仮想世界1
晴れ渡った紺碧の空の端を、銀色の雲が覆って行く。
その時、アジア大陸上空には、超高高度を飛ぶ輸送機群が出現していた。
輸送機の格納庫には、直立不動で立つ黒く大きな人影が整然と並んでいる。それは、戦車のごとく厚い装甲を持つ、2メートル超のロボットのようだった。
雲の一部は海を渡り、日本列島上空にも差し掛かかる。
すると突然、格納庫内に並んだ彼らの目が、先頭から順に赤く点灯を始める。二つの赤く細い目に格納庫内が埋め尽くされた時、彼らは重い足音を響かせて動き出した。
西洋鎧に似た角ばった頭部を銃器に向けた彼らは、壁からそれを手に取る。そして、外壁に背を向けて立った。
輸送機の側面が、翼のように開いてせり上がり始めた。それが停止すると、人型の者達は、まるで計ったかのような正確な間隔で紺碧の空へ身を投げて行く。
輸送機一機に付き二十体。空は、無数に降下を続ける黒点で埋め尽くされた。
日本本土の地下空洞では、複数の足音がこだましていた。
恐らく地下鉄跡だと思われる迷宮を男達が走る。黒に統一されたジャケットやマスクは特殊部隊の兵士を思わせるが、手には身の丈に迫る大きな抜き身の刀を持っていた。
男達が左手首にある小さな端末に指を滑らせると、すぐさま足元から粉塵が舞い上がり体を浮き上がらせる。滑るようにして地下通路を高速で移動し始めた男達の姿は、いつの間にか黒一色から全身灰色の都市迷彩色に変わっていた。
彼の部隊が目的地に到着した時、すでに味方の兵士が何人も倒れていた。
体に無数の穴を開けられた者、首をねじ折られた者、さらに、原型を留めていない者もいた。
志し半ばにして倒れた仲間に、彼が何を思ったのかは分からない。ただ、一瞥したその目には、強い意志を感じる。
彼は、すぐに後ろにいる隊員に指先で合図を送った。背後にいた四人は散開し、崩れたビルなどの影に身を隠す。
彼は、刀を肩にもたげさせながらそのまま一人歩いた。長身の男だったが、それにしても刀が長い。柄を除いた刃の部分だけでも120センチはある。
実に奇妙な刀だった。刀と言うよりは大きな包丁に近く、下部の最大刃幅は20センチ以上だろう。その下には50センチ程の極端に長い柄が付いているのだが、一番奇妙だったのが、その柄の上部、刀のつばの下に、銃の引き金そっくりの物がある事だ。武器には違い無さそうだが、果たして刀なのか、銃なのか……?
彼は、刀を振って切っ先を崩壊しているビルの二階部分に向けた。そして、引き金に指をかける。
バシュッ
刀身全体が輝きを放ち、青白いエネルギーの塊が射出された。
ドォーン!
ビルの壁が剥がれ落ち、煙の中から身の丈2メートル程の黒い鉄巨人が姿を現した。戦車を模倣して作られたような重厚な鎧をまとったそれは、鋼鉄の戦士と呼ぶのも相応しいかもしれない。
ただ、どういう訳か、右肩だけが桃色に塗られていた。それを確認した彼の目に力が篭る。
『桃の肩』
丸い肩部装甲の形が桃色で逆さハートに見えるため、そう彼の部隊に呼ばれていた。だが、決して可愛い噂では無く、見たら死を覚悟しろ、その言葉が付け足されている。
次の瞬間に、鉄巨人の左腕が彼に向けられていた。その手の甲から口径1センチのガトリング砲が四門突き出ている。
ガガガガガガガガ……
彼は、脅威の跳躍を見せて弾をかわす。そして横に避けながらも、刀型の銃で反撃を試みる。
ドォーン!
光の弾はビルの二階を再度吹っ飛ばした。しかし、黒い鉄巨人の姿はすでに消えている。
ブンッ
鉄巨人は彼の右側からその大きな図体で飛んできて、激しい風切音と共に右の拳を振るった。しかし彼はそれを間一髪のところで仰け反ってかわし、持っていた刀を両手で振り上げる。
ズバッ!
いつの間にか彼の持つ刀は朱色に光を放っていた。そこから陽炎が立ち上り、高温に熱せられているのが見て取れた。
鉄巨人は後ろに急速後退して避けたが、右腕部装甲外側に深い切り傷が入っていた。そこからも陽炎が立ち上り、彼の持つ高温の剣によっての傷跡だと分かる。
彼は、刀を握り直して上段に構えると、鉄巨人へにじり寄った。
◆ ◆ ◆
「おいーっす! 法次!」
俺が教室の扉を開けると、パーマをかけたロン毛の男に全力で名前を呼ばれた。
「……無駄に血圧が高いな裕也」
「そりゃ、学校が楽しみで仕方がないからよぉ!」
笹柿裕也に背中をバンバンと叩かれながら、俺は鞄を机の上に置き、ネクタイを緩める。
今年は暑くなりそうだ。早めに制服の衣替えをして欲しいものだな。
そこへ、裕也とは正反対に、髪を真ん中できちんと分けた清潔感のある吉岡正人がやってきた。正人は、眼鏡を押し上げながら落ち着いた声で挨拶をしてくる。
「おはようございます、法次君。しかし今日は(・・・)惜しかったですね。もう少しで桃の肩を倒せたのに……」
それを聞いた裕也も、そばの机を叩いて悔しがる。
「ホントだぜ! あとちょっとでボスキャラ倒せたってのによぉ! 敵の援軍さえ来なければなぁ!」
そして裕也は顔を上げると、にやりと笑って俺に言う。
「法次、次は俺にやらせてくれよ! 奴は噂ほどじゃなさそうじゃんか!」
俺は首を横に振り、裕也に答える。
「作戦は常に最大戦力をぶつける。それが被害を最小に抑える最善手だ」
「そう言うなって! 俺だって結構強いんだぜぇ! 法次とだって大して変わんねぇよ!」
裕也は、自分の制服の袖を捲くると、俺に右腕の力こぶを見せた。しかし正人が、裕也の捲くっていた袖を伸ばして腕を隠す。
「法次君の実力はすでに基地内でも屈指のものです。正直、二年前に初めて出会った時より僕達との差は開いていますよ」
「正人との差はそうかもしれねーけどよぉ、俺はこの二年間はみっちりと筋トレや訓練を重ねたんだぜっ!」
「…………はぁ?」
正人の低い声に、裕也の顔が引きつった。怯える裕也の前で、正人はゆっくりと眼鏡を外した。
「それは僕がひょろひょろだって……言ってるんですかね?」
「い……いえ、それは勘違いです。ほら」
正人の鋭い目に射抜かれながらも、裕也は慌ててポケットに手を突っ込み、震える手で手鏡を出した。正人は鏡に映った自分の顔を見ながらにっこりと笑うと、髪型を両手で調えつつ言う。
「ああ、今日もお肌が綺麗だ。そうですよね、体は答えてくれる。僕も頑張ってますし、努力を続ければ、如実に筋肉がついてきますよね」
正人が眼鏡をかけなおして微笑むと、俺と裕也は安堵の息をつく。
吉岡正人は細身で、恐らく筋肉がつきにくい体質だ。それを気にしているのか、『ひょろひょろ』とか、『なよなよ』とか、それに類する単語を言われると……キレる。程度としては、前回、俺の手首と裕也の肋骨が折られたのが記憶に新しい……。
「おっはよー! 何盛り上がってんのよ?」
今教室に入ってきた女子生徒は挨拶を飛ばすと、スキップのように歩いてきて俺の前に立った。
「どうせまたゲームの話でしょぉ? 私の推理はごまかせんぞぉ~?」
そう言ってセミロングの髪を揺らしながら下から俺の顔を覗き込んでくる。
俺が頷くと、彼女は大きな目を輝かせて笑顔を見せた。
「やっぱりねっ! 体の自慢をし合ってる時は、絶対そうなんだから。でも、そんな事よりも、頭を鍛えろよぉ~! 中間テストが迫ってるんだから、知らないぞっ!」
そう釘を刺した後、彼女は腰に手を当てながら背を向け、友達の所へまたスキップして行った。俺はそれをじっと見送る。
「なんだよ? 堅物の隊長さんは、花音ちゃんがお気に入りかぁ?」
横を見ると、裕也がにやついた顔で俺を見ている。
「そうじゃない。ただ……」
前田花音。彼女とは、高校一年生になったこの春に知り合った。間違いなく、初対面のはずだ。だがなぜか……見覚えがある気がした。不思議と、どこかで会った気がしたんだ。
もちろん、そんな事は絶対に(・・・)あるはずが無いのに……。
次話、2015/06/27 12時に追加されます。