別れ
別れ
オニキスは何度目かの訓練をしていた。
オ「…これも作業っぽくなってきたな。」
兵士たちに触れられずに退け続ける。オニキスにとって、これは退屈な仕事になり始めていた。
今までの所、脅威はミカの話術とステイラ、シャインの連携攻撃のみである。
皮「一人ずつで行くな!同時にかかれ!」
と、獣士団の本陣に設定された場所からアイロニーの声が聞こえた。
すると、兵士たちが単独ではオニキスと対峙しないようになった。
オ「まあ、こんなに負けが嵩めば指示も通るようになるよな。」
しかし、オニキスは常人ではない。兵士相手でも、二人同時程度ならば簡単に捌ききれる。
オ「ほらほらほら!まだ温いぞ!」
「くそぉおおおっ!ゲブッ!?」
「このぉおおオオッ!?」
一合も打ち合えずに吹き飛ばされ、地面に沈む挑戦者たち。オニキスの猛威は留まるところを知らない。
――――…
所変わって獣士団本陣。望遠鏡の精度を少し落とした道具でオニキスがいる辺りの状況を見るアイロニーがいた。
皮「くそっ!あんな人外、どうしろってんだ!策も何もあったもんじゃない!」
グシャグシャと頭を掻きむしり、そのまま頭を抱えるアイロニー。そして、ブツブツと何かを呟き始める。
皮「圧倒的な力不足…量より質…大量の質…上位者…くそっ、エッジは使えない…ルーナも使えない…!」
そして、頭を上げたアイロニーは半ば睨むようにアルトを見た。
皮「アルトさん。貴女、武術大会五位とかでしたよね?」
ア「そうですけど…っ!?嫌ですわっ!あんな悪魔の所に行くなんて!」
いきなりの質問に怪訝そうな顔をしたアルトだが、直後に質問の意味を理解して青ざめた。
皮「いやね、別に真っ正面からじゃなくていいんですよ。ちょっと後ろから不意討ちするだけで良いですから。それぐらいなら貴女でもできるでしょう?」
アイロニーは静かに言う。
だが、アルトは青ざめていた顔を赤くして反抗する。
ア「お断りですわ!不意討ちなんて獣人の誇りに…」
皮「良いから黙って働けよぉぉおおっ!!!」
瞬間、アイロニーが爆発した。普段の彼からは想像もできないような大声が辺り一帯に響きわたる。
皮「ホコリホコリって…それなら綿ボコりでも拝んでろや、アァン!?」
ア「なっ!獣人の誇りを貶すので…」
皮「あぁ、貶すぜ、貶しまくるぜ!ボロックソにな!耳の穴かっぽじって良く聞きやがれ!」
アルトが何か言おうとするものの、アイロニーが大声で封殺する。
皮「テメェ、何に誇りなんて大層なもんもってんだ?アァ?
頭脳?卯月さんにもテナーさんにも果てはミカにも負けてるだろうなぁ!んなスッカラカンでゴミクズばっかり詰まってるゴミ捨て場みてぇな脳ミソに負けるヤツなんていねぇよ!」
ア「な、なっ!?」
皮「力?戦闘力?話にならねぇな!オニキスはもちろん、エメラルドさんにもシャインにもステイラにも勝てない!上ばっかじゃねえかよ!」
アイロニーの暴走は止まらない。普段、感情をあまり面に出さない人物こそ、一度弾ければ止まらなくなる。
皮「ん?何か誇りが持てることでもあるのか?言ってみろよ!職人でも学者でもない、少しばかり戦える雑魚お嬢様が何を誇るんですか、お聞きしたいものですねぇ!ほら、教えてくださいよ!ほら、ほらぁ!」
ア「そ、そんなに言わなくても…いいじゃないですのぉー…ひっく…」
遂に泣き出すアルト。彼女も若干18歳の少女であり、精神的にも不安定である。
しかし、キレたアイロニーは女の涙程度では止められない。
皮「泣いてんじゃねぇよ!泣けば何でも解決すると思ってんのか、アァ!?こちとら泣くどころじゃすまねぇんだよ!泣いてる暇があんならさっさと行ってこいやぁぁああっ!!」
そして、様子を窺う兵士たちをギロリと睨んで、また叫ぶ。
皮「テメェらもボヤボヤしてねぇでサッサと玉砕でも自爆でもしやがれ!この無能どもがぁ!」
非力な筈の文官から溢れ出る謎の威圧感。それに押されて兵士たちは一斉にオニキスへ突撃する。
オ「キレたか…これはこれで厄介なタイプだな、と。」
それでもオニキスは余裕を失わない。四方八方から襲い来る兵士たちをまるで虫を払い除けるかのようになぎ倒していく。
皮「バカか、お前ら!ソイツの化け物じみた動体視力のことは最初に話しただろうが!知らねぇってんならテメェらが聞いてなかっただけだろ!
バラでかかったら弾かれるに決まってるだろうが!一斉にいけ、一斉に!」
兵士たちの動きが揃い始める。タイミングを合わせ、オニキスに攻撃する隙を与えないようにする。
オ「悪くない動きだ…だけど、まだ遅いんだよな。」
いくら鍛えても、一週間や二週間では目に見えて成果が出る訳ではない。兵士たちがいくら奮起して訓練をしようとも、オニキスに追い付けるはずなどない。
動きを揃えても、オニキスは攻撃が届く前にそれらを全て捌ききる。
皮「ちっ、人外が…おら、腕っぷしの強いヤツらはサッサと仕留めやがれ!泣き虫お嬢様はいつまでグズグズしてるんですかねぇ!」
――――…
一方、少し離れた場所では卯月たちがその様子を眺めていた。
テ「動きが変わりましたね。」
卯「そうだな。ようやく指揮のなんたるかを知ったようだな。
その切っ掛けはお前の娘の馬鹿げた言動というのが少し残念ではあるがな。」
テナーの肩が落ちる。一喜一憂を強制的にさせられる哀れな男の姿がそこにはあった。
しかし、卯月はそんなテナーの様子を全く気にせずにブリキを呼ぶ。
卯「出発の用意をしておけ。私たちの仕事はここまでとする。」
ブ『わかったぞ、卯月殿。先に細々としたことは片付けておこう。』
そういってブリキがその場から立ち去る。
テ「ここまで、とは…?」
卯「そのままの意味だ。アイロニーには指揮官の芽を植え付けた。副産物的にお前の娘の心も一度折れたようだ。後をどうするかはお前の仕事だ。」
それきり、卯月は口をつぐんでしまった。その沈黙と自分の仕事の前途多難さにまたも胃が痛くなるテナーであった。
――――…
オニキスを囲んでいた兵士は皆地面に倒れ、未だに立っているのはステイラ、シャイン、ミカのみになってしまっていた。
ちなみに、エッジとルーナはアイロニーがキレる前に潰されている。
オ「まあ、順当な結果ともいえるけどな。」
実際、ステイラとシャインの戦闘力は他を大きく引き離している。ルーナとエッジは、実力はあるのだが経験不足で性格的にも猪武者のようになりがちなのだ。
オ「しかし…毎回ミカが最後に残る理由が分からない。」
ミ「簡単よ。あなたに突っ込んでいかなければ良いんだもの。」
オ「…指揮官は涙目だな。」
なんでもないことのように答えるミカにあきれるオニキス。
「さてと、大将!一丁やってやるぜ!」
「今度ばかりはミカの手助けなしでやってやるぜ!」
ステイラとシャインが各々の武器を構える。
オ「真っ正面から、か。嫌いじゃないぜ。」
と、その後ろから
「ィヤァァァアアアアッ!!」
気合いの声。それとほぼ同時にオニキスに剣が振るわれる。
オ「おっと。」
しかし、受けるオニキスに焦りの色はない。あっさりとヘッジホッグで受け止める。
オ「直前に声がなければ驚いてたかもしれない…ん?」
オニキスが驚くのも無理はないだろう。切りつけたのは涙や他の液体で顔をグチャグチャにしたアルト。
ア「なんですの!この人外!貴方が来てから、貴方が来たから!ワタクシは!ワタクシはぁっ!」
鍔迫り合う剣に全身の力を込めるアルト。と、オニキスがアルトにだけ聞こえる声で言った。
オ「良いことを教えてやる。俺と武器をぶつけてそのまま二秒以上耐えたのはお前が初めてだ。」
ア「えっ…っ!?」
次の瞬間、アルトはオニキスが振り切ったヘッジホッグに強打され、倒れて意識を失った。
オニキスはそれを見守っていたミカたちに振り返った。
オ「お前たちも後ろから来ればよかったのにな。」
「いやぁ、お前とは正面からやるって決めてるからな!」
「その通り!」
それを聞くと、オニキスはニヤリと笑った。
オ「それじゃあ、そのついでに俺の本気ってモノをちょっとばかし見せてやる…よっ!」
そう言うとオニキスは拳を振りかざし、地面に叩きつけた。
瞬間、響く轟音。比喩ではなく、大地が揺れた。
立ち上る土煙。
ミカたちは転ばないようにするのが精一杯である。
「こいつは…っ!」
「流石にヤバイだろっ!?」
土煙が治まった後に見えてきたのは巨大なクレーターと割れて隆起したその周囲の地面、そしてその中心にいるオニキスの姿だった。
オ「今ので二割って所だな。」
「おいおい、マジかよ…」
「拳を痛めてる様子も無いぜ!?」
驚愕に顔を染めるステイラとシャイン。そして、どちらからともなく武器を地面に落とす。
「とんだ思い違いをしてたぜ…」
「勝つなんて到底無理だろ。」
オ「まあ、俺は特別製だからな。お前らに負けてられないんだよ。」
と、それまで後ろで見ていたミカがオニキスに近づく。
オ「ん?なんだ?」
ミ「はい。」
そしてオニキスに触れるミカの手。
オ「…あ。」
しかし、現実は現実である。
卯「油断したな、オニキス。この勝負、獣士団の勝利だ。これをもって訓練を終了とする。」
少しの間、そして沸き上がる歓声。
「おい、やったじゃねぇか!」
「さすが『調子狂わせのミカ』だぜ!全然空気読まねぇな!」
ミ「そんなのカッコ良くないわ。」
そして、本陣を指差すミカ。
ミ「そんなことより、指揮官の胴上げでもしてあげたら?」
「そうだ、胴上げだ!」
「アイロニーを担ぎ上げろー!」
皮「やっと終わっ、ってなんだ、お前たちは!おい、やめろ!おい!」
しかし、誰もその言葉を聞く者はいなかった。
そして、卯月たちが静かにその場を立ち去ったことに気づく者も。
――――…
オ「すいません、卯月さん。」
一方で、卯月たちと合流したオニキスは申し訳なさそうな顔で卯月に謝っていた。
卯「本当だな。私の傑作として、これからは負けは許さんからな。気を引き締めておけ。」
オ「わかりました。」
そして、誰にも知られること無く、卯月たちは獣人の街を立ち去るのであった。
――――…
ミ「そういえば、オニキスたちは…」
テ「去ったよ。随分と前にね。」
ミ「そうなの…。」
若干悲しげな顔をしてミカはオニキスたちが去ったであろう方向に向かって呟く。
ミ「また、来てね…」
――――…
ようやく白河をたどる旅も中盤を過ぎた。そこでオニキス一行を待つのは…!?
次回、『不死』
ミ「さようなら…。」
ありがとうございました。これにて『獣人邂逅』編は終了です。
明日はこの章の説明回、明後日はお休みです。
加えて、来週の火曜日から用事で一週間ほど出掛けることになってしまいました。不定期、もしくは投稿できない日が続くかも知れません。




