4.5
エールは得意気に、腰に手を当てて言った。
「これは、クローバイボックスと言う」
「クローバイ、ボックス……?」
こくんと頷いてから、腰に当てていた手を白いクローバイボックスと言うものに触れる。
夏希はそれを、好奇心でいっぱいの目で見た。
「私はネーミングセンスがなくてな……。全くその通りなのだが、これは名前の通り服を買える箱、なんだ」
「これで服を買えるの?」
「あぁ、もちろんだ。問題ない」
「ホントに!? 買いたい~!」
言われてみれば、お店にある試着室に似ている。それよりも大きいが。
白くて大きい、このクローバイボックスは異様な雰囲気を放出している。でかすぎて、存在感が濃すぎるのだ。
出来れば部屋に置きたくないものである。
だが、そんな簡単に移すことは出来ないだろう。こんな大きなものを、しかも服が買えるという。それなりに重いはずだし、何より大きい。
「じゃあ、買うか?」
習うより慣れろ。
つまり、教えてもらうよりやってみろということだ。これにも当てはまることだろう。
「買う!」
エールが扉に白い手を当てると、扉がゆっくり開いた。
扉の前に居たら、扉に押される……なんてこともありそうだ。
クローバイボックスの中は、大きな鏡が一つに、数個のボタンと液晶画面が付いていた。端には折りたたまれた椅子。ボタンは十字ボタンと、赤青の丸ボタンが二つ。その下に、何やら文字のかかれた四角い白いボタンがある。そして頭上にはハンガーを掛けることが出来る鉄の長い棒が付いている。
夏希は思わずボタンと液晶画面に飛びついた。
「わっ、わっ、これで買えるのか……」
エールは無言で頷いて、内側だけにドアノブの付いた扉を閉めた。
「さぁ、まずは」
折りたたまれた椅子を開いて座り、手慣れた手付きで、エールは大きなボタンの下に並ぶ、白い四角いボタンの一つを押した。
すると液晶画面に光がつき、『服を買う』『着替える』の二択が表示される。
ささ、とエールが『服を買う』を指で押すと、【誰の服を買いますか?】『エール』『アフティ』『新規登録』『新規登録』と選択肢がいくつか出てきた。
エールは『新規登録』を押して、夏希の名前を入力する。その後、身長体重座高などを測らされた。
だが、それで自分にピッタリなサイズの衣服が買えるらしい。便利なものだ。
(ファッションゲームみたい……)
今の画面は個人メニューで、おしゃれに英語でかかれている。上に二つ、大きく『buy』『sell』があり、左下に『設定』マークがあった。
「買うだけじゃなくて、売ることも出来るんだ」
『buy』を押すと【読込中……】という文字の横で丸がぐるぐる回る。その間に、エールは夏希に顔を向けて「ああ」と返事をした。
一分くらいか、それくらいするとデータの読み込みは終わったようで、特集や新着の衣服がカラフルに表示された。
何だかファッション雑誌を見ているようだ。
『流行を使ったコーデ特集☆』にマリンのTシャツやら帽子やらが小さく載っているのを見て、夏希は小さく悲鳴を上げた。
「マリンーっ!」
「な、何だ夏希、落ち着けっ」
「マリンが、マリンがあるよ」
「服は逃げないだろう。ちょっと落ち着け夏希」
何でだろうか。マリンの碇や舵、白と青のカラーを見ると騒ぎたくなる。
ぽつり、とこぼした呟きは、静かなクローバイボックスの中で声が澄んで聞こえた。
「あたしって、マリンが好きだったのかな……」
エールは聞こえているが、何と返せばいいのか分からないようで自分の左下に視線を向けた。
夏希はその空気に呟いてからやばい、と感じ、咄嗟に言葉を探す。
「あ……えっと、何でマリンのことも名前知ってるのか不思議だよねー! 昨日外で見た乗り物はぜんぶ、分かんなかったのに……ね」
ずっと左下を見つめていたエールは、すっと小さな顔を上げて言った。
「服、選んでいいぞ」
座っていた椅子から立ち上がって、その椅子の横に立つ。
「……ありがとう」
さっきまでエールの座っていた椅子に座ると、温もりがまだ残っていて暖かかった。そして意外とすわり心地が良い。折りたたみ式は大体座り心地が悪いのに、何故だろう。
人差し指で、画面に傷を付けないようゆっくりと画面をスクロールさせてく。いくつかある特集の題名と写真を見てから、夏希はマリンの特集をタップし開いた。
可愛いモデルさんが着た写真が三枚ほどあって、その下はコーデではなく衣服だけが表示されている。
モデルさんが着ているのはマリンのセーラー、マリンボーダーのワンピース、首に赤いスカーフを巻いて、マリンボーダーのTシャツとまくしあげたジーンズだ。
「あ、最後のいいかも」
夏希自身女の子っぽくないので、可愛いとは思うがワンピースは着ない。ゼッタイ。
セーラーもいいが、一番夏希の心を惹きつけたのは最後のコーデだった。
じっと画面を見つめるエールに、夏希はおずおずと声をかける。
「あの、エール、これ……欲しい」
無言で夏希の指差すコーデを見つめるエール。
この時間、怖い。
「値段は……全部で四〇〇〇くらいか……。うん……安い方だな」
ちょっと表情が暗くなったのは気のせいだろうか。
そういえば、夏希はエールの家に泊めてもらっているのだ。あまりお金はかけさせたくない。
「エール、予算はいくらくらい?」
苦虫を噛み潰したような顔で、エールが息を口で吸う。噛み締めた歯で、息が妙な音をたてる。
「なるべく安……いや、いくらでも使え、夏希。私は大丈夫だ……すっ」
言いながら、すする鼻を手で隠す。
「え、今なるべく安くって言わなかった? それに鼻すすってるじゃん……。無理しなくていいから」
強がるエールを見て笑いながら、夏希は服を再び選び始めた。
『クローバイボックス』……。
我ながらネーミングセンスがないのでエールのせいにしちゃった私。
ごめんね、エール。