暴走
暴走
水の精は更に続ける。
「それでも、先代や先先代方の力を借りてほとんどの者は誅することが出来たのですが…」
そこで言い淀む。エメラルドはその先を想像して言った。
エ「先代たちも手を焼くようなのが出てきて協力を打ち切られた、とか?」
「…その通りでございます。」
水の精が唇を噛んで俯く。
聞けば、先代たちに協力を頼んだ時点で反対意見は多かったらしい。彼女とて誇りが無いわけでは無かったが、かといって暴走している精霊を放置するわけにもいかなかった。
エ「なんだか、精霊ってそういう人間臭いのとは無縁かと思ってたけどぉ…センちゃんのあれは見栄っ張りじゃなくて本当に思ってるみたいだしねぇ。」
エメラルドがふと呟くと、水の精がそれに反応して彼女《彼》に言った。
「エメラルド様がご覧になったことのある精霊は幼いか、我らとは格が違いすぎる方々でしょう。
江様は我らの元祖であられますし、それと対等に話される闇の精というのも古い歴史を持つ方でしょう。
精霊界からいらっしゃったというお二方は、そもそも我らとは生きてきた環境が違われます。
唯一我らの同族と言えるのはセンという子だけですが…人間でも同じでしょう?子供というのはえてして純真なものが多いのです。」
エ「なるほどねぇ…オニキスが前に言ってた気がするわぁ。」
「精霊も主を持ち、世に染まれば俗っぽくなりもします。先代や先先代が協力をしなくなったのは単純に面倒だったからなのですが、我らの一部が協力を渋ったのは無駄な見栄があったからです。
まあ、それが過ぎて先代方に試練としてこの問題を解決するように言われてしまったのですが…」
情けない限りです、と頭を垂れる水の精。
エ「それで、とりあえず『あそこ』に閉じ込めておいてるってこと?」
「はい。誅することはできなくても全員でかかれば封じる程度のことはなんとかできます。ですが、ずっとこのままという訳にもいかず…」
エ「ふぅん…」
エメラルドの視線の先には風と砂を吹き出すドーム。
エ「アタシにちょっと考えがあるんだけど…ちょっと教えてほしいことがあるのよぉ。」
「はい?」
――――…
オ「ハッ…ハッ…くっ!」
息つく間も無く襲い来る、魔物、魔物、魔物。爪が、牙が、針が、トゲが迫ってくる。
オ「流石にちょっとキツいぞ、これは…」
どこからか沸いて出てきているのかと思うほどに魔物の群れにはキリがなかった。
大きな影響を倒しきったと思えば中くらいの魔物が、それを片付けたかと思えばまた大きな魔物が出てくる。そして、それに隠れて襲ってくる地球と同じようなサイズの魔物。
完全装備のオニキスならば全く問題にしないのだが、想像を絶する強さの魔物に襲われた後ではそれらの小動物も、特に毒を持っているモノは危険を孕むようになる。
蠍や蜘蛛、蛇のつくった小さな傷も回復しなくなる。他の大きな傷の再生にオニキスの体がかかりきりになっているからだ。塵も積もれば山となる。注意しなければ着実に体力を奪ってくる。
オ「少しくらいは休ませてくれ…よっ!」
流石にこれほどの数を相手にすれば少しは効率的にもなる。弱点を的確に狙って少ない手数で倒す。
蠍の尾を掴んで犬に突き刺し、そのまま尾を折って一番の危機である毒を無効化し、その流れで頭を叩き割る。気は抜けないものの、倒し方はわかってくる。
オ「…ん?あれは…?」
大きく跳躍し、飛んでいるコンドルに組み付いて倒したオニキスが何かを見つけた。
オ「なんだ、あれ…」
オニキスが見つけたのはオニキスと魔物たちの戦乱の中心から少し離れたところにポツンと立つ人影のようなもの。そして、それを中心に広がる複雑な紋様のようなもの。
オ「人…じゃないよな、流石に。この暑さだもんな。」
オニキスは『多少暑い』程度の感覚しか持っていないが、普通の人間が生身で立ち入ればすぐに死んでしまうような気温である。
オ「じゃあ、アレはなんなんだ…っと!」
着地し、周囲からの攻撃を受け流す。
オ「なんにしろ、このままじゃあ埒が明かない。なら…!」
今は大きな魔物が前面に出てきている。隙を見て魔物たちの足の間を抜け、怪しい影がいた方向に向かう。後ろに控えていた中くらいの魔物は力ずくで蹴散らす。大きな魔物に追い付かれないようなスピードを保ちつつ攻撃を避け、無力化する。
簡単に言うが、オニキスにとってさえそれは至難の技である。
しかし、彼はやり遂げた。魔物の包囲網を抜けて人影に迫る。トップスピードでは魔物よりもオニキスが上。少しの間なら追い付かれない。
人影の周囲に展開する紋様の近くまで近づいたそのとき、
オ「うおっ!?」
紋様が全体的に光り始める。これを見てオニキスはその正体に思い当たる。
オ「魔方陣ってヤツか。何をする気だ?」
とりあえず中心にいる人影に近づこうとオニキスが動いたとき、魔方陣が発する光が止まった。そこには…
オ「くそっ!やっぱりか!」
魔物の大群がいた。魔物は文字通り『沸いて』出てきていたのだ。
オ「ん?」
だが、よく見ると何かおかしい。沸いてきた魔物たちはオニキスがそれまで戦っていた魔物よりも弱そうに見えたのだ。種類は同じものだが、色も大人しく、大きさもそこまでではない。寧ろオニキスに怯えるような素振りさえある。
オ「これは…勝てるぞ!」
そう見てとったオニキスは後ろから迫る魔物を警戒しつつも、目の前の弱そうな魔物を殲滅にかかる。
どんな仕組みか分からないが沸いた直後は弱い魔物が、オニキスの前に来る頃には彼の驚異になるような強さになっている。ならば、とるべき対策は1つだけ。
オ「弱いうちに、潰す!」
もう少しすれば後から強い魔物たちが追いかけてくるだろう。だが、ここを戦闘の中心にしてしまえば弱いうちの魔物の殲滅も可能だ。
オ「それにしても…」
そんなことを考えて陣取ったオニキスだったが、ふと頭に浮かんだことがあった。
オ「あの真ん中のヤツ…何かの精か?」
どす黒い血のような色に染まった髪、白目を向いてヨダレを垂らした正気を失った表情。
人間でもあり得ない髪の色ではないが、こんな環境で生きていられるものとして真っ先に浮かんだのが精霊だったのだ。
オ「アイツをやれば、何かおきるんだろうな。」
朧気にそんなことに思い当たりながら、まずは魔物からと思い直して戦い続けるオニキスであった。




