強請
強請
その日、三途の川の畔にはほぼ全裸の男女一組が亡者を裸にする、という何とも奇妙な光景があった。
「は、ハックシ!さ、さっさと脱ぎなさいよ!うぅ…ケンちゃん、これ着ちゃダメかな?」
「く、クシッ!ダメだよ、ダッちゃん。罪の重さをはからな…クシッ!」
なんとも哀れである。
――――…
オ「マトモな服があって良かったな。」
エ「そうねぇ。流石にアレで行動するのは嫌だったしぃ。」
どこかの男女が着ていたような服を着ているオニキスとエメラルド。なんのことはない、お話をして譲ってもらっただけである。
オ「さて、と。エメラルド、頼めるか?」
エ「もちろんよぉ。それぇ!」
エメラルドが手を振り下ろすと、天高く積み上げられた石の塔が上から崩れていき、集まったときの逆再生のように賽の河原の上流、下流に戻っていく。が、一部はそのままそこに留まり、別の建造物を形作り始めた。
三途の川を濡れずに渡る、石の橋が出来上がった。
エ「んー、やっぱりパワーが強くなってるわねぇ。」
オ「ふむ…どうしてだろうな?まあ、使えるのなら問題ないだろう。」
そんなことを言いながら二人は橋を渡っていく。と。
「渡れ渡れ!」
「なんとしても生き返るんだ!」
「おい、お前ら!止ま、うわっ!」
対岸からたくさんの人が駆けてくる。鬼がそれを制止しているが、あまりの人数差に止めきれない。
三途の川や賽の河原、懸衣翁に奪衣婆。そんな風景からしてここはまかり間違っても天国では無いだろう。もし、ここが地獄というべき場所ならば罪人は耐え難い責め苦を受けているのだろう。
そんなところに少なくとも地獄からは出られそうな橋が架かったらどうなるか?答えは考えるほども無いだろう。
エ「あぁー…これは考えてなかったわぁ。」
オ「ふむ…エメラルド、ここで落とせ。この距離なら余裕で跳べる。」
エ「そぉ?それじゃ…えいっ!」
だが、オニキスたちがそんな罪人たちに頓着するはずもない。エメラルドの手によって、橋はオニキスたちの目の前の部分まで崩れ落ちた。
「うわぁぁあっ!?」
「お、おい!戻…ひゃぁあっ!?」
「押すな!先が無いんだ!」
橋の向こう側は阿鼻叫喚。地獄で阿鼻叫喚とはなんとも皮肉である。
オ「さてと…ん?なにしてる?」
向こう岸へ跳び移るべく屈伸運動をし、伸びをするオニキス。と、その首にエメラルドが抱きついた。
エ「なにってぇ、ほらぁ、アタシってか弱い乙女《男女》だしぃ、お姫様抱っこよぉ。」
そう言ってしなをつくるエメラルド。だが、そんなエメラルドを見るオニキスの視線は極寒の冷気を含んでいる。
と、オニキスがニヤリと笑った。それを見たエメラルドが身の危険を感じて手を引こうとするが…
オ「よし、じゃあしっかり掴まっていろよ。」
エ「ま、待っひゃぁぁあああっ!?」
全速力の助走の後、大きく跳躍する。死んで一度力を失ったかに思えたが、なぜかオニキスたちには力が戻っていた。故に、彼の本気は音速を軽く越えていく。
エ「ちょっ、止まっ…」
オ「動くと落ちるし、喋ると舌噛むぞ?」
エメラルドは完全後衛型。パワーも持久力も一般人より少し上程度である。
つまり…
エ「無理無理無理ぃーーー!!」
こういうことである。南無三。
――――…
三途の川を渡った亡者たちが列をなして一つの建物に入っていく。生前はどんなに悪行三昧の無法者でも、死んで魂だけになってしまえば反抗することもできない。彼らの意識が戻るのはキチンと地獄に投げ込まれて責め苦を受けるときである。
オ「生き返れるとしたらここだよな。」
エ「閻魔様のいるところ、かしらぁ?」
ここに例外がいる。
オニキスとエメラルドは亡者たちが入っていく大きな門の丁度真反対に位置する裏口からの侵入を試みていた。しかし、そこで簡単に入れるようでは意味がない。
「止まれ!」
「貴様ら、何者だ!」
牛頭と馬頭の大男、牛頭と馬頭が二人の行く手を遮った。
「ここは閻魔様の御裁きの場所だ!」
「新しく来た亡者なら表門に、地獄の亡者ならばさっさと引き返せ!」
地獄の門番として有名な彼の者たち。だが地獄の悪鬼をなお凌駕する男が相手である。
オ「やっぱりここが閻魔のいる場所か。」
「なっ!?貴様、止まうべぁっ!?」
「ここから先ぶぼぁっ!?」
哀れ地面に倒れ伏すこととなったのであった。
――――…
地上、オニキス死亡地点。周囲にはオニキスが倒した大量の魔物の死骸が一面に転がっていた。死骸は、戦っている最中に邪魔にならないよう遠くに投げ飛ばしていたので広範囲に広がっている。
魔物を呼び出した暴走精霊もまだそこにいた。
遠くから一つの人影が近づいてきた。
オニキスの死んだ場所は魃の神力によって灼熱、というのも生易しいような暑さ。当然そんな場所にいる者が只者のはずがない。近くに来るのを見てみると一人の女性である。片腕と片足に添え木と包帯を巻き付けて、松葉杖をついている。
近くに感じるものは誰もいないが、この女性が近づいてくればくるほど周囲の温度が上がっていく。
そう、この女性が魃。神帝の娘にして太陽の女神である。
「あら?生き物がたくさん…全部死んでしまっていますわ。」
と、辺りの魔物の死骸を見て悲しそうな顔をする。
「このままでは腐ってしまいますし…そうですわ!ワタクシが弔ってあげましょう!」
この灼熱地獄の中では腐る前に焼き肉になってしまいそうだ。だが、魃はそれを気にする様子。良いことを思い付いたというように手を打ち合わせる。
「ん~~…それっ!」
魃が死骸の群れに向かって手のひらを向けると、ほぼ透明な炎が地面から吹き出して死骸が死骸を全て焼き尽くした。それと同時に暴走精霊も魔物を召喚する魔方陣もかき消えた。
「やっぱり綺麗だと良い感じ…ん?あれはなんでしょう?」
魃が見つけたのは銀色に光るヒトガタのようなもの。それは我らがオニキスの死骸に残っていた金属類である。
尋常ではない高温らしい炎を浴びたのに、体表組織以外はほとんど損傷がない。
「んーー…まあっ、スゴい残留思念。」
オニキスの成れの果てをじっと眺めていた魃だったが、嫌そうに顔をしかめて遠ざけた後に、それに向けてまた炎を向けた。
「んーー、何でできてるんでしょう?」
だが、燃えない。
その後も何度も何度も繰り返し炎をオニキスの死骸に浴びせるが、卯月の作り出した金属類は太陽の炎にすら耐えるらしく、変色する様子もない。
不思議なのは、美和が贈った腕輪と飛び戻りの指輪も溶けていないこと。
それを見て不思議そうな顔をしている魃に後ろから声がかかる。
「魃様、何をなさっているのですか!そんなに神炎を連続で出して…この辺りの神力濃度が異常になっています!そんなにしてはお体にも触ります!ほら、帰りますよ。」
「あ、でも…」
教師のような格好をした男に引っ張られていく魃。少しだけ抵抗して見せるも、すぐにおとなしくなってついていく。
後に残されたのは、金属光沢や太陽光反射ではない不思議な光を放つオニキスの成れの果てだけであった。




