プロローグ
――――――ここは何処?
あたしは――――――夏希。
苗字は? あたしの、苗字は……?
薄暗くなってきていた。空には灰色の雲がぼちぼちと浮かんでいて、黒い空に溶け込むような部分もあったが、逆に冴えて見える部分もある。
その真下の木製のベンチに、一人の少女が横たわっていた。
焦げ茶色ショートヘアの男っぽい髪で、シンプルなTシャツとジーンズのみの動きやすい格好だ。
目を開くと同時にズキッと雷の様に頭に激痛が走った。夏希はズキズキする頭を抑えながらむくっと起き上がる。
(ここは、どこ……?)
身体がだるい。喉に何かが詰まっているような苦しさもあり、気分は最悪だった。丁度背もたれのあるベンチだったから、寄り掛かった。
まだ薄暗かったので、見渡すと周りにある物の姿を捉えることはまぁまぁ出来る。
滑り台、四人用のブランコ、地味にある砂場……。砂場の近くにある小さめの遊具は、シマウマとリスの座れる部分の下に黒っぽいぐるぐるとしたものが付いている。横には足を掛けれることが出来る黒いゴムのようなものもついている。恐らくこれは、シマウマとりすの上に乗り、前後に体を振って動かし遊ぶ遊具なのだろう。
どうやら此処は公園のようだ。
何だか見覚えのある公園だが、真っ白い霧が掛っている夏希の記憶は何一つ教えてくれなかった。
(あたしは何で公園に居るの? さっきはこんな所に居なかったはず。――――――じゃあ、どこに居た?)
――――――分からない。
全て、分からない。
ここが何処なのか。どうしてこんな所に居るのか。自分の名前さえも。
これは記憶喪失というものだろうか。
何故自分の名前みたいな簡単な事は分からなくて、記憶喪失だという事は分かるのだろう。
自分が自分じゃないような感覚がして、微かな吐き気がした。
それより、ここは静かすぎる。車の通る音は勿論、人の声も聞こえない。風の音さえ聞こえなかった。夏希はどこかに人が居ないか、生き物がいないかと360度見渡した。けれど、何もいなかった。
この公園の周りは緑色の柵で囲まれているのだが、その外が見えない。真っ白。まるでこの空間だけ切り離されているようだった。もしくは、この空間が造られたもののようだ。空はあるのに。
目を閉じて、耳をよく澄ましても、何の音も聞こえない。辛うじて聞き取れたのは、自分の荒い呼吸だけだった。
やだ、怖い。誰でもいいからあたしを見つけて欲しい。
そう、思った時。
ジャリッ、ジャリッ
音の通りの砂利を踏み歩く音が聞こえ、音の聞こえた歓びに夏希は反射的に音のする方へ向き、体を起こした。
聞こえたのは、真っ正面。
そこには、薄暗い闇に溶けこみ、消えてしまいそうな黒いワンピースを着た、前髪がぱっつんの髪の長い少女が立っていた。