スマートフォン6
教室の扉を開けると、待ち伏せしていたのだろう花音が俺の腰にタックルを決めてきた。
俺は腰にくっついたままの花音を引きずり自分の席に鞄を置くと、花音がべしべしと両手で背中を叩いてくる。
「ちょっと、法次、聞いてよぉ~!」
振り返ると、花音は頬をぱんぱんに膨らましている。
「なんだ? また新しいレシピのお菓子に手を出して、失敗したのか?」
「違うよぉ! あれは当たりっ! 家で作って食べたら、一キロも太っっちゃった!」
「そうか、そうか」
俺は、満面の笑みを浮かべる花音の頭を撫でてやる。本当にこいつは面白い(ユニークな)奴だ。
そこへ、裕也がやってきて、怪訝な表情で花音に聞く。
「あの……花音ちゃん、彼氏とはどうなったの?」
すると、花音は目を真ん丸くして首を傾げた。
「彼氏? って、誰ぇ?」
驚いた裕也は、正人を呼び寄せて二人で一緒に花音に聞く。
「ほら……昨日、告白するって……?」
「そうそう。『愛しのあの人』はどうなったんですか?」
あっと口を開けた花音は、悔しそうな顔をして俺の胸を掴んで揺さぶる。
「それなのよぅ法次ぃ~! 愛しのあの人と、昨日会えなかったのぉ! でも、沙織はその人と会って、デートしたんだよぉ~! 許せないでしょぉ!」
「……はぁ? 沙織が……デート?」
裕也を見ると、涙が奴の頬を伝っていた。コンマ二秒で泣けるとは、裕也の奴は相当に沙織に入れ込んでいるな……。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁ! 沙織ぃ~! デートなんてしてないよなぁ?」
絶叫した裕也は、隣にいた沙織に訴えるように聞く。だが、残酷な事に、沙織は微笑みながら頷いた。裕也は白目を剥く。
「あぽぽぽぽぽぽ……」
奇声を発しながら、裕也はそばの椅子にストンと腰を下ろした。
魂の抜けた裕也を哀れに思ったのか、正人が沙織に念押しに聞く。
「あの、どうして沙織さんがその人とデートする事になったのですか?」
「待ち合わせ場所に、花音さんがいらっしゃらなかったからですよ。それで、偶然近くにいた私と、別の友人とで、愛しのあの人と少しの時間だけお話したのです」
沙織の答えに、正人は「えっ?」と、声を漏らした。そして、改めて聞く。
「三人で……デートをしたと?」
「そうなりますね」
「ふっっかぁぁぁつ! ぎりぎり、セーフぅ!!」
大声を出し、裕也が椅子から立ち上がった。そして何度も両手を上げ、万歳をしている。
……妙だな。どこか違和感がある。男女の会話に、小さな矛盾を感じる。
ついでとばかりに、正人は花音に聞く。
「花音さん、『愛しのあの人』の事なのですが、好きなのですか?」
「え~? 好きとかは、違うくない?」
花音は悩む事無く、即答する。
すると、訳が分からないといった顔の正人は、食い下がる。
「で…でも、昨日は『愛しのあの人』に、『告白』するって……?」
「うんっ! 次会った時は、本気で告白するよっ! 昨日の事で、借りも増えたしっ!」
「会えなかったのに、借りが増えた……んですか?」
口を真一文字にして頷く花音の前で、ついに正人は頭を抱えた。
……やはりズレている。男女間で、話しの方向性が違っている気がする。同一の言語のはずなのに、単語の意味が異なっているかのようだ。
花音は何やら不敵に笑うと、腰に手を当てて俺を見る。
「そこまで事件の真相を聞きたいなら仕方が無い。ここで秘密を話そう、ワトソン君!」
また俺をワトソンと呼んできた。第一、聞いているのは正人だろう……。
花音は宣言しながらも、言おうか言うまいか躊躇しているようだった。ほんの少し頬が染まっているようだが、光の加減か?
花音は恥ずかしげに俯きながら、俺の後ろへ回った。そして、そこで声を張り上げる。
「私が……好きなのは、…………法次だぁ! おめでとぉぉ!」
ゴキンッ
再度の後方からの不意打ちタックルに、俺の腰は鈍い音を放った。そのままよろけ、俺は教室のドアに顔を激しくぶつける。
……そうだ。思い出した。
どこかで似たような事があったなと思っていたが、『ゲーム』の事だ。俺達が現実世界の戦闘について夢想世界で話している時、花音達はゲームの話だと思い込む。『現実』と言う言葉を、『ゲーム』に置き換えて女子は解釈するんだ。
これは、現実世界の話を夢想世界の登場人物にすると話が通じなくなってしまうので、禁止語句に設定されていて自動変換されているのだと俺達は思っている。
つまり? ん? 逆に考えると……花音達は……、今、現実世界の事を話している? だから、自動変換された文章が俺達に聞こえているのだが、それがぴったりと合致する言葉じゃないから……矛盾が生じるのか?
「そんなまさか……俺達と同じ……?」
俺が呟くと、花音は頬を俺の胸に押し付けて見上げ、嬉しそうに言う。
「えぇ~! 法次もやっぱり同じなのぉ~! 両思いじゃんっ! じゃあ、今日から恋人同士だねっ!」
……いや、考えすぎだ。花音達が現実世界の人間だったとしたら、すぐに機甲兵に見つかって、殺されてしまうだろう。
「……だよなぁ、花音」
「うんっ!」
俺に抱きついている花音は、いつも通りの笑顔だが、なぜか目が涙ぐんでいる。
妙な雰囲気を感じて教室を見回すと、どうしてかクラス全員が俺達に向かって笑顔で拍手をしている。
な…何があったんだ?
この日から、俺と花音は恋人同士となった。
一体……いつの間にっ?!
次話、『疑惑1』は、2015/07/10(金) 22時に追加されます。




