってきた。だが、日が暮れるよりも先に、雨が降り出しそうだ。
なんとか今日中に捕まえたい。明日になれば、数部隊が花音討伐に動くかもしれない。なんせ、花音の小隊は目立つので、やたらめったら刀銃兵達の恨みをかっている。
ドォーン……
遠くで、擲弾発射器と思われる破裂音がこだましている。
俺達は西に進路を向けすぎていたらしく、若干北へと修正をする。
裕也は、俺の心配を紛らわせようとして明るく話しかけてくる。
「でもよぉ、畑山って沙織にぼこぼこにされた奴だろ? 噂ほど強く無いから、今頃、花音ちゃんにやられて泣いてんじゃねーの?」
「裕也、実は……畑山はあの時、最初の砲撃で利き腕をやられて、満足に刀銃が振れない状態だったんだ……」
「……えぇっ?!」
裕也は、口をあんぐりと開けた。
だからこそ、畑山は刀銃を熱剣形態で使わなかった。狙撃形態で一発を狙うしか無かったんだ。奴の力量は、間違いなく一番隊隊長の大原を凌いでいる。
戦闘音が響く山の中腹付近に到着した時、戦いはすでに終盤だった。
砕け、倒された大木の間で、装甲に多数の傷を負った機甲兵が戦っている。相手は細身の刀銃兵と、大柄の刀銃兵だ。
ガガガガガガ、………………カラカラカラ……
花音の左腕から、乾いた音が聞こえた。それに気づいた畑山は、左右の動きから一転して、花音へと進路を変える。すぐ後ろには、巨体に似つかわしく無いスピードで木部が続く。
「ガトリング砲も(・)弾切れかぁ? 木部っ! 行け!」
「応っ!」
畑山が花音の寸前で右に折れると、それを花音は目で追ってしまった。そこへ、木部が刀銃を振り上げて襲い掛かる。
ガキーン!
俺達の前で、花音の剣が宙を舞った。
……セラミックの剣を折るとは、木部も化け物か。
木部が持っているのは俺達のより一回り大きな刀銃兵だ。恐らく40kgはあるだろう。
花音は山頂へ追い詰められて行く。それを追う畑山に俺は叫ぶ。
「待てっ! 畑山っ!」
振り返った奴は、俺達の顔を見て笑う。
「俺の獲物だ。指をくわえて見ていろ」
その畑山の顔めがけ、鋼鉄線射出装置の矢が飛んでくる。だが、畑山は視線を向けずに(ノールックで)それを刀銃で弾いた。
「さて、もう丸腰じゃねぇ? 終わりだな、桃の肩さんよ」
畑山は刃を返すと、伸びていた鋼鉄線を切断した。
もう花音には後が無い。後ろは、切り立った崖だ。
畑山達は堪えてくれそうにない。花音は大事だが、仲間も裏切れない。どうする……。
だが、そんな俺の葛藤を打ち払うかのように、裕也と正人が畑山達と花音の間に割り込んだ。そして、刀銃を畑山達に向ける。
「神志那、どういう了見だ? ……お前ら全員が密告者だったのか?」
当然、小隊を率いる俺に聞いてきた。
畑山は強すぎる。出来るだけ説得で済ませたい。
「畑山、夢想世界にいる女が、現実に存在する人間だと考えた事は無いか?」
「はぁ? ないね」
畑山は即答する。確かに、俺も以前までは考えもしなかった。
しかし、畑山はすぐに何かを悟ったのか、視線を俺と花音の間で往復させて言う。
「こいつって言うんじゃないだろうな?」
「それが分かるようになる装置がある」
「……持ってきているのか?」
そこで、木部と対峙している正人が叫ぶように言う。
「あとは調整だけです! 一晩……いや、二時間くださいっ!」
畑山は鼻で笑うと、刀銃を上段に構える。
「間に合えば良いけどな?」
桃の肩へ一歩踏み出す畑山の前で、裕也が刀銃を握りなおした。畑山の視線が裕也へ向く。
次話、本日15時に追加されます。




