指揮官
遅くなりました…。
指揮官
引き続き、喫茶店内。店内にいた客の誰かが読んだのだろう。テナーと卯月、エメラルドが来ていた。
テナーが床につかんばかりに頭を下げて言った。
テ「本当に申し訳ございません!1度ならず2度までも…この罰は必ず!」
オ「いや、罰とかそういうのはいいので。しっかり説教なりなんなりしておいてくれればそれで。」
テ「しかし!」
卯「オニキスもこう言っている。それに、その娘が処罰されようがされまいが、私たちには何も影響が無いのでな。ならば、無駄なことはしない方が得だろう。
まあ、何かあればこちらから連絡する。今はその娘を何とかしておけ。」
卯月がひらひらと手を動かして、テナーを出ていかせる。テナーは、連れてきていた部下たちにアルトを抱えさせて店から出ていった。
ちなみに、アルトは完全に腰が抜けて動けない状態でテナーたちが来るまで放置されていた。
テナーたちが出ていくと、
卯「まったく…感情のままに動くのも時には必要なことだが…あ、ハーブティーとチョコレートワッフルを頼む。」
ちゃっかりと注文をする卯月。直接口に出したのはセンだけだったが、実際のところ一行は誰一人
朝食を食べていない。お腹が減っているのは卯月や菜真理も同じである。
卯「罰として私の注文はお前の奢りだ。」
オ「まあ、良いですけど…」
不満顔のオニキス。卯月に奢るのは、むしろ願ったりかなったりなのだが、『罰』という響きが気にくわない。オニキスは幼女のために戦っただけなのだから。
エ「じゃあ、アタシもぉ…」
オ「お前のは払わないぞ。」
エ「なんでよぉ!」
オ「もちろん、幼女じゃないからだ。」
――――…
数日後。オニキスたちは卯月の命令により、未だ獣人の街に留まっていた。
卯「オニキス、ブリキ、ついてこい。テナーのところに行く。」
オ「わかりました。」
ブ『うむ、宿の外には久しく出ていなかった気がするな。』
ちなみにブリキは家事万能系金属人形として、宿での一行の生活を支えていた。
――――…
テナーの屋敷。
テ「ようこそいらっしゃいました。」
卯月たちが玄関の前につくと、テナーを筆頭に屋敷の者が総出で出迎えた。今までは卯月やオニキスがさほど気にしていなかったとはいえ、これ以上機嫌を損ねそうなことをすれば、今度こそ街の破滅につながる可能性がある。目下のところ、オニキスたちはテナーの胃を痛める最大の原因である。
卯「やけに盛大な出迎えだな。」
そして、グルッと見渡して言った。
卯「今日はお前の娘はいないのか?姿が見えないが…」
テ「娘は今日は少し体調を崩していまして…皆様に何かあれば申し訳がたちませんので、はい。」
冷や汗を流しながら答えるテナー。
実際のところ、体調を崩しているというのは間違いではない。
たまたまオニキスの姿を窓から見てしまい、トラウマを発症して引きこもってしまったのだ。
卯「ふむ…今日はその娘にも関係する提案をしに来たのだがな。」
テ「て、提案、ですか?」
テナーは内心ビクビクものである。
卯「あぁ。お前の後継者探しを手伝ってやろうと思ってな。」
テ「後継者探しの手伝い…ですか?」
一方、卯月はさも良いことを思い付いたと言わんばかりの笑顔である。
もっとも、なにもせずに街を出ていくのがテナーにとっては一番良いのだが…卯月にそんな考えは浮かんでいない。
卯「指揮官がいないと言っていたな。それならば育てればいい。それを手伝ってやろうと言っているんだ。」
また胃薬の量を増やすことになりそうだ。そう思いつつ、どこかではこれはいい提案なのでは、と考えているテナーであった。
――――…
卯月たちが帰ったあと。
テナーは屋敷の奥にあるアルトの部屋の前に来ていた。
コンコン
『ヒッ…!?』
テ「私だ。」
『お、お父様?』
テ「入るぞ。」
部屋の外からでもわかる娘の様子。オニキスに完全に叩きのめされたあの日から、アルトの様子がおかしい。
部屋に入ると、アルトはベットの上で布団にくるまり、ぬいぐるみを抱いていた。
テ「まったく、客人に姿も見せないなど…」
ア「あ、あの悪魔は…黒い悪魔は帰りましたの?」
会話が成立しない。
テ「それはオニキス様のことか?それならお帰りになったが…」
ア「そうですの…」
アルトが息をはき、体から力を抜いた。
テ「お前はあの方々を酷く怖がっているが…」
ア「当たり前ですわ!作法も解さないし、礼儀もわきまえない、それなのにあの力!まさに悪魔ですわ!」
テ「…もし、それをあの方々に聞かれたらどうするつもりだ。」
アルトが半ば叫ぶように言う。たが、テナーの言葉にまたも布団にくるまって震えだしてしまう。
テナーは頭を抱える思いだった。
娘はそういうが、作法を解さないのも、礼儀をわきまえないのも、すべてこちらなのである。むしろ、街を救い、娘の無作法を最終的には許してもらっている、どちらかと言えば善人なのだから。
テ「お前はそう言うが、悪いのはすべてこちらだ。今の状態はお前の自業自得だ。」
ため息混じりにそういう。だが、アルトは頷かない。
ア「違いますわ!ワタクシたちが直々に会って差し上げると言うのに遅れるというのが、そもそもの罪ですわ!
その上、ワタクシとの決闘を断るなんて…」
どこで自分は娘の教育を間違えたのだろうか。テナーは頭が痛くなる。
あれほど完膚なきまでにやられておいてまだ大言が吐けるのは、呆れを通り越して感心さえ覚える。
ア「それに、あの悪魔たちは『獣なし』ですわ!」
テ「お前は…」
普通の人間から見れば獣人は異質だが、獣人に言わせてみれば、獣の耳や尾があるのは当たり前で、逆に何もない人間たちが彼らにとっては異質である。
日本人が外国人を見れば、総じて大きく見えるが、外国人からは日本人が小さくみえているのと同じことである。
普通の人間が『獣人』と言うのに対し、獣人はそれらの普通の人間を『獣なし』と呼ぶ。
『獣なし』は人に有らず。しかし、力を示す者はその限りに有らず。
古い時代、テナーも生まれていないような時代にそんなことが言われていたという。今ではそんな考え方は廃れ、一部の老人と自尊心の高い獣人の貴族たちが言うのみなのだが。
そして、そんな一部の例外たちもオニキスと呼ばれる人物のことは認めるだろう。『力を示す者はその限りに有らず。』圧倒的な存在感と力。獣人に認められるのに必要なのはそれだけである。
テナーの父もそんな考え方の持ち主だったが、テナーは違った。人間には人間の、獣人には獣人の長所と短所がある、そう考えていた。
大人になり、娘には自分の考えを言い聞かせて来ていたが…今回の一件でそれが意味を成していなかったことがわかってしまった。
テ「そもそも、オニキス様はそんなことをどうでもよくするほどに力を持っている。古い考え方から見ても、今のお前は獣人の意味をかけ違えている。」
ア「な、何をおっしゃいますの!?ワタクシは獣人としての誇りを…」
テ「今のお前からは誇りも何も感じられない。ただ、自分のワガママが通らなかったからと大人に当たり散らす子供でしかない。
あの方々もそれをわかっているのだろう。お前に仕置きをしても、次の機会は与えている。
それをどうだ、お前は同じことを何度も繰り返すバカな子供に成り下がっている。
私はお前をそんな風に育てた覚えは無いのだがな…」
ア「なっ…」
叱ると言うよりは、自分を責めるように言うテナー。その様子にアルトは返す言葉もなかった。
テ「今日、卯月様から獣士団について、有りがたい申し出を受けた。私はお願いしようと思う。」
テナーは顔を上げて、キッパリと言った。
テ「明日、お前は私の選んだ何人かと一緒に卯月様たちのところに行け。
これが最後のチャンスだ。これ以上私の、獣人の誇りを傷つけるようなら、あの方々が許そうとも、私がお前を罰することにする。」
そこには父の顔ではなく、長の顔があった。自分の過ちは自分でカタをつける。そんな覚悟がテナーの表情には滲み出ていた。
テ「遅れないように準備をしておけ。」
ア「ま、待って…」
それだけ言うと、テナーは部屋を出ていく。アルトはその背中を見送るだけであった。
――――…
テナーの覚悟に気圧され、卯月の元へ向かうアルト。そこで告げられた卯月の『提案』とは!?
次回『絶望』
ブ『一番槍より縁の下の力持ち、だ。』
ありがとうございました。
しばらく不定期になってしまっていましたが、落ち着いたので定期に戻そうと思います。




