疑惑3
現実世界へ戻ってきた俺は、顔も洗わずに裕也の部屋へ向かう。
部屋の前に着くと、操作端末を使わずに直接扉を強く叩いた。すぐに両側に開かれる。
「な……なになに? ……なんだ法次か。脅かすなよ」
歯ブラシを咥えた裕也は、俺に背を向ける。その肩を俺は掴んだ。
「裕也、さっき夢想世界で言っていた名前を教えてくれ。花音の友達の名だ」
「えっ? ……名前?」
振り返った裕也は、視線を宙に泳がせる。しばらく考えていた裕也だったが、歯ブラシを抜いて口を開く。
「なんだっけかな? 忘れた……」
「何っ?」
驚く俺の後ろで、声がした。
「あれ? 騒がしいと思ったら、法次君でしたか」
見ると、通路に正人が立っている。裕也の隣室なので、音を聞きつけてやってきたらしい。
「丁度よかった。さっき夢想世界で話題にしていた、花音の友達の名前を教えてくれ」
「ああ、名前。えっと、……あれっ? ……思い出せない」
正人は腕組みをして、うんうん唸り出した。
そこへ、部屋の中から歯磨きを終えた裕也が戻ってくる。
「法次、悪い。やっぱ忘れたぜ。でも、夢の内容を忘れるって、よくある事じゃん?」
「二人揃ってか?」
「そう言われてもなぁ……?」
裕也は、自分の額を手でぺちぺちと叩いているが、やはり思い出せないようだ。
……確かに、起きた瞬間に今の今まで見ていたはずの夢を思い出せないことは、昼間にうとうとしていた時に覚えがある。だが、夢想世界では初めての経験だ。
もしかして、夢想システムが記憶を制御し、脳の忘れてしまいやすい一時記憶の部分に、禁止語句をわざと格納しているのかもしれない。
ファーン ファーン
突然警告音と共に、廊下の全ての操作端末が赤く点滅を始めた。音から察するに、この基地では無いが、味方基地への敵軍の進攻が確認されたらしい。
操作端末で確かめると、北東の基地周辺にて、機甲兵の姿が目視で発見されたらしい。
……そう言えば、花音達女子は、「今日は用事があるから」と、いつもより早く学校から下校した。
「法次! 何してんだよ!」
我に返ると、廊下の先で裕也達が俺を待っている。
そうだ。味方を助けに行かねば。だが……機甲兵が、俺の考え通り女だったなら……どうすれば良いんだ……。
ここで迷っている暇は無い。取り合えずは兵器庫へ走り、武装を終えると俺達は基地から出撃した。
北東の第七基地周辺では、激しい砲撃音が鳴り響いていた。
俺たち第八基地の小隊は、横一列陣を敷いて、味方基地を包囲している機甲兵達をその外側からさらに包囲する作戦を取った。だが、機甲兵達は予想していたのかすぐさま身を転じ、俺達を各個撃破しに向かってくる。
「総崩れだぜ法次!」
俺を振り返って言う裕也へ、正人の声が飛ぶ。
「裕也君っ! 右!」
木々の隙間から飛んできた鋼鉄線留め具に、裕也の刀銃が絡めとられた。ぐいと引かれて裕也の体が地面から浮き上がる刹那、俺がその鋼鉄線を赤く燃える刀銃で切断をする。
「助かったぜ法次!」
「弘明、撃て!」
俺が指示を終えるよりも先に、弘明の刀銃から青白い光が放出される。それは、引き戻される鋼鉄線を追うように飛んでいった。
ドォーン!
着弾した場所はもちろん、プラズマがかすった大木すらも燃え上がる。
「正四角形陣形を崩すな!」
俺達は、俺を頂点に右に裕也、左に正人、俺の真後ろに弘明と、等距離をとって四角形になる。敵がどの方向から現れても陣形を崩す事無くお互いをサポート出来る。
ガガガガガガガガ…
ガトリング砲が俺達を襲ったが、俺と正人、裕也と弘明に分かれてそれを避ける。
射線を読んで二手で左右から回り込むと、そこには赤い目を光らせる二体の機甲兵がいた。
「裕也!」
「あいよっ!」
敵に近い俺と裕也の前衛が突っ込む。手にある刀銃は赤く輝き、刀身が空気を焼く。その後ろでは、後衛である正人と弘明の刀銃が青く光を発し、二人はそれを脇に構えて狙いをつける。
「食らえぇい!」
裕也が低い姿勢から熱せられた刀銃を振り上げる。機甲兵は後退して避けるが、刃は敵の装甲をかすめて傷を負わせた。だが、機甲兵も負けじと、腕を伸ばして裕也にガトリング砲の照準を合わせる。
バシュッ
裕也が大げさに右へ飛ぶと、その後ろから弘明によって放たれたプラズマが一直線に機甲兵へと突き進む。慌てて機甲兵も横へと避けるが、広範囲砲撃にした幅の広いプラズマの端に触れて弾き飛んだ。
うつ伏せに倒れた機甲兵の首めがけて、裕也が刀銃を振り下ろす。
「待て!」
「いっ?!」
俺の声で裕也は急停止した。その隙に、機甲兵は背中の出力装置を吹かして地面を滑るように脱出した。
「なんで止めるんだよっ?」
不満を言いながら、裕也は敵から反撃を受けないように距離をとる。すると、装甲が溶けた機甲兵と、俺にガトリング砲を切り取られた機甲兵は、そのまま二人とも木々の隙間に姿を消した。
「奴らはもう戦闘不能だ」
「でもよぉ、完全に壊しときゃ、修理にかかる時間が変わるじゃんよ?」
俺はそれには答えなかった。
完全破壊……。
機甲兵の胸に刃を突き立てるのは、あのか細い女の胸にこの巨大な刀銃の刃を突き刺しているのかもしれないのだ。
だが……説明するには証拠が無い。俺だけにしか見えないものを、どうして理解して貰えば良いのだろうか。
そもそもなぜ、他の奴には聞こえないのに、俺だけに敵の声が聞こえるんだ?
俺と他の男達との違いなんて……、
……待てよ。もしかして、俺が昔の記憶を無くしている事と関係があるのか?
現実世界で、女の姿や声が男達に届かないのは、目や耳に障害があるのでは無く、おそらくそれを統括する脳に異常があるのだろう。俺は二年前に頭部に酷い怪我を負っている。それが影響しているのか?
ふと通信兵である弘明を見ると、左腕の操作端末をしきりに触っていた。撤退指示にしては早すぎる気がする。
「……どうした? 何か緊急連絡か?」
「また出力装置の調子が悪い気がしたんだけど……まあ、大丈夫かな……」
弘明は頭を掻いて苦笑いをしている。そう言えば、この間の戦闘でも同じ現象を報告していたな。念のため技術部に交換申請をだしておこうか。
ガサガサッ
「……?」
木の上方で強く枝が揺れた。爆発の衝撃波にしては、音に揺らぎがある。耳を澄ませると出力装置の機関音が聞こえてくる。
「後退っ! 上だ!」
俺達は飛び退くように、浮遊装置を吹かして後ろに下がる。
ドォーン!
轟音と共に、上空から何かが落ちてきた。巻き上げられた草木が散ると、その中から二体の機甲兵が姿を現す。
片方は、右肩が桃色に塗られている。
桃の肩か。それに……、
もう片方は、全身黒色で一見して普通の機甲兵に思える。だが、桃の肩と肩を並べる黒塗りの機甲兵と言えば、背に紫の天使羽を背負う紫の天使に違いない。
次話、2015/07/11 20時に追加されます。




