疑惑4
まずいな……。この間は健太郎を含めた五人で、紫の天使と蜜柑の印の二体に敗北寸前まで追い込まれた。今回は最強とも思える桃の肩と紫の天使のコンビに、俺達は一人減った四人で対応しなければならない。知恵を絞らなければ、全滅必至だ。
「みぃ~つけた」
――っ! 桃の肩がそう言った。
その後に二人は何か会話をするかのように視線を合わせているが、もう何も聞こえない。
桃の肩は、俺を探していた? あの挑戦的な物言いからすると、俺と殺り合いたかったのか? 確かに、二度も奴と一対一で戦っているのに、決着は付いていない。
「――っ?!」
奴らは俺達に、右腕を向けた。ガトリング砲とは逆の腕だ。
次の瞬間、俺達の視界は赤い熱気に覆われる。
ゴオォォォォ!
二体から放たれた巨大な火柱は、周りの大木を燃やしながらまっすぐに突き進んでくる。俺達は、喉が焼かれないように無言で散開した。
火炎放射は、隠れている敵をあぶりだす武器であり、正面切って使用する物では無い。となると、これは恐らく目くらましで……
ガキンッ!
炎の中から突如現れた桃の肩の鉄剣を、俺は刀銃で受け止めた。
奴らは密閉型鎧を身に付けているので、炎の海の中では俺達は俄然不利だ。
「正人ぉ! 右だ!」
「裕也君っ! 後ろっ!」
仲間の声だけが聞こえる。完全に裕也達を見失ったこの状況では、作戦を立てようが無い。
ジジジジジジ……
俺の刀銃は桃の肩の剣を焦がすが、前回のように切断出来ない。この白い刃は、恐らくセラミック剣だ。大木などの切断には折れてしまうので不向きだが、熱には非常に強い。俺と戦う事を想定して装備換装してきたようだ。
「……くっ!」
さすがに力比べでは分が悪すぎる。俺の浮遊装置は出力限界だと言うのに、両足が接地してしまった。更に上から力を加えられ、俺の顔前に桃の肩の刃が迫ってきた。
キィンッ!
俺は刃を左に受け流し、飛び上がって右膝を奴のこめかみに叩き込んだ。よろめく奴の胸を蹴って、俺は後ろへ宙返りをする。
「やめろっ! 花音っ!」
一か八かで叫んでみたが、桃の肩はまったく動じない。
もし本当に中に花音が入っていたとしても、花音達の声が裕也達に聞こえないように、俺の声も花音には届いていないのかもしれない。
奴らが放った燃焼剤が燃え尽きたのか、周囲の火が徐々に収まってきた。裕也のジャケットに切り傷があるが、出血は無い。他の仲間達も無事のようだ。
並んだ桃の肩と紫の天使は、再度、火炎放射口を俺たちへ向ける。
どうする……。打開策がまったく思いつかない。俺達に有利なはずの森林だが、逆に絶望的な状況だ。一方的に削られ続けるぞ……。
「――っ?!」
桃の肩達の頭上に、蝙蝠の如く浮かぶ影が現れた。そいつらは、大きな刃を桃の肩達へ向かって振り下ろす。
奴らは……一番隊だ。指揮しているのは、俺達の基地で最強の一角を張る、一番隊隊長、大原勇樹。
ザザザザザザ……
だが、紫の天使の合図で、二体はその場から後退する事で避けた。
やはり、紫の天使は兆しが見えている。本能で押す桃の肩とは対極で、紫の天使は敵の攻撃を数手先まで予測できる超防御型だ。
「もうっ! 邪魔をするなぁ!」
また桃の肩が声を発した。
俺に迫って来ようとする桃の肩だったが、紫の天使に促され、こちらに体を向けながらもそのまま全力後退を始めた。……助かった。
だが、一番隊は見過ごさず、桃の肩達の後を追っていく。
「一番隊、待つんだ!」
彼らは止まらない。その後姿を眺めていた裕也は、俺に聞く。
「法次。どうす…」
「追うぞっ!」
俺達四人も追従する。
一番隊に狙われれば、桃の肩……いや、花音達もただでは済まないかもしれない。だからと言って、庇う事も出来ない。どうすれば……。
ガガガガガガ……
ガトリング音が聞こえる。桃の肩達は後退しながらも、応戦しているようだ。ようやく、前を走る一番隊の五人の背が見えてきた。
接近戦でも有利と言えない俺達だが、距離をとっての戦いでは更に不利だ。機械兵のガトリング砲は毎秒100発の弾丸を発射可能で、有効射程距離は100メートル。それに対して俺達の刀銃プラズマ砲は、発射時にタメが必要で連射不可、一発の威力こそでかいが30メートルほど飛べば大気減衰で花火同然になってしまう。
性能に絶望的差があるように思えるが、実はガトリング砲にも欠点がある。腕に装着出来るほど小型高性能だが、高速弾を連続発射する際の放熱に問題があり、簡単に言えば、冷却時間のせいで性能通りに撃ち続ける事が出来ないんだ。
桃の肩・紫の天使の姿はまだ見えないが、二体はガトリング砲を撃ち続けている。このままだと、冷却時間に入って武器を失うぞ。よほど一番隊に脅威を感じたのだろうか?
いや……待てよ。この音は……。
ついに桃の肩達のガトリング音が止んだ。飛び道具が無くなった獲物相手に、一番隊は更に加速して近づく。
「止まれっ! 大原っ!」
ガガガガガガガガガガガガ……
前方から悲鳴が聞こえた。
……違うんだ。
ガトリング砲を二人同時にばらまいていたように思えた桃の肩達だったが、片方は時折、周囲の爆撃音にまぎれて上手く休んでいた。こんな芸当を思いつくのは紫の天使の奴か。
開けた場所……いや、ガトリング砲で大木が砕き倒された場所に出ると、そこには桃の肩と紫の天使が立っていた。その前には刀銃兵が五人倒れている。無防備に刀銃で斬りかかったのであろう一番隊は、銃弾を受けて壊滅していた。
「法次っ! まだ一番隊の連中…」
「分かってる」
一番隊は、虫の息だが全員生きているようだ。だが、手足が吹き飛ばされて五体満足の者はいない。早く医療室へ連れて帰らなければ。
俺は、桃の肩に銀色の刃を向ける。どうせセラミック刃相手で切断不可なので、暑苦しくない素の刃の方が良い。
俺達にガトリング砲を向けて紫の天使は威嚇してくるが、一番隊の止めを刺していない事からして冷却時間に入っているのは間違いない。俺が避ける気配を見せないでいると、紫の天使もガトリング砲を下ろし、右腕の剣を構えた。
どうする。敵のガトリング砲が封じられた事により、俺達が有利になったが……。
桃の肩は花音かもしれないので傷つけたくない。なら、紫の天使を負傷させて前回のように撤退に追い込むか? だが、奴らの力量を考えると、そんな器用な事は難しく、一歩間違えれば命を奪ってしまう。
それに、もし紫の天使に大事な人がいたらどうする? もう健太郎達のような人間を作りたくはない。
「法次ぃっ!」
裕也の悲鳴のような声で我に返ると、目の前に剣を振り上げる桃の肩がいた。
キキキキィンッ
俺は、桃の肩のセラミック刃を、刀銃でいなしながら飛び上がる。桃の肩はバランスを崩して地に刃を突き刺し、俺はがら空きの頭上を取った。
両手で刀銃を握る俺を、桃の肩の鉄兜が見上げる。
……花音。
「法次、愛してるるるるるん!」
教室でタックルの後、そう言いながら俺を笑顔で見上げる花音の顔が、鉄兜に重なる。
駄目だ! 俺も花音の事が……
俺の腕が止まる。だが、時は待ってくれない。地面から剣を抜いた桃の肩は、宙にいる俺にそれを突き立てた。
〈葉助っ!〉
ブシュッ!!
「…………くはっ」
桃の肩の剣は、俺の体の中心を貫いた……かに思えた。だが、例の声が聞こえた瞬間に桃の肩の手元が狂い、刃が左にそれた。即死は免れたが、俺の肋骨が体外に放り出される。
「う……ううっ……」
地面になんとか立ったが、バケツの水をぶちまけたように、赤い液体が周囲に飛び散る。目がかすんで足元がふらつく。
ヒュンッ
休む間もなく、俺の左腕に鋼鉄線が絡みついた。
強い力で引かれて宙を飛ぶ俺の前に、剣を振り上げる紫天使の姿があった。
……俺は死ぬのか?
闇の中で、俺を探し回る花音の姿が浮かんだ。
死ねない!
夢想システム、声の主、お互いを認識できない男女、……この謎だらけの世界に、花音を残していく事は出来ない!
「ごぼっ……あ……ああ……、ああああっ!」
俺は目を見開き、大きく息を吐く。体から噴き出す出血が急激に減り、力と集中力がみなぎる。
俺は、左腕に巻き付いている捕縛鋼鉄線をその左手で掴み、全力で引っ張って自身を加速させる。その俺の頭目掛けて、紫天使の剣が振り下ろされた。
ブンッ!
紫天使の剣は空を切った。
俺はその勢いのまま地面で大きく跳ね上がり、そばの大木の幹に鋼鉄線を二周巻きつけた。
振り返った紫天使は鋼鉄線を引くが、鋼鉄線は大木の幹を締め上げるだけだ。その張り詰めた鋼鉄線に、俺は刀銃を構え、打ち下ろす。切断が目的では無く、刃の反対側の背を思いっきり叩き込んだ。逆に鋼鉄線に引かれる事になった紫天使は、バランスを崩して前へよろめく。
……今だっ!
ズバッ!
紫天使の肘から先が宙を舞った。これ位では命を落とさないはずだ。
「……痛い!」
――っ?!
押し殺した声だったが、微かに紫天使から聞こえた。
今の……声は……確か……
桃の肩が裕也達の包囲を破り、俺へと迫ってきた。だが、俺の前を横切ると、紫天使を抱きかかえ、体を翻してそのまま森の奥へと足を向ける。
「待ちやが…うわっちぃ!」
追おうとする裕也に、桃の肩が放った火炎が伸びてくる。俺達の視界は一瞬全て炎に包まれ、気がつけば桃の肩達の姿は無かった。
ふぅっとため息をついた俺は、意識を失う寸前に自分が倒れる音を聞いた。
次話、2015/07/12 20時に追加されます。




