表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

前編


ある冬の寒い季節に私は死んだ。

私の恋人を一方的に愛していた熱烈なストーカー女により腹部を刺されて出血死だ。


あの日、待ち合わせの場所に彼は現れず約束から三時間過ぎた後、彼の代わりにとある女性が登場した。

ナイフを両手で握ぎった悪鬼のような形相の、彼のストーカーだ。

彼に一方的に激しい好意を寄せる彼女には以前から笑えないような嫌がらせ受けており警察への相談も考えていたのだが、これは本気で笑えない。


恐怖で何も出来ず、そのまま刺されること十数ヵ所。

意識が薄れ気付いた時には死んでいた。



そして身体を亡くしたにも関わらず私は今日も待ち合わせの場所に立ち続けている。

何故自分がこんな悲惨な目にあってしまったのかと最初は嘆いていたのだが、道行く人に自分は見えていない。

そうなれば一人で不幸に酔うのも飽きてくる。

泣いているのに涙も鼻水も出ないし、叫んでも声も出ないし。


どうにも退屈でならず、この場を動く決心をした。

家族との仲はあまり良好ではなかったので逢いに行く勇気がなく、考えた末にあの日約束の場へ来なかった恋人の元へ訪ねることにした。


多分私は彼に愛されてはいなかった。

なんとなくそれは細かな態度から察することが出来たし、彼のように容姿の整った女の子からモテモテのイケメンが私を真剣に相手にするはずがないと分かっていた。

多分からかわれていただけじゃないかな?

でも私は初めてのカレに浮かれていたし、側に居るだけで楽しかったから続かないだろうと頭の隅で冷静に思いながらも夢中だった。

それに最近は少しだけ彼の態度が柔らかくなったと思っていたのに。


私は衝撃の事実を知ってしまった。




「亮介、大丈夫?」

「……………」


恋人の部屋で恋人を慰めている私の幼馴染みである美女。

ベッドに腰掛け項垂れている恋人の背にそっと手を添えている。


「まさか私もアコが死んじゃうなんて思いもしなかったわ。でも亮介のせいじゃないわよ」


一見私の死を悼んでいるように見えるが、なんだか艶やかさを感じさせる甘い声に嫌な予感がする。


私は昔からこの幼馴染みが苦手だった。

美人で聖母のように優しいと評判の彼女は、いつも人で囲まれいたけれど平凡で地味な私を側から放そうとはしなかった。

彼女の光の前ではいつだって私は日影。

ふっと一吹きで消えてしまいそうな薄く軽い存在感。


はっきりと彼女の側が嫌だと主張しない私が悪いのだが、生憎彼女の親は私の父の雇い主である。

一社員の娘がお嬢様と親しくして頂くのは大変光栄であり、常に感謝の気持ちを持て。

幼い頃からそう言い聞かされて育った私には、彼女を拒絶するなんて行動を取れるわけがなかった。


自分達は親友だと彼女は公言していたが、二人きりになると態度がコロリと変わり私達の関係は『親友』から『お姫様と奴隷』へと変身する。

時に嫉妬による嫌がらせを代わりに受け、時にどんくさい私を助ける優しさを演出する為の引き立て役として連れ回され。

興味のない男性を追い払う役を任され、彼らに恨まれ罵られること数十回。

幼馴染みに相手にされない腹いせに、追い払い役の私に暴力を振るってくる最低男も居た。


殴られ頬を腫らした私に幼馴染みは心配して泣いた。

周囲の人間はそんな儚げな幼馴染みを揃って慰め何故か私を睨み付ける。

でも私は知ってる。

悲しげに俯く幼馴染みの口元が楽しそうに歪んでいることを。

この時ばかりは我慢がならず家に帰ると親の前で泣いたが、彼らは『よくぞお嬢様の身代わりを務めた』と検討違いに私を褒めた。


私は高校を卒業すると就職して家から出た。

ようやく両親や幼馴染みから解放されたのだと晴れ晴れとしたのだが、彼女は私を解放する気なんて更々なかったようだ。

大学生になって暇を持て余していたらしい彼女は、私の職場である飲食店へよく訪れた。

そうして職場の人達を当然のように魅了し、学生時代と変わらぬ状況を作り出した。

親の枷が消えた今、もう私には関わらないでくれと訴えたが彼女が聞く耳を持つわけもない。

辟易とした毎日を過ごしている最中に出会ったのが彼である。


私の好きな人はみんな幼馴染みと付き合い始める。

今まで大して興味がなかったのに、私が片想い中だと知るや否や急に相手にアプローチを始める幼馴染み。

彼女の隣で顔をだらしなくさせる意中の人を見ると、一気に恋心も冷めてしまうので諦めがつくのも早かったが。


それでも彼のそんな顔だけは見たくなくて、いつ盗られるのかと怯えていたのだが一向にそんな兆しは出なかった。

それだけで私には彼がとんでもなく特別な存在に思えたのに。


―――今、二人は仲良く彼の部屋で並んでいる。


「ねぇってばぁ、私が慰めてあげるからぁ元気出して?」


幼馴染みは豊満な胸を押し付け色っぽく囁く。

それを彼はそっと押し退けた。


「悪い、今そんな気分になれないから」

「何それっ!」


断られたことに憤怒した幼馴染みは興奮気味に叫ぶ。


「大体私が無事だったことを喜ぶべきじゃないの!? アコを隠れ蓑にしてなきゃ今頃私があのストーカーに殺されていたのよ!」

「……頼む、少し黙っていてくれ」

「気に病みすぎよ! アコだってストーカーへのカモフラージュだとはいえ、亮介に相手してもらえたんだから感謝してるわよ!」


嗚呼、なんだ、そうか。

私はやっぱり幼馴染みに利用されていただけだったんだ。

二人はとっくの昔に付き合っていたから、彼は美しい幼馴染みに靡くことなく平然としていたのか。

彼は私の特別でもなんでもなくて、ただ幼馴染みの虜の男達の一人なだけ。


ショックを受けると同時に酷く納得してしまった。

どおりで彼から告白してきたわりに面倒そうだったわけだ。

だからメールも電話もほとんど反応がなかったんだ。

デートの時に手を繋いでくれたのは影で見ているストーカーへのアピールだったのに、私ったらあんなに喜んで心の支えにしちゃって馬鹿みたい。

私はただ幼馴染みの盾という存在に過ぎなかったのに。

両親は、このことを知ったら死んだ娘を褒めるんだろうな。

よくぞ身代りに死んだ、立派だったなって。




気付くと私は死んだ場所で蹲っていた。

誰でも良かった。容姿なんてどうでもいいから、私だけを見てくれる人が欲しかっただけなの。

少しだけでいいから、両親に私自身を気にしてもらいたかっただけなの。


棚からぼた餅で転がってきたイケメンに偽装で付き合って貰って。

本当は自分だって幼馴染みじゃなく私を見てくれる人なら誰でも良かったくせに、あんなに依存して死んでしまった今彼を怨んでる。

育児放棄するでもなく、大人に成長するまで金銭的に不自由なくきちんと育てて貰った癖に両親を怨んでる。

幼馴染みを妬ましく思い怨んでる。

私は最低だ。


でも底から沸き上がるドロドロした醜いものを止められそうにない。

なんで誰も私を愛してくれないの?

なんで身代りに殺されなくてはならないの?

私ってそんなにどうでもいい存在?

私なにかした?


段々蹲る私の周りに不穏な黒い霧が立ち込める。

それは私を包むと口の中へと流れ込み私の中の醜いドロドロが大きく暴れ始める。


憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイコロスニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ

ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛………ゴロジデヤル゛


目が血走り肌は青ざめ唇は色を無くし乾いてカサカサ。髪は乱れて不気味に顔を被う。

それは生前観たホラー映画のオバケの姿そのものだったが、今の自身の状況に気付くことは出来ない。

ただただ何もかもが憎くて仕方ない。


刺された数えきれないほどの傷からドロリと血が吹き出た。


『待ってくれ』


ふと、温かい声が私を包む。


『そちら側へは逝かないでくれ』


体操座りで蹲っていた私は上の方に顔を向けた。


『良かった、まだ声が届いた』


顔を被っていた髪を優しく耳へ掛けられる。

そこで漸く写った目の前の人間にポカンと口を開けた。


『あなたは………』


そこから先の言葉が出て来ない。

だって目の前の人の顔は知っているが名前は知らないから。


『なんだかこのままじゃ君が戻れなくなりそうで焦った』


端正な顔に苦笑いを浮かべて幽霊の私に喋りかけているのは、働いていた飲食店の常連さんだ。

二十代後半だろう男性で、とても容姿の整った目立つ人だった。

イケメンなどという俗っぽい言葉より、容姿端麗とか眉目秀麗とかいった言葉がしっくり来る綺麗で大人な人。

同僚の女の子達は彼が来る度に騒いでいたっけ。

時計は数百万する有名ブランドのものだとと目敏い同僚は言っていた。

いつも身につけているスーツもなんだか高そう。

何店舗もチェーン展開しているうちの店は味のクオリティはお世辞にも高いとは言い難く、この男性がほぼ毎日のように通うような店ではない。

いつも酷く浮いており、彼の座っている場所だけ一見様お断りの高級店に見える不思議。


『……そ、その身体』


彼の身体は透けていた。まるで私のように。


『ああ、俺も死んだんだ』

『え?』


存在感と生命力に溢れているこの人が死んだ? とても信じられない。


『君と一緒に、あの場であの女に刺されてね』

『っ!?』


あの時、あそこにこの人が居たということか。

私があそこに居たせいでこの人まで巻き込まれてしまった………私は、どうすればいいんだろう。


『そんな顔しなくていい、これは俺の望んだ結果だから』

『…………?』


首を傾げる私に綺麗な笑みを浮かべる男性。


『アコが居ない世界に興味なんてないからね』

『私……ですか?』

『ああ、そうだよ。俺はアコに心底惚れてるストーカーだ』

『は……?』

『ストーカーに殺されたのに、自分にもストーカーが居たなんて不快だろう。すまない』


申し訳なさそうに眉を下げている男性に戸惑いは強くなるばかりだ。


『だが、アコを想うこの気持ちだけは許して貰いたい』


男性は唖然とする私を置いて、次から次へと理解に苦しむ言葉を喋る。

ある時街ですれ違った私に一目惚れして、そのまま後を付けて勤務先の店を突き止めたとか。

ほぼ毎日通って私の働く姿を見つめたりしてたそうで。


……なんだか信じられない話だ。

私は綺麗でもないし、対人スキルも低い。

一目惚れってのはあの子みたいな女の子がされるもので、私みたいな身代りにピッタリな女がされるものじゃない。

頭の中でグルグルとそんなことを考えていると、傷口から再び血がクプリクプリと流れ出る。

私は信じられないほど綺麗な男性を暗く鬱蒼として黒い瞳で見上げた。


『一目惚れなんて嘘……何が目的? からかっているの?それとも巻き込まれたあなたの復讐? わ、私は、死んでからも、利用されるの? 私は…誰二も………愛さレなイ……ワタシハ……アアアア゛……』

『アコっ!!』


男性は突然豹変した私を怯むことなく抱き締める。

どちらも温度なんてないはずなのに、男性の腕の中は温かい気がした。

何故だろうか、この人に触れられると醜い苦しみが薄れる。


『大丈夫だから。俺はアコを裏切らないし、アコだけが好きだ』

『………』

『俺はアコと逆なんだ。いつも誰かを愛したくて堪らない。でも誰もその対象には思えなくて。そんな時に見かけたアコに強く惹かれた』


もしその話が本当だとするならば、私が誰よりも愛されたい願望が強いからではないだろうか。

卑しい私はいつだって誰かに愛されたくて堪らなかったから。


『俺は今まで孤独だった、ずっと孤独だった。でもそれは今までアコと出逢って居なかったからだったんだ。どうか俺にアコを愛させてくれ』

『でも、私のせいであなたは……』


直接ではないにしろ、この人が死んだ原因は私だ。

それなのにこの人に愛される資格なんて私にあるのだろうか。


『だから、それは違うんだ。俺は君のストーカーだよ? 君の状況はとっくの昔に調べ上げていたんだよ』


戸惑う私に男は困ったように微笑む。


『幼馴染みの長年のイジメや彼女と恋人の浅はかな企み、ストーカーの嫌がらせだって知ってた。俺にはそれをすぐに止めさせる力だってあったのに、知ってて放置した。何故だか分かる?』


私は無言で首を横へ振る。


『君が彼らの事実を知って最高潮に弱っている時に付け込もうと、時を見計らっていたから。そして見誤った。酷い男だろ? だからこれは自業自得なのさ』


私を殺したあのストーカーと同じ目をしていた。

こんな魅力的な人が私のストーカーなんて荒唐無稽な話を今一歩信じきることが出来ないでいたが、もしかしたら彼は本当にストーカーなのかもしれない。


あの日、助けに入った時にはもう私はめった刺しにされており、助からないと直感したそうで。

焦燥や後悔や怒りといった激しい感情に、脳内の何かが振り切れたとか。

それでもうこの世界に用はないと思ったらしい。

どうせなら私と同じ状況で同じ苦しみを味わいたくて、敢えてストーカーに突っ込んで行ったそうだ。


そんなことを平然と語る男性をイカれていると思うのに、同時に喜びも感じてしまうのは私もイカれてしまったからなのか。


『アコは多分怨霊というものに成りかかっていた。俺は君と死ねて満足だから怨霊にはきっとなれない。離ればなれにはなりたくないんだ。お願いだから俺と一緒に居てくれないか?』

『本当に、私を愛して、くれる?』

『もちろん、アコが嫌がっても離してやれない』


私はいつも愛を誰かに乞うていた。

愛しても愛しても返されることのない人生。

馬鹿みたいな一方通行は苦しくて、でも止められない。

誰かに愛されたいから。

そんな時にポッと現れた自分を愛してくれるという男性は私にうってつけだ。

だから余計に戸惑う。


『私はきっとあなたでなくてもいい……それでもいいの?』


結局私は愛してくれるならば誰でもいい女なのだ。


「俺は世界一アコを愛していると自負している。きっとアコにも俺を特別に愛させてみせるから、なんの問題もないよ」


男性は私の言葉なんて軽く笑い飛ばしてしまった。

この手を取ってもいいのだろうか。

躊躇する私をキツく抱き締める。

優しくて温かくて冷たい抱擁に泣きたくなる。

気付くと血が吹き出ていた傷口は綺麗サッパリ消えていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ