5.5
* * *
「こいつは私の義弟のハイトだ」
微笑を浮かべながら、ハイトと言われた少年に手を向ける。
エールとハイトが、ソファに腰掛けた夏希の机を挟んだ先に立つ。
『ハイト』はカタカナだから、エールのようにハーフなのだろうか。でも、ハーフのような雰囲気は感じさせない。エールもそうだが。
ハイトは夏希をじっと見てから、よろしくお願いしますと軽く頭を下げた。
夏希も慌てて頭を下げる。
「よろしくね」
にこーっと笑うと、ハイトはつまらなそうな目で夏希を見た。背丈は夏希の方が少し高い。ひょっとすると夏希は、背が高いほうなのだろうか。ハイトだって低い方ではないと思う。
「……名前、聞いてないんですけど」
ぼそ、と呟いた声はやっぱり何にも興味が無さそうで、感情がこもっていない。
と、いうか、
「え!? あたし言ってな……あ、そっか、ごめんね!」
一人で喋って、何だか騒がしい人という印象確定だ。
夏希は改めて口角を上げ、自分の片方しかない、名を言った。
「あたしは夏希。この家に居候させてもらって迷惑かけちゃうと思うけど……よろしくね?」
「え……居候?」
何の感情も持たなかったようなハイトの顔に、少し戸惑いの色が浮かんだ。
目を閉じて「……あぁ」と言うと、エールは夏希のいるソファに足を進め、隣に座った。
「夏希には色々と事情があってな。……いいだろう、ハイト」
エールは夏希の記憶喪失のことを言わなかった。夏希の為を思ってのことが、嬉しいと感じる。
ハイトはしばらくあの冷めた瞳で木の床を見て、立ち上がった。
「……勝手にして」
それだけ言い残すと、ハイトはリビングから姿を消し、ドアのガラス部分でもやもやと、ハイトが玄関に置かれたバックを持ち上げたのが分かった。
何だか歓迎されていないような気がして、少し気分が暗くなる。居候が歓迎されるなんて思ってたわけじゃないが、心のどこかできっと、『オッケーしてくれるだろう』と思っていたのだ。
立ち去っていくジャージのの背中を見つめ、エールがぽつりと呟いた。
「……ハイトの名前の由来、分かるか?」
夏希は無言で首を振った。
宙を見つめるエールはまだ中学生くらいなのに、とても、美しかった。
「私がつけたんだ」
「えっ」
名付け親といことは、エールとアフティでハイトを育ててきたのだろうか。
「フライハイト――――――ドイツ語なんだが、日本語にすると“自由”という意味になる。ハイトには私と違って、自由に生きて欲しいんだ……」
最後の呟きは、悲しそうな、寂しそうな瞳をしていた。
(エールは、自由じゃないの……?)
そんな瞳もすぐにいつもの黒い目に戻り、エールは話を続ける。
「流石にフライハイトは名前として長いし、最後の三つをとった。私は『琲人』がいいと言ったんだが、カタカナがいいと言って聞かなくてな……」
多分、それは――――――。
言おうとしたけど、夏希の喉を通ることはなかった。
そして、ふと悲しくなった。
(あたしの名前ははなんで『夏希』なんだろう……)
* * *
音を立てないように、思いバックを手に下げて階段を登る。
いきなり名前の由来とか言い出すから、すぐに立ち去らずに聞いてしまった。
(……すごく気持ちが込められてる)
そんな名を付けてくれるなんて、幸せすぎるほどだ。
(なのに、僕は――――――)
バックが大きくて廊下に突っかかる為、自分の前に持って歩く。
そうして、廊下の角を曲がるとすぐ左が自分の部屋だ。
隣の部屋のドアには、何も書かれていないプレートが掛けれている。きっと、あの夏希とかいうヒトの部屋なのだろう。
自分の、安心するような、しないような部屋に帰ってくるのは、色々な気持ちが混ざり合って変な感じだ。
そんな部屋のドアを開ける。
自分の深海のような深い青の瞳には、小さなモニター。機械の椅子。モニターに電気が自動的につき、男が映る。
(――――――僕は、エール姉を裏切り続けている)
暗い部屋に入り、ハイトはドアに鍵をかけた。
最後のシーン、お気に入りのシーンなんですよ!
意味深なところですね~。
そこはまだまだ出てきません。
エールの過去にちょっと触れるーとか言いましたけれど、変更となりました……。
すいません。
でも必ず出すので出るまでお楽しみに下さい!