3.5
リビングの扉を開けると、パンのこんがり焼けたいい匂いや、卵を焼くいい香りが漂ってきた。
「うわぁ、美味しそう……!」
こんないい香りを嗅いでしまっては、夏希のお腹がもっと食べ物を求めて鳴いてしまう。
思わず夏希が感嘆の声をあげると、キッチンで調理中のアフティが嬉しそうに口元をほころばしていた。
ロボットでも、自分の料理を褒められると嬉しいものなのだろう。と言っても、まだロボットなのか人間なのか怪しいところだが。
エールは楽しそうに扉の前に突っ立っている夏希を置いて、一人でテーブルの一席に座った。家族四人で食卓を囲めるほどの大きさのテーブルだ。
それに気付いた夏希は慌ててエールの座る机に来て、エールの隣の席に腰を下ろす。
エールはスマホの様な長方形の手のひらサイズの機械を持ち、指でスライドさせたりして画面を見ていた。
「エール、何見てんの?」
夏希が画面を覗こうと身を乗り出すと、エールはスマホの様な物の画面を真っ暗にし、テーブルの端に置いた。
「ダメだ。夏希のような子供にはまだ早い」
「なっ!? エールだって子供じゃんー! ……って、そういえばエールって何歳なの?」
子供と言われ怒った夏希だが、その小さな怒りは疑問へ変わった。
「私は――――そうだな、何歳だと思うか?」
大人がよく言う台詞だ。子供なのに何故そんなに大人っぽいのだろう。ともあれ、夏希はエールの年齢を考えることにした。
「えっとね~、んーっと……分かった、十七歳だ!」
小柄だが大人っぽさを考えると高校生くらいだろうか。だが、エールは含み笑いしながら首を振った。
「じゃあ、十六歳!」
「違う」
「じゃあ十五歳!」
「違う」
「じゃあじゅう「適当に言ってるだろっ!」」
それには答えずに、あははー、と笑う。
「じゃあ、答え教えて!」
夏希が降参すると、エールは嬉しそうに口を開いた。
「そうか、私は大人っぽく見えるのだな! ……まぁでも、見た目だけなっても仕方が無いのだが」
とうやらエールは、早く大人になりたいようだ。元々容姿が大人っぽい為、背があれば大人に見えなくもないだろう。
エールは口元が緩みながら肘を付いた。
「私は、十四歳だ」
その瞬間、夏希が静止した。カチャカチャとアフティの調理の音がよく聞こえる。微かにチク、タク、と時計の秒針の音もした。
そんな平和的な音を耳に入れながら、夏希は大きな声で驚愕した。
「ええええええっ!? 十四歳っ!? 嘘でしょ!?」
いきなりの夏希の大声で、アフティが何事かとキッチンから顔を覗かせていた。
「本当だ。私は嘘を言わない」
「十四歳なんだ……!」
まだ中学二年生ではないか。どうしたら中学二年生が高校二年生に見えるのだろうか。
夏希はまだ驚きを隠せない表情でいたが、しばらくするとにこっ、とエールに向かって笑顔を見せた。
「エールは早く大人になりたいかもしれないけど、あたしにしたら歳が近くて親しみやすいし! ……ってもう親しんでるか」
夏希の言葉に、エールはえ、と声を上げた。
「夏希、お前……自分の歳、分かるのか?」
「え。……そ、そういえば……。何か、何となくそんな感じがしたんだよ」
そう考えてみればそうだ。夏希は自分の名前さえも憶えていない。なのに、歳が分かるわけがないのだ。そのくせ、大人がよく言う台詞だとか、高校生、中学生などは覚えているのだろう。社会の事は覚えているのか。いや、夏希は滑るように走る乗り物やバイクのような乗り物の事を憶えていなかった。憶えているところと憶えていないところがあるのだろうか。
夏希の答えを聞いたエールはふむふむ、と頷いて、
「ならば私と同い年、という事にしておこうか」
「うん、そだね~」
歳を聞かれる機会があるのか。そんな事を思ったが、心の奥底に閉まっておいた。
話が終わるのを待っていたように、料理を持ったアフティが机にやって来て、お皿を二人の前に置いた。
「わーっ、美味しそう!」
お皿に載っていたのは、朝に食べている人も多いんじゃないかと言うメニューだった。
夏希の顔くらいのお皿にはこんがり焼けたトーストがあり、上には溶けかけのクリーム色のマーガリンが残っている。その横には見事な焼き具合のベーコンエッグ。目玉焼きの端には、カリカリの茶色い焦げがある。空いた隙間に、ほうれん草と人参とトウモロコシのソテー。
パンとマーガリンは、いわゆる小学校で言われた『主にエネルギーのもとになる食品』。ベーコンエッグは『主に体をつくる元になる食品』。ほうれん草と人参とトウモロコシのソテーは『主に体の調子を整える元になる食品』だ。こう見ると、うん、よくバランスがとれている。
炭水化物だけでなく、野菜もあるのが夏希には嬉しかった。
アフティが嬉しそうに笑い、何か飲み物を持って来ましょうか、と尋ねる。
「牛乳だ」
「あ、じゃああたしも~」
恐らく背を伸ばす為だろう。これでもいいと思うのは、夏希だけだろうか。
はい、と頷いて、アフティはキッチンへ戻っていった。それから冷蔵庫を開く音や牛乳を注ぐ音が聞こえた。
「じゃあ頂きますしよっか~」
夏希がエールに声を掛けると、エールはきょとんとして夏希を見ていた。
「頂き、ます?」
どうやらエールは頂きますを知らないようだった。こっちの方が驚きだ。
首を傾げるエールに、夏希は優しげな声で言った。
「あたし達の生きるために動植物から命を貰ってるんだから、命を頂きます、って感謝の気持ちを表さないとダメじゃん?」
なるほど、とエールは無言でこくこく頷いている。
「そうなのか……。素晴らしいな。どうやってやるんだ?」
「手を合わせて軽く礼をしながら、頂きます、って言うの」
エールは夏希の言葉をぶつぶつ呟きながら一人でやっていた。
「じゃあ、二人でやろっか~」
言ってからエールを見ると、こくりと頷いた。
「せーの」
夏希の合図で、二人が頂きますをした。
『頂きまーす』
だが、そう簡単には合わないもので、言うスピードも違っていた。夏希は遅く、エールは早い。
そこでまた、タイミングを読んだアフティがコップを手で持ってきてくれ、二人のお皿の右横に置いた。
「ありがとー、アフティ」
「……ありがとう」
ごくん、とパンを飲み込んだ夏希が、エールに尋ねた。
「ねぇ、エールの両親は? 仕事とかしてんの?」
それを聞いたのはただ興味があっただけでなく、泊めてもらっているので挨拶を一度したかった為だ
ベーコンエッグを食べていたエールは、数秒経って飲み込んでから反応を示した。それまで反応が無かったから、無視されていいるのかと勘違いしてしまった。
「父は私が四歳の頃に交通事故で他界した。……母は、意識不明の父と私を置いてこの家を出て行った」
「…………!」
触れてはいけなさそうな話だ。現にエールのの表情がちょっと怖い「。夏希は慌てて話題を考えたが、質問しか思い浮かばないので、仕方無く質問することにした。
「あ……あのさ、何で『梓』じゃなくて『エール』なの?」
音を立てずに、エールが牛乳をすすった。
「『梓』だと日本ぽくなり嫌なんだ。母が日本人だからな」
また母親ネタだった。
どれだけ母親が嫌いなんだろうか。同じ国の名前で嫌とか。そこまで嫌なのだったら外国に住めばいいのではないか。
野菜ソテーを箸で掴み、口の中に入れる。バターの味が野菜たちとミスマッチしていて美味しい。噛み終わると夏希は、
「そっか……。嫌な事、聞いちゃってごめん。でも、あたしはエールに助けてもらってるからあたしも助けたいし……あー、その……気が向いたら? エールがあたしに言えるようになったら、言って欲しいな」
最初の方は曇った顔で言ったが、最後の方は控えめに微笑んだ。
エールはそんな夏希を見つめ、悲しそうに微笑んだ。
「あぁ、分かった。いつか、言える日が来たらな」
エールが意味ありげな言葉を言ってから、二人の会話は途絶えてしまった。
やっと予告達成……!
読者様の疑問は、夏希がしてくれたでしょうか。
疑問などもどんどんください!
もしかしたら私が気付いていないかもしれません(笑)