スマートフォン5
「隊長! これ見て!」
弘明が自分の通信操作端末を指差した。そこには、別働隊が包囲された意味の紫信号が輝いている。
「やっべーぞ! こっちも包囲されたんじゃねーのかぁ?」
裕也が慌てるが、後方には敵に回りこまれた気配は無いはずだ。だからと言って、急いで盆地まで後退すれば、見通しの良いその場所で渓谷から出てきた敵に背を撃たれるかもしれない。
「どうすんだよ法次っ!」「どうします、法次君っ!」
裕也と正人が俺の指示を仰ぐ。
……考えろ。敵がどうして俺達の攻撃を事前に察知していたのかは後回しだ。敵の次の手を考えるんだ。俺が敵ならどうする?
…………。
包囲とは、敵を自陣に深く誘い込んで、囲んでしまうことだ。つまり、別働隊は罠に嵌ったが、俺達は踏み止まったので包囲はされなかった。
俺が敵の指揮官なら……、
……捕まえた片方を、確実につぶしてしまうはずだ!
「まずいっ! 弘明、俺達を除く全小隊を、山岳地帯へ援軍として送れ!」
「えっ? り…了解っ!」
弘明が通信操作端末を叩くと、周囲から浮遊装置の音が轟く。
「どうして俺達は残るんだよ?」
浮遊装置音が去っていく中、裕也は不満げに俺に聞いてきた。
「しんがりですか?」
そう言う正人に、俺は頷く。
「おそらく渓谷で待ち構えていた敵は、俺達が乗ってこないのをすぐに察知し、すでに山岳地帯へ大部分が移動しているはずだ。だが、最低限の足止め部隊がまだ残っているはずだ。そいつらは、今の浮遊装置の音を聞いて…」
「なるほどぉ。お出ましだぜ」
裕也が、正面を見据えながら背中の刀銃を抜いた。
俺も、振り返りざまに刀銃を抜いて、奴らへ切っ先を向ける。
現れたのは、二体の機甲兵だ。そろってこちらへ悠然と歩いてくる。
「舐めやがって……」
裕也は不敵に笑った。
確かに、機甲兵が二体もいれば、通常の刀銃兵一小隊では太刀打ち出来ない。だが、俺達ならば、雑魚機甲兵なら五体同時にでも優位に戦闘を進めることが可能だろう。
もちろん、桃の肩のような別格を除けば、との制約は付くが、正面の二体は黒一色の一般機甲兵だ。
……ん?
向かって左側の機甲兵の胸に、何やら橙の点が見える。拳ほどの大きさだが、塗装の剥がれなのか?
「法次っ! 来るぜっ!」
敵との距離が二十メートルを切った。これ以上は、一呼吸で懐に入れる間合いの距離だ。
「凸陣!」
俺の号令で、四人は後へ下がる。右後方に裕也、その後ろに弘明、左後方に正人、その後ろに健太郎。四人は俺の後ろで、四角形を作る。
俺達が陣形を布いたのと同時に、機甲兵も動いた。右の機甲兵が前に出て、片方が真後ろへ下がった。ただの撹乱か?
俺は、手前の機甲兵の喉下に狙いを定める。
「――っ!?」
その時、俺の皮膚が逆撫でされるような感覚を受けた。
敵の鉄化面の下から、鋭い視線を感じる。
これは……殺気! ロボット兵から、凄みを……感じる。気のせいでは無い。
まさか、桃の肩と同じく強者か?
奴は、突然加速した。地面を片足で蹴っただけで、浮遊装置を使っているかの如く空中を疾走してくる。狙いは俺の右側、裕也のようだ。
凄まじい速度だが、奴の姿は目で捉えている。俺は刀銃を振り上げ、奴が進んでくる軌道上に置くようにして刀銃を振り下ろす。
バキッ!
「なっ!?」
奴は左腕で大木をなぎ倒した。それをブレーキに体を止め、俺の刀銃が振られるのをあざ笑うかのように見送っている。当然、そのまま観客で終わる訳が無く、無防備になった俺の体めがけて右腕を振り上げた。
「くっ!」
俺は体を無理やり捻じ曲げ、両腕を広げて奴の拳をかわした。そのままバランスを崩して背中から地面に倒れ込む俺だが、代わりに右手に握った刀銃を奴に向かって跳ね上げる。
……かわされた。
奴は、俺の刀銃から五十センチ程の余裕を持って体を動かしていた。
な……なんだこいつ……。間違いなく、一般兵とは違う。やはり桃の肩と同等か、それ以上の強者だ。
超重量級の機甲兵のはずだが、俺の目の前で奴は身を軽々と翻す。まるで舞っているかのようだ。その時気づいたが、奴の背中には紫で天使羽が描かれていた。
やはり、こいつも桃の肩と同種の特別兵だ。
「法次ぃ! 木が!」
裕也の声で俺は目を空に向ける。先ほどこいつが折った大木が、俺の上に覆いかぶさるように倒れてくる。これも……狙い通りなのか?
「――っうぉぉ!」
ここで俺が大木の下敷きになれば、陣形が崩れたまま立て直しが出来ず、全滅必至だ。
俺は、振り上げきっていた刀銃を持つ腕に力を込め、筋肉の悲鳴に聞く耳持たず再度振り下ろした。真っ赤に燃える刀銃が、大木を真っ二つに切り分ける。間髪入れずに左手首に触れ、浮遊装置の出力を上げる。
ブワンッ!
俺の浮遊装置が唸り、下に向かって空気を吐き出す。体勢を完全に崩していた俺だったが、地面の上を滑りながらも何とかバランスを保った。
「陣形を立て直すぞ! 星の陣……っ!」
ガサガサッ
右の茂みから、もう一人の機甲兵が現れた。そいつは、俺の顔へ左腕を向けている。
バシュッ!
奴の腕から放たれた矢を、俺は間一髪の所で避けた。頬から血が噴き出す。
休む間も無く、正面では天使羽の機甲兵が鉄剣を振り上げた。
ガキンッ!
これも顔から数センチの所で、何とか刀銃で受け止めた。しかし、俺の背中ががら空きだ。
「任せろ法次っ!」
橙の点の機甲兵には、右後方にいた裕也が対処へ向かう。
ヒュンッ
俺の後ろから橙の点の気配が消えた。地面を蹴って跳躍した気配も無く、風切り音だけが残った。
「健太郎君っ!」
正人の悲鳴のような声が聞こえた。
左後方を見ると、先ほど橙の点が放ったワイヤー射出装置の矢が大木に食い込んでおり、それを辿った橙の点の機甲兵が、健太郎に向かって飛んでいく所だった。
「健太…っ!」
俺達の陣形を斜めに切り裂いた橙の点は、健太郎の体に右の拳を叩き込んだ。軽々と吹き飛んだ健太郎は大木にぶち当たり、何の支えも無い人形のように力なく地面に落ちた。そして、大量の血を、口から破裂させるように吐き出した。
……考えるまでも無く、……即死だ。
「法次君!」
正人がこちらへ走ってくる。俺は、橙の点を目で追いながら、正人と位置を入れ替える。正人は天使羽の攻撃を受け、俺は後方へ飛ぶ。
橙の点が次に狙ったのは弘明だった。弘明は何とか奴の拳の直撃をかわしたが、肩を掠めて尻餅を突いた。
再度腕を振り上げる橙の点だったが、その突き出した腕に俺が斬撃を叩き込む。切り落とす事は出来なかったが、かなりの深手を負わせた。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
なにっ?!
女の悲鳴がどこからか聞こえた。
「優子さん!!」
また別の女の声だ。優子? 名前……か?
正人を弾き飛ばした天使羽の機甲兵は、俺に向かって一直線に近づいてくる。裕也が迎撃に行ったが、右手から火炎放射を放ってそれを遠ざけた。
ガガガガガガ
更には、俺に向けてガトリング砲を放った。しかし、奴にしては狙いが甘い。俺は軽々と左にかわす。
俺を追おうともせず、天使羽の機甲兵は進路を変えない。だからと言って、弘明へ行くわけでも無い。作為的な奴の事だ、今度はどんな奇をてらった攻撃をしてくるつもりだ?
天使羽の機甲兵は、橙の点の肩を支えるように掴むと、そのまま木々の間に消えた。そして、遠ざかる音だけが聞こえてくる。
「……撤退……したのか?」
馬鹿な。こちらの被害の方が圧倒的に大きい。このまま続けていたら、橙の点は何とか倒せただろうが、天使羽の機甲兵に全滅させられていたはずだ。
「ちょっと待ちやがれてめぇ! 逃げてんじゃねぇ!!」
「やめろっ! 裕也!」
俺は裕也の襟を後ろから掴み、追撃するのを止めた。体を後ろにのめらせた裕也の浮遊装置が土を前方に舞い上げる。
「止めてんじゃねぇよ法次! 健太郎が殺されたんだぞ!」
「敵は二体とは限らない! むやみに突っ込めばお前も死ぬぞ!」
俺が裕也を制止している間に、正人が弘明の容態を見ている。弘明は足元をふらつかせながらも立ち上がったので、おそらく命に別状は無いだろう。
息が切れて少し裕也が落ち着くと、俺達は四人で健太郎の下へ行く。
健太郎は、大木に背をもたれさせながら、俺達に頭を下げるように息絶えていた。まるで、失敗をして申し訳ありませんとでも言っているかのように……。
「違うんだ……健太郎。俺が……敵の力量を見誤ったばかりに……」
さっきまで楽しげに喋っていた奴が、次の瞬間には死んでいる。戦争とは、なんと惨い物か。
握っている刀銃が、いつもよりずっと重く感じた……。
次話、2015/07/05 12時に追加されます。




