悔悟
悔悟
カ「『外の世界』からのお客様なんてしばらくお会いしていませんでしたから。」
カエサルのその一言でオニキスの表情が変わる。
オ「…何者だ?」
カ「いえいえいえ!私はただの中年です。ただ生きている年数が長いだけの。皆さまのことも占い婆から聞いただけです。」
手をふってオニキスをとどめるカエサル。だが、オニキスはカエサルの言葉の別の部分に引っ掛かりを覚えた。
オ「『皆さま』ってのはどういう事だ?」
オニキスの剣呑な表情に怯えることもなく、カエサルは飄々《ひょうひょう》と言ってのける。
カ「それも婆から聞いたのです。ここにいらっしゃっているのはあなた様だけ。ですが、地上にあなたのお仲間、目上がお二方に同僚の方がお一人。そうでしょう?」
オニキス、絶句。
オ「占い婆はそこまで万能か…?」
カ「婆は何でも知っているのですよ。噂によれば世界滅亡の日も知っているようです。絶対に話そうとしないらしいですが。」
カエサルがウインクをする。
オニキスはため息をつき、肩の力を抜いた。カエサルの人生経験と器の広さには敵わない。例えすべてを知っていても利害目的で他に暴露するようなことは無いだろう。オニキスの目にはカエサルがそう写った。
しばしの沈黙。オニキスはいつの間にか目の前に置かれていた茶を一口すすり、口火をきった。
オ「今までの話と全く関係の無い話をしていいか?」
カ「ええ!どうぞどうぞ!なんなりと。」
いつの間にか敬語がとれている。が、カエサルは気にせずに先を促す。
オ「なんで孤児院なんてここには不要なものを作ったんだ?それもわざわざ外から子供を連れてきてまで。」
そう、カエサルのやっていることは死者の都にとっては全く無意味なことなのだ。
カエサルは微笑んで答える。
カ「それが私が不死になった理由だからです。」
カエサルは一度目をつぶると、一言一言ゆっくりと話し始めた。
カ「私も他の不死者と同じく、昔はただの人間でした。これでも多少腕に自信がありましてね?軍などに入ろうと田舎から都に行ったんです。
軍に入った当初は、右も左も分からない田舎者、当然あれこれと不都合が起きます。その度に助けてくれていたのが当時の下宿先のお嬢さん、お恥ずかしながらそれが後の私の妻です。
彼女は軍役で家に帰ることも少なかった私によく尽くしてくれましてね…」
カエサルは一度話を区切ると目頭をおさえた。オニキスはそれを見て先の話を察した。
カ「すみませんね。血も汗も出ないのに涙だけは出るんです、この体。」
間を開けて息をつくと話を続けた。
カ「ええ、私もそんな妻のことが大好きでした。
子供もできました。可愛い、可愛い娘です。
私の上司も気を使ってくれまして、町の警備の仕事に変えてくれたんです。お給金は少なくなりましたが、貯えは十分にありました。
妻が笑い、娘が笑い、私も笑っていた。とても幸せな時間でした。ですが…」
カエサルの瞳に炎が点る。憤怒の炎、それであった。表情も硬く強ばっている。
カ「当時住んでいた都に強盗が現れました。主が留守にして女、子供だけしかいない家を狙い、金目の物を一切合切奪っていって家の人も皆殺しにしていく。そんな凶悪な事件が何件も、それも立て続けに起きました。私たちも全力で犯人を追いましたが、いつも逃げられてしまっていました。
そんな中、次の事件が起きました。現場の場所を聞いたとき、私は耳を疑いました。事件が起きたのは私の家だったんです。何かの間違いだと思いましたね、ええ。
でも、現実は非情です。被害者の遺体を確認したとき、私は意識を失いました。そこにあったのは紛れもなく私の愛しい家族でしたから。」
流れる涙は止めどなく、だがカエサルはそれを拭うこともせずに話を続ける。
カ「意識を取り戻したときから私は復讐の鬼と化しました。死んでも犯人を…いえ、犯人を捕まえて罰するまでは死なない。そう、絶対に。
不死になる外法に手を染めたのもこの頃でした。吸血鬼でもグールでもないただの不死者、アンデッド。それが私です。
人の道を踏み外した私は、一層復讐に固着しました。寝る間も食べる間も惜しんで犯人を捜し続けました。どんなに生活習慣が悪かろうと私は死にませんから。
そして、ついに犯人を追い詰めた!捕まえてみればなんのことはない、犯人はただのチンピラでしたよ。捕まえられないのは彼が貧民街の出身で、町の裏に詳しかったからです。道も、人脈もです。
結局、私は心だけは人のままでしたよ。どれだけ怒り狂おうと捕まえた犯人を殺すことはできませんでした。結局、犯人は司法に裁かれ死刑になりました。
その後は酷いものです。心にぽっかりと穴が空いたようになり、酒を飲み、ただただ自堕落に過ごしました。」
と、カエサルが涙を拭いて顔をあげた。表情を和ませ、笑顔を作った。
カ「ですが、あるときふと気づいたんです。こんなことをしていてはいけない、と。私のように被害者を増やさないためにも、娘のような子供を不幸せにしないためにも、私は働かなくてはいけないと。
働き、更に働き、住むところを変えてまた働きました。住むところを手にいれる以外にお金が必要なことなんてほとんどありませんでしたし、何十年も働き続けましたから、すぐに貯金は増えました。行く先行く先にある孤児院や貧民学校にお金を送り続けましたが、そんなものは街や国の視点で見れば雀の涙です。所によっては子供たちには全く遣われず、貴族や大商人に賄賂などとして持っていかれることもありました。
私は考えました。お金を渡すだけでは何にもならない。なら、どうするか?
私の辿り着いた答えは『自分が子供たちの世話をすればいい』というものでした。自分は不死の身、長い長い目で見れば街や国でさえ変えられると考えたのです。それに、これなら子供たち以外にお金が渡ることもありません。」
カエサルは一息つき、言った。
カ「これが私がここを作った理由です。不死者を辿り、この町の存在を知った私はそれまでに世話をしていた子供たちを連れここへ来ました。初めの頃は不死者ではない子供たちをこの町に入れるのに反対の声はありました。ですが、すべて押しきりましたよ。可愛い子供たちのためですから。」
快活に笑い、カエサルは話を締めくくった。
と、それまで黙っていたオニキスがカエサルに聞いた。
オ「ここには大人もいるようだが…それは?」
カ「子供たちには少なからず母性を持つ者が必要です。信頼できる女性や、夫を失った女性に頼んでここにいて貰っているのです。」
カエサルが答えたが、オニキスは納得していない様子。更に質問を続ける。
オ「だいぶ若い女性もいるけれど…あれは姉代わりというところなのか?」
オニキスの視線の先には庭で遊ぶ子供たち。その中には元の世界で言えば高校生や大学生くらいであろう女性が数人混じっていた。
カ「ああ、それは私が育ててきた子供たちです。彼女たちのためを考えるなら無理矢理にでも外の世界に送り出した方がいいんですが…『お父さんと一緒に働きたい!』なんて言われてしまうと、断れないんです。どうにも小さい子供のように甘やかしてしまいがちでしてね。」
オ「幼い子供はいつまで経っても可愛く幼く思える…か。」
カエサルは思いがけずオニキスの新たなステージへの扉を開いてしまったようだ。
――――…
美和の俗世離れした龍の娘としての生活。センの語る子供ならではの生き生きとしたオニキスたちの冒険譚。それらはカエサルや彼の育てる子供たちには大人気だった。
カ「皆さま、今日はありがとうございました!私も、子供たちもとても楽しく過ごさせていただきました!」
カエサルが深々と頭を下げる。
センが、美和が子供たちに手を振る。
セ「またなー!」
美「ん、じゃあね。」
子供たちも手を振り返す。この短時間で仲良くなれる、幼い子供たちの長所である。
オ「さて、と。後はブラッディの相手をして、卯月さんたちと合流するだけだな。」
――――…
遂に死者の都を出立するオニキスたち。だが、おかしなことが…!?
カ「お気をつけて!」
ありがとうございました!




