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matataki

梅雨明け間近の二人

作者: 大橋 秀人

瞬くと、一週間後に花丸の付いたカレンダーが滲んでいた。


七月の第二週目。


その頃には梅雨が明けているだろうか。


その日で私と清貴は付き合って二周年を迎える。


順風満帆とは言い難くとも、お互いを思いやって今までやってきたつもりだった。


でも、最近、やたらとケンカが多くなっている。


それも、取るに足らない理由から。


どちらかが折れればすぐ済むことなのに、どちらも折れない。


聞き流せば済むことなのに、どういうわけか、ささくれのように引っかかってしまう。


今日もまたケンカした。


それで、清貴は部屋を出て行った。


仲違いを起こすと彼は決まって部屋を出て行き、私が寝入った頃を見計らって帰ってきた。


そして翌朝、何食わぬ顔で起きてくるのだった。


「まだ起きてたのかよ」


でも、今日に限って私が眠りに着く前に彼が帰ってきてしまった。


帰ってくるなり放たれたその言葉に、私は深く傷ついた。


「悪かったわね、起きていて」


「そういう意味じゃないよ」


じゃあ何、と視線で問うも、彼は頭を掻くだけだった。


「俺が悪かったよ」


「何が悪かったの」


そう言うと、彼は口ごもる。


「謝ったら済むと思わないでよね」


それで、私はどうして泣いているんだっけ、と真剣に考え始める。


「いいから、もう泣くなよ」


彼は私に優しい。


それは付き合い始めてから今まで変わっていない。


でも、私は彼の日ごろの態度だとか、些細な言葉だとかに反応してしまう。


どうしてだろう。


彼を好きなのに。


自分の中に問い正してみて、疑いようのない答えが出ている。


それなのに、どうしてだろう。


私は彼に怒ってばかりで、ケンカを引き起こしてしまっている。


「今日はもう寝るよ。おまえも早く寝な」


優しい言葉にも応えず、私はカレンダーを眺め続ける。


そして、付き合い始めた頃と何が変わってしまったのだろうと考える。


好きだけど、月日が経つとそれだけでは二人の関係は成り立たないのだろうか。


好きだからずっと一緒にいる。


それは当たり前のことではないのか。


好きだからといって、お互いが苦しすぎるなら一緒にいるのはいけないのかもしれない。


お互いを信じていれば、たとえケンカばかりだって一緒にいたいと思うのだろうか。


でも、私はもう、自分がそろそろ限界だと感じている。


最近、泣くことが多くなった。


今日も泣いた。


原因も思い出せないくらい些細なことから始まったケンカで、彼が出て行って、涙が止められなかった。


泣くとどこか軽くなれた気がする。


でもその代償も確かにあって、どこかが確実に蝕まれているようだった。


好きだけど、終わりにしたほうがいいのだろうか。


そんな疑問が頭をチラつく。


カレンダーの花丸が空しく風に揺れている。


昼間のうだるような暑さが嘘のように、部屋に入ってくる風は冷たかった。


外は夕方から激しい雨が降り続いている。


いつも私が寝入った後に帰ってくる清貴が、今日はすでにベッドにいる。


私はその状況を奇妙に思うと同時に、これからどうすべきか悩み始めた。


彼は一体、どんな気持ちで私の眠るベッドに潜り込んでくるのだろうか。


涙が落ち着いてくると感覚が妙に冴え、部屋にする小さな物音にさえ反応してしまった。


「なあ」


振り向くと、清貴が枕を片手に立っていた。


「眠れないよ」


頭を掻きながら彼は私の座るソファに寝転んだ。


両足を私の膝の上に投げ出して、彼はあくびをして見せた。


「来週の金曜日の夜、どうする?」


清貴はケンカしていたことなどなかったようにそんなことを訊いてくる。


その日の予定を委ねる彼の態度が、私には許せなかった。


「自分でそういうの、決めてよ」


私は意に反して、冷たい言葉を突きつけてしまう。


力いっぱい彼の足を押しのけて、私はソファの上で体育座りをする。


どうしても悲しい気持ちになってしまう。


「俺たち、最近、ケンカ多いよな」


何の気なしに彼はそう告げる。


「それって、お前が俺に気を許してくれてるって証拠だと思うんだ」


清貴の視線は消されたテレビの真っ黒な画面に向かっていた。


「今が、お互いのバックボーンとかからくる文化の違いをすり合わせている時期なんじゃないかな」


私はその言葉の真意が測れずに、彼を見た。


すると清貴は、気づいたようにこちらを見上げ、


「俺、お前を嫌いになったりしないよ」


と告げた。


「今はケンカばっかりだけど、全然嫌いだと思ったことはないんだ」


そんなことを言われて、またカレンダーの花丸が滲み始めた。


「今の時期を乗り越えれば、きっと俺達はもっと自然になれると思うよ」


「自然に?」


「ああ、もっとお互いを認め合えるようになると思う」


そう告げる彼の顔がいつになくまじめで、私はなんだか悔しくなってきた。


「じゃあ、今のうちにもっと怒っていい?」


「何? まだなんかあるの?」


「そりゃもういっぱいあるわよ」 


「今日はもう勘弁してくれよ」


彼は頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。


私は意地悪く笑う。


もう少し、この人と一緒にいてみよう。


そう思った、夏の始まりだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、そうだよねえ、恋愛っていつもスムーズではないもの、なんて思いながら読んでます。 リアリティな部分が面白いです。
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