未練
未練
荒れ狂う砂嵐。常人なら、いや、常人でなくとも吹き飛ばされそうな強風の中、エメラルドは平然と立っていた。打ち付ける砂もエメラルドを避けて飛んでいく。
エ「やっぱり卯月さんの技術はチートよねぇ。こんなの出回るどころか存在してるのも知られてなかったわぁ。」
エメラルドが身に纏っているのは卯月の作った避風スーツ。文字通り風を受け流すものらしい。
始めからエメラルドに着せるつもりだったのか色は暗めのグリーンである。
エ「変なところで律儀なのよねぇ、卯月さんって。アタシたちは色なんてほとんど気にして…他の三人は気にしてたわねぇ。」
エメラルドはふと自分とオニキス以外の『ジュエラーズ』の面々を思い出した。
エ「オニキスはあんまり好きじゃ無かったみたいだけど、アタシはそう嫌いじゃ無かったのよねぇ。」
改造に成功したオニキス、エメラルドと対照的に思ったような結果が出ていない他の三人。炎、水、雷を操るルビー、サファイア、トパーズ。いずれも卯月からは『見せ物』として扱われていた不遇な三人。
エ「ちょっと自分の力に自信持ちすぎなとこはあったけどぉ、『卯月さんへの信頼』って言い換えることもできるしねぇ。」
不遇の原因は能力の殺傷力不足。いずれも機械の力を借りれば一般人でも起こすことが可能な事象だった。爆弾や消防ホース、スタンガンなどを想定すれば対策はいくらでもたてられるもの。見た目はハデだったので良い対外用にはなったと卯月が言っていた。
エ「あの三人もこっちに来れば活躍できたのかしらぁ?…向こうで元気でやってると良いけど。」
卯月も菜真理もいない世界には悪の結社も正義の味方も存在できないだろう。形としては残ることはできるかも知れないが、結局は信念の無い欲望に駈られた者たちの溜まり場になってしまうかもしれない。二人とも形は違えど自身の信念を貫き通し、凡百をそれに従わせるカリスマを持っていたのだから。
エ「案外、世紀末みたいになってたりして。笑えないわねぇ…」
一瞬眉をひそめるエメラルド。だが、すぐにため息をついて表情を戻した。
エ「まぁ、今そんなこと考えてもしょうがないわよねぇ。」
エメラルド。彼女《彼》は卯月やオニキスという非常識の中で常識と思いやりとを持ち続けるある意味での超人なのである。オカマだが。
――――…
しばらくの間進むと岩で出来たドームがハッキリと見えてくる。それにつれて風もどんどん強くなる。肌を出していればその部分が砂と風によって傷だらけになりそうなほどである。
エ「これが中心ってのは間違いなさそうねぇ。」
遠目で見ていた時はポツンと小さくあるように見えていたが、近くで見るとそこそこの大きさはある。小さめの一軒家程度、といったところだろうか。
「止まれ!何者だ!」
エ「わっ!?…センちゃんのお仲間さんかしらぁ?」
と、近づいていくエメラルドの足下に何かが飛んできた。飛んできたのは大きな氷の欠片。
何事かとエメラルドが飛んできた方を見ると、水色の髪に碧眼の女性がエメラルドの方に手を向けて立っていた。
そんな髪色の人間などこちらに来てからも水の精以外でエメラルドは見たことが無かった。
「セン…とはだれだ?」
エ「水の精の女の子よぉ。髪と目の色が似てるからぁ、あなたもそうじゃないかなぁと思ったんだけどぉ。」
「ふむ…」
水の精とおぼしき女性は少し考えたあとにジロジロとエメラルドを舐め回すように見る。
「確かに精霊の気配がする。それも複数。…だが、お前は主ではないな。」
エ「アタシの相棒がなんだか知らないけどそういうのに好かれやすくてねぇ。センちゃん、フーちゃん、ライちゃん、江さんにあとは闇の精ってのもいたわねぇ。」
と、水の精がエメラルドに詰め寄る。
「お前、江様を存じ上げているのか!?」
エ「え?まあ、知ってるわねぇ。ここに来たのも龍のお願いだってオニキスが言ってたし…」
途端、水の精が地面にひれ伏した。砂が顔につくのも気にせずに地面に完璧に伏している。
エ「え、え!?ちょっとぉ、何やってんのよぉ。」
「知らぬとは言え、大変なご無礼を!申し訳ございません!」
いきなりの事態に訳が分からず混乱するエメラルド。一先ず水の精に頭を上げさせて訳を聞く。
「私はその昔、渟龍様にこの地へ遣わされた水の子でごさいます。今だご尊顔を拝したことはございませんが、母の主様とあれば私の主様でもごさいます。そのお遣いの方にこのような無礼を…申し訳ございません!」
上げていた顔を地面にめり込ませんばかりに降り下ろす水の精。
エ「あぁ、そういうことねぇ。
別に気にしなくて良いのよぉ。アタシが頼まれたんじゃなくてアタシの相棒が頼まれたんだから。
それに、あんまりそういうのは得意じゃ無いのよぉ。アタシってば庶民体質だからぁ。」
「で、ですが…」
しばらくの間、立ち上がろうとしない水の精を相手に奮闘することになったエメラルドであった。
――――…
なんとか水の精を立ち上がらせ、事情の説明を始めるエメラルド。
エ「龍に聞いてみたら、この時期にこんなのはおかしいっていったらしいのぉ。だからこの風の原因を探りにきたのよぉ。頼まれた方は魃って神様を探しにいったんだけどぉ…」
エメラルドが言うと、水の精が申し訳なさそうに言う。
「まさかそのような遠方まで迷惑をおかけしているとは…。」
エ「原因、知ってるのぉ?」
「ええ、知っています。これは我ら精霊が原因のものです。」
水の精は頷くと話し始めた。
「渟龍様が魃様と取り決めををされた後、ご存じの通り我ら水の精が水場の確保のために遣わされました。そのときに一緒に他の精霊たちも遣わされました。風の精、草の精、土の精、火の精といった具合に、属性ごとに仕事を割り振られました。選ばれたのは各種族の内でも若く、才能のある面々でした。
龍様が説明された通り、魃様はとても強大な神様です。それこそ、龍様でも遥かに及ばないでしょう。故に、神力も膨大で強いものなのです。弱い者はそれに飲まれて魔物となってしまうほどに。
もちろん遣わされた精霊たちはそれを配慮したが故に優秀な者が選ばれたのです。
ですが…」
水の精は一旦言葉を区切る。見ると、その顔は悔しさに歪んでいた。
「我ら子孫はそうではありません。もちろん、優秀な母から生まれた精霊は大部分が優秀であり、飲まれることはありませんでした。その子である我らもまた同じ。
しかし、それでもいくらかは母や祖母たちほど出はない者が出てきます。そして、その者たちは神力に飲まれて魔物に近しいモノになってしまいました。」
と、エメラルドが疑問を口にする。
エ「でも、お母さんたちの代はこんなことにはなってなかったんでしょう?」
と、水の精の顔がさらに屈辱に歪む。
「母たちはその堕ちた者たちを誅しました。ですが…我らはそれほどの力を持たないのです。
堕ちた者たちは神力の影響を受けて、理性がほとんどなくなり意思も分からなくなります。ですが、力だけは格段に強くなるのです。
逆に我らは、堕ちぬまでも渟龍様に選ばれた者たちに比べれば力は弱く見劣りします。
故にその者たちの力を押さえつけて誅することが出来ず、閉じ込めておくのが精一杯なのです。」
エ「その閉じ込めておいてるのがあそこってことぉ?」
エメラルドがドームを指差すと水の精が頷いた。




