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その日の夜。日中はというと、エールは部屋に行ったりリビングに来たりで、ハイトはずっと部屋にこもりっぱなし。夏希は、リビングでずっとゴロゴロしてた。
アフティのほっぺが落ちるほど美味しい夕食を食べ、エールが用意してくれた『夏希の部屋』であくびをしていると。
コンコン
誰かがこの部屋のドアを叩いたようだ。
「ん~?」
寝転んでいた新しい匂いのするベッドからゆっくりと立ち上がり、ドアを開ける。
そこには、どこかの学校の制服やら鞄やら書類やらを持って立つ、エールの姿があった。
(何か、嫌な予感がする……)
「ふぅ、重いな」
エールはドアを開けるなりドカドカ部屋に入り、四角いテーブルにそれらを置いた。このテーブルは昨日、新しく購入してもらったものだ。
エールが座った正面に、自分も座る。目の前にある資料などを見ると、やっばり学校のことばかりかいてある。テーブルの横には、可愛い制服と鞄が置いてあった。
夏希はハンガー付きの制服を手に持って尋ねた。
「エールの行ってる学校の制服?」
じっとこちらを見ていたエールは首を振ると、驚くべき話を口にした。
「私は、学校に行っていないぞ」
「えっ……。ふ、不登校とか何か? いじめられたりしてる? 友達ちゃんといる?」
「お前は母親か! 不登校ではない!」
ふん、と不機嫌そうな顔なるエール。
(え、じゃあ何なんだろう)
エールはふう、と溜息をつき、にやりと笑った。
「私はすでに、ハーバード大学を卒業している」
――――――――――。
世界の時間が止まったような気がした。
「え、ハーバード大学って世界で一番頭のいい大学、じゃなかったっけ……! し……しかも、この年で、だい、大学……!?」
思ったことをすぐ口に出してしまう。エールはこの反応に大変満足されたらしい。
「日本は飛び級ができるではないか。私は、それで……な」
いつの間にか飛び級ができるようになっていたらしい。夏希の頭はかなりの時代遅れだ。
「すごいね……。あたし、誇りだよ! エールの友達っていうの!」
へへっ、と満面の笑みで言うと、エールも柔らかい微笑みをこぼした。彼女が笑うと、自分までもが嬉しくなって、温かい気持ちになれる。人を喜ばすことの喜びを実感するのだ。
さっきまでの穏やかな笑みはどこへやら。「では、話を戻すぞ」と言い、先程の話を続ける。
「あのだな、夏希は学校に行ったほうがいいと思うし、私はお前の為を思って言っているのだ。決して、自分自身のためではないぞ」
「はいはい……」
夏希、苦笑。だが、エールはそんな態度にも気が付かないようで、ご機嫌に説明をしている。
「私としてはエスポワール学園に入りたいのだが……この資料を見て、夏希はどうだ? あと、もう大体の話は済んでいる」
はい、と学校のパンフレットを手渡される。
(どんだけ入る気満々なんだよー、エール)
おかしくて、薄く微笑みながらパンフレットを眺めた。
どうやら、頭のいい小中高大一貫校なのに校則は緩いらしい。その代わり、全てエスカレーター式なのでかなりの費用がかかる。そして――――――。
「ここってEFM通学できるんだ!」
できるんだって……! と期待を込めた視線をエールに送る。が、すぐに自分の立場を自覚してパンフレットに目を落とす。
EFMっていうのは“electricity float motokycle”の略称。一昨日、夏希はこの家に来るときに近未来的な風景を見た。そのときに滑るように動いていたのが、EFM。昨日エールのEFMを間近で見たのだが、びっくりしてしまった。そして、それはまたのお話。
なんとバイクの形をしているのだけれども、タイヤがなくて何か平べったい。上の方は自転車に似ている。燃料は自然に優しい電気。充電式だ。
操縦する際に使うボタンや、落ちないようにするシートベルトのようなものも付いている。後ろは椅子や荷物入れがあり、見た目は小さいのになかなか入るスグレモノ。
そして、何よりの驚きポイントが、これ。滑るように動くバイクは、実は一センチほど浮いていたのだ。あまり浮かせることができないということもあるらしいが、一センチでも十分なので安全のため、ということになっているらしい。
……という超ハイテクなバイクなのだ。
科学って、すごい……。そう思わずにはいられない夏希はいつの時代の人なのだろうか。
(はっ! もしかしたら浦島太郎みたいな……!?)
まぁ、多分、そんなことはないと思う。ただの、重症な記憶喪失だ。
話を戻そう。
と、その文の下に、小さな字で何やら書いてあるのを発見。
『一日¥250です』
(……金とるんかい!)
突っ込まずにはいられない夏希だった。
金とる学校って……。理事長さん、エールと同じような臭がする。
でも、見てみるとなかなかいい学校だ。ただし、たくさんのお金がかかるというのと頭が良いというのを除けば。
見ていたパンフレットをテーブルの上に戻し、夏希は鼻歌を歌いながらパンフレットを見つめるエールに尋ねた。
「ねぇ、お金って大丈夫なの? 二人分って結構きついんじゃない?」
「大丈夫だ。心配するな」
薄いパンフレットを、心から嬉しそうな緩んだ顔で見つめるエールには、いつものケチは消え去ったようだ。夏希はいつまでもこのままだったらいいのになぁ、と苦笑した。
学校に行くことになります!?
ここから続々とエールについてが暴かれる……かも!
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