豹変2
それから二日経った。
正人は六日間ずっと医療研究室に籠もって徹夜だと聞いているが、未だに完成の報は無い。
葉助の謎を解き明かす鍵となるはずのスマホの調査も進めているが、こちらも日記以外の記録はまるで無い。画像記録が大量にあった痕跡はあるのだが、どうやら手動で削除されているらしく、復元を試みたが破損が酷く不可能だった。
気になるのは、やはり終盤の日記だ。
彼女は、鈍感な俺にも察せられるほど、心が病んでいた。
夢想世界で葉助に会いに行き、喧嘩をする。そして苦しむ。だからまた会いに行く。まさに負の螺旋に陥っていた。だから、仲むつまじい時に撮っていただろう画像記録を削除したのだろうか?
2023/08/30
『葉助。貴方に会いに夢想世界へ行くたび、私は汚れてしまう。どうしてこんなことに……。次の世界でも貴方と愛し合える資格を失いたくないから……こんな姿を見らたくないから……先に行って待ってます。葉助……。争いのない平和な時代で、夢想システムのいらない世界で、一緒に笑っていたいです。大好きです』
これが葉助と三年付き合った彼女の、最後の日記だ。絵文字は一つも入っていない。
何度読んでも結論は変わらない。彼女は、恐らく自殺してしまったのだろう……。なら、スマホと一緒に墓に入れられていた服や時計も理解出来る。あれは葉助から贈られた物だったのだな。
……しかし、この時代の夢想システムは、今と少し違ったようだ。現実世界での知り合いと場所を選んで待ち合わせ出来る上に、記憶障害や視覚障害などの遮断壁は無い。その代わりが、別性に対し憎しみが湧くのであったなら、男女間の戦争を起こしたきっかけは夢想システムと言うことになる。
確か、夢想システムを設計したのはGym Smith と言う男だったはずだ。五十年以上も前に脳を操るシステムを作っていたとしたら、奴は尋常じゃない程の天才だ。それは、偶然の産物だったのだろうか? もし意図していたのなら、戦争を起こして何をするつもりだったのだろうか?
本人に会って問いただしたい所だが、Gym Smithは西暦1980年生まれだとスマホ内アプリに記録があった。生きていたら、97歳か。……とっくに死んでいるな。なら、彼の死後、夢想システムに手を加え続け、調整をしているのは、一体誰なのだろうか? 後継者でもいるのだろうか?
俺は、スマホを机の上に置いた。
日記は全て読んだ。もうこれから手に入れられる情報は無いだろう。
スマホの持ち主、あの声の主は、なぜ成仏出来ていないのだろうか?
おそらく葉助も生きてはいないだろうに、何を気にかけてこの世に留まっているのか……。
ファーン ファーン
警報だ。
俺はベッドから立ち上がり、ドア横の操作端末に触れる。
この基地から50km圏内に、機甲兵の姿を哨戒兵が捉えたか。数からして、本格的な襲撃では無いな。恐らく、この周辺を索敵し、敵を見つけたなら攻撃する遊撃部隊か。なら、能力に秀でた花音達の部隊が編成に加わっている可能性が高い。
「……間に合わなかったか」
俺は舌打ちすると、正人以外の隊員へ出撃命令を出した。
正人には迂回路部活性化装置を七日で作れと言ったが、それは機甲兵がこの基地へ攻めてくるまでの猶予がそれくらいだと読んだからだった。実際に七日であんな装置作れるはずがないし、しかも今日はまだ六日目だ。疲労困憊だろう正人には、後方待機してもらう。
兵器庫へ着くと、裕也の姿しか無かった。その裕也は、俺の姿を見つけると、慌てて走り寄ってくる。
「法次っ! 弘明が畑山達に拘束されたぜ!」
「なにっ?! 理由は?!」
「なんでも、密告者の容疑がかけられたらしい!」
「密告者? そんな訳があるはずないっ! しかも、こんな非常時にかっ!」
「こんな時だからの…」
「そうか。緊急時隊長権限か……」
非常事態時のみに適用される、特別措置だ。敵に攻められた時など、中隊長に判断を仰ぐ間が無い場合に、現場にて小隊長独自の判断が認められる。
「時間が無いっ! 行くぞっ!」
続々と他の小隊達が出撃をする中、俺と裕也は二人のみで行く。
誰よりも先に花音達を見つけないと……。
地下鉄跡を東に走り、迷彩化された出口から俺と裕也は抜け出す。そして、中折れした高層ビル跡へ登り、そこから双眼鏡を覗く。この辺り一帯は平野だが、以前は都市部だったらしく、瓦礫と化したビルがそこらかしこに立ち並んでいる。
「裕也、とにかく色付き達を探せ」
告げると、裕也は驚きの余り吹き出した。
「えぇ? 二人でどうやって桃の肩達に勝つんだよ? それに、やつ等は最悪五人で行動しているかもしんないだぞ?」
「……見つけてから考える」
「んな、無茶な……。せめて正人が入れば……。正人が今取り掛かっている重要任務って、まだ時間がかかるのか?」
「ああ。鍵は正人が握っている」
裕也はため息をつくと、双眼鏡を覗いた。
実は、裕也にはまだ夢想システムの謎については教えていない。俺と正人だけの秘密だ。もちろん裕也が密告者だと疑っている訳じゃない。
理由は、出所のはっきりしない女の遺伝子だけを証拠に、俺の勝手な判断だけで展開している作戦だからだ。本来なら魚住中隊長に報告が必須で、これは下手したら軍法会議ものの……、いや、やめておこう。
簡単に言うと、裕也は隠し事が下手だからだ。
「前線へ行った方が良いんじゃねーの?」
「いや、桃の肩はああ見えて結構執念深い。恐らく俺達を探し回っているはずだ」
「『ああ見えて』って、どう見えるんだよ? 鎧だけで表情も分かんねーし……?」
刀銃兵達と機甲兵達の戦いはまだ始まっていない。両軍共に、距離をとって見合っているだけだ。どちらかが先に一発でも砲撃すれば、即座に始まる一触即発の状態だ。
……見つけた。
機甲兵の前衛部隊後方に、品定めをするかのように横に動いている機甲兵がいる。数は2か。遠目で色は分からないが、間違いないだろう。
「おい法次! あそこっ!」
双眼鏡を覗きながら指差している裕也へ、俺は答える。
「ああ、都合よくこちらへと進路をとっているな」
「違うって! 畑山達だ! その機甲兵の割り込み(インターセプト)コースだぞっ!」
「なにっ?」
双眼鏡を手前に向けると、確かに畑山と木部らしき刀銃兵二人が先回りをしている。やつ等はすでに標的を定めているらしく、ビルの陰からビルの陰へと隠れながら進んでいる。
「行くぞ裕也! 畑山達に取られる訳にはいかないっ!」
「おうっ! 健太郎の仇を今日こそ討ってやるぜっ!」
俺達は、垂直に近いビルの外壁を駆け下りる。そして浮遊装置を吹かすと、畑山達の進路の更に割り込み(インターセプト)コースをとった。
次話、2015/07/18 12時に追加されます。




