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二人は食べ終わると、夏希が教えながら『ごちそうさまでした』を言った。夏希は食器を片付けようとしたが、アフティに止められてしまった。確かメイドロボットとかいう名前だったから、それは自分の仕事だと言いたいのだろう。
「ねー、アフティ、腕触らせて!」
そんな事を言い出す夏希に、アフティは首を傾げた。
「何故ですか?」
「いいからいいから」
納得のいかない顔で、アフティは黒いブラウスを捲くし上げる。すると、白い綺麗な肌が露になった。
夏希は興味津々な顔でアフティの白い腕に触れたり、掴んだり、押したりと、色々な触れ方をしてみる。
存分に触ってから、一言。
「確かに機械だなぁ……」
見た目も触り心地も、やっぱり人間らしい。が、掴んだり押したりしてみないと分からないのだが、奥に堅いものがあった。骨とは何だか違う感じで、機械の質感がするような感じだ。
アフティは少し悲しそうに、諦めたように微笑みながら重ねた二枚のお皿とコップをお盆の上に載せた。
「そうですね、私は――――――ロボットですから」
もしや、よくあるロボットが人間になりたい! とかいうものじゃ無いだろうか。この言葉と表情は、そんな風に捉えることができる。
では、と小さく礼をし、アフティはキッチンへ戻っていった。
ふと思い出して、夏希は黒髪ぱっつんの少女をキョロキョロと見回して探すと、その少女がソファに座っているのを発見。ここからだとソファが背を向けていて、エールが何をしているのかは見えないが、あごが引いていて何かを見ているか、もしくは何かをやっているようだった。
「エール!」
夏希が小さな背中を驚かそうと叩く。
「ふわっ!?」
エールが妙な声を出しながら、黒く長方形の薄い機械を自分の後ろに隠した。バレバレなのをエールは気付いているのだろうとは思うが、何故そんなにも見せたがらないのだうか。
エールは意外にも普通に驚いて、正直ビックリしてしまった。
「ふふふふー。驚いた? ってゆーか何その声」
エールは顔を赤くさせて、後ろを振り向きながら夏希を見上げた。
「そ……そういうことをするなっ! そ、その……驚くではないか!」
ぷっ。
思わず吹き出した夏希を許して欲しい。
「な……っ! 笑うな﹏﹏﹏﹏!」
「ふっ……あは、ははははは!」
言っても笑うのをやめないため、諦めたように小さく鼻で息をつきながら笑い続ける夏希を見つめた。
その数秒後、夏希はやっと笑い終わり、だがそれでも顔は笑っている。
「はー、可笑しかった~!」
エールは複雑そうな顔をしながら、後ろに向けていた体を前に向けた。
「どうしたんだ、夏希」
前を向いてしまったので、夏希もエールの隣に「よいしょっ」と言って勢い良くソファに背中から座った。その影響でソファが若干動き、少し悲しんだ。
「ショッピング行こーよー、エールー」
何か言いたげな顔をしていたが、言うのはやめたようで代わりに唇を舐めた。そして手をあごに当てて、考え込む素振りを見せた。
「そうだな……。ちょっと待っててくれるか、夏希」
「いよ~」
エールはたたた、と軽い音をたててリビングを出て行った。それから、階段を登る音などが聞こえたり、二階で何かをする音が聞こえる。
一体何をしているのだろうか。お買い物に行くくらいでそんな大きな持ち物は無いはずだ。
ただ待っているのも暇だから、大きなソファをまんべんなく一人で乗っ取り横に寝転ぶ。
大きな伸びをして力を抜くと、腰に何か硬いものが当たった。
「あいった……。何ー」
気持ち良く寝転べると思っていたのに、面倒臭いこと極まりない。
夏希は体を横にしたままお尻を浮かせ、そこに手を入れて手探りで硬いものを探した。
「おい、しょっと……取れた」
なんとそれは、エールの指で操っていたスマホの様な黒い機械。勝手に見るのも悪い気がするが、暇だし、何よりどんな物なのか見てみたい。
「えーっと……? こう、かな?」
適当にスマホの様な物の側面にあるボタンを、いくつか押してみる。二つ目ぐらいのボタンで画面に光がついた。
明るくなった画面には時間と月日、キーボードが並んでいた。
九時一二分、七月十日。
時間は時計ではなく、数字で書いてある。
思った通り、今は夏のようだ。だが、夏の割りにはあの、まとわりつくような蒸し暑さを感じない。エアコンでも付けているのだろうか。
いや、それは無い。夏希が寝かされていた部屋にも、このリビングにも、エアコンはついていなかった。それなのに、涼しい。
静かに寝転んでいると、本当に静かな家だ。さっきまで食器を洗っていたアフティも、いつの間にか居なくなっていた。確認していないので、正しくは居る気配がなくなっていた、だ。
ドアが開く音はしなかったはずなのに、どうして居る気配がないのか。少し怖くなったが、もしかしたらあの扉以外にも出る所があるのかもしれないし。
これ以上触れてはいけない感じがして、気を紛らわす為に夏希は改めて画面を見つめた。
『パスワードを入力』と書いてあり、入力スペースで縦の白い線が点滅している。
折角見れると思ったのに、パスワードが掛けられていて見る事は出来無さそうだ。だが、暇だし、何よりあんなに隠されたら見てみたくなるというもの。
「適当にやってみよーっと」
適当にアルファベットや数字を入力してみるが、全てオーケーを押すと数字が消えてしまう。つまり間違っている、という事だろう。限界は八桁のようだ。
アルファベットと数字の組み合わせは、八桁パスワードなら二兆八千億通り通りと聞いた事がある。だからその無駄な知識はどこで仕入れたのだろうか。
「もーだめだぁー……。二兆八千億通りもあるのに合うわけ無いじゃんか……。二兆八千億分の一の確率だよ」
と、いうかさっきから寂しすぎて独り言が多過ぎている。やばい、危ない人になりそうだ。
そんなことより、エールが遅い。どんだけ準備に時間かけてるんだ。
画面を見ると、九時四五分。もう三十分も過ぎている。
夏希は溜息をついて、画面をつけたボタンを押す。すると、画質のいい液晶画面は暗闇に包まれた。
そのスマホの様な機械を、ソファのすぐ横にある木のテーブルに優しく置いた。
「おそいー、おそいー、おそいー」
呟きながら、範囲は狭いがソファの上で落ちない程度に転がる。
と、待ち侘びていた音が耳に入った。
ガチャッ
ドアノブを押して扉を開く音が聞こえ、夏希は歓喜の表情で飛び起きる。
そこには懐かしい、艷やかな黒髪で前髪ぱっつんのエールが立っていて、手には――――――何も持っていなかった。
「!?」
驚愕する夏希に、エールは疑問符を浮かせてこちらへ歩いてきた。そして、スマホの様な機械の存在に気付くと、エールは奪い取るような荒い仕草で自分の後ろに隠した。
「な、夏希っ、見たか……!?」
「え、見てないよ?」
嘘ではない。見ようとしたらパスワードが掛かっていて、見れなかったのだから。
エールは安堵の息を漏らし、長方形のそれをズボンのお尻ポケットに入れた。きっちり入っていなくて、落ちそうで怖い。
「ふぅ……。夏希、行くぞ」
どこか疲れた顔をしたエールは歩き出し、夏希もその後を追った。リビングを出て、夏希は外に出ると思っていたのに、エールは階段を上がっていく。
「え、ちょっ、行かないの!? ショッピング!」
玄関の前で立ち止まっていた夏希が、言いながらエールの後を追いかける。すると、エールは階段を登る足をぴたりと止めた。
「……なぁ、夏希。さっきからお前が言っている『ショッピング』って、何だ?」
「え――――――――っ!?」
以外と無知なのだろうか。いただきますすら知らなかったし。
(っていうか、今更言う!?)
「え、え、え!? 嘘でしょ!?」
「本当だ。私は嘘を言わない」
いつだったか言っていたような台詞だ。そんなことを言わなくても、エールは嘘をつかなそうだから信じるが。というか元々『嘘でしょ!?』は驚いた時の台詞だから、本当に信じていない訳ではない。
「『ショッピング』っていうのはね、うーんと、簡単に言うとお買い物、かな!」
夏希の説明を受け、エールは無表情で『ふーん』という感じで頷いていた。
「買い物、なら私はしているぞ」
「そりゃ、するよね。だから何で外出ないで二階に行くの?」
「上で、買い物をするからだ」
「………………へ?」
買う――――それは、簡単に言えば品物を買うこと。買う、それはつまりお店へ行かなければ出来る事がない。
「あの、えと……どーゆーこと…………?」
超困惑した表情の夏希。
エールは溜息をついてから、止めていた足を動かす事を再開した。
良く分からない夏希にはただただ付いて行くという選択肢しかない。
階段を登り終わり、短い距離の縦廊下を歩いてから左へ曲がる。この、夏希達が立っている横廊下はすごい。右にも左にも部屋の扉がある。
そのうちの左側に扉が三つあり、真ん中の扉のドアノブを縦に力を入れてから押した。
そこは、夏希が寝かされていたベットのある部屋だ。さっきまではベットしかない殺風景な部屋だったが、今では物が増えていて殺風景とは言えない部屋だ。
縦に長方形の部屋の右奥の隅には、さっきまでと変わらない木製のベットが大きくある。
違うのはこれだ。
部屋の左手前の隅。夏希達の立ち位置から見る為には左に首を動かさなくてはならない。そこに、白い縦長の長方形の、箱の様なものがあった。
ぼーぜんと大きな箱を見つめる夏希に、エールは嬉しそうに口を開いた。
今回も長くなってしまったので、半分にしました。
エールと夏希のショッピングも書きたかったのですが、何か違うアイディアが浮かんできてしまいまして。
未来っぽいし、書くか。みたいな(笑)感じで、今にいたります。
その箱は何なのかは、次回のお楽しみです!
更新が遅くなりますが許してチョンマゲ。
いえ、許して下さいませ。