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ゆーとぴあ

作者: ユリコ

「そこ」は、きっと素敵なものがあふれている。

きらきらとした未知の世界が広がるところ。

欲しいものが、手に入る場所。




一番街の噴水広場では最近そこの話ばかり。わたしは会話には加わらないけれど、毎日仕事の行き帰りと昼寝するときには端っこのベンチに陣取り、必ず噂に聞き耳を立ててはわずかな情報を集めていた。

退屈な日常に飽きた人びとは、各々大袈裟な身振りで華やかな世界を夢見て語る。



「どうやら黄金の町はあの砂煙を越えれば現れるらしい」

「こんなにおっきいポルの果実が名産で、もぎほうだい、食べほうだいだと」

「あら、あの干肉の商人に移住すれば家がもらえるって聞いたよ」


胸の高鳴りは抑えられない。

わたしは毎日広場で得た噂をまとめ、そこでの開放的な生き方を考え、ベンチの隅で目を輝かせていつか必ずや辿り着くであろう地に想いを馳せた。

このひとたちはその地を羨望しながら決して自ら赴こうとはしない。砂漠を越えるハイリスクな賭けよりも今の生活に安住と退屈な満足を得ているのだ。


見ていると時々ひゅっと街を出ていく冒険者はいたにはいたが、戻ってくる者は一人もいない。砂嵐は伊達ではないのだろう。

だから情報源は専ら貴重な干肉や干魚、砂糖菓子を持ってくる商人だけだった。商人は王都の最新魔術を取り入れた装備を纏いこの閉鎖的な砂漠の真ん中で、大きな港町から新鮮な噂を届けてくれる。

ここ最近急に話題に上がり始めた黄金の町というものは、枯れた大地に暮らす者、特に若衆を惹き付けてやまない。

もう商人はそれは得意気に、質問に細かい描写を付けて彼らに返答するのだった。


・・・わたしは無論、こわいから直接話したことはなかったが。


わたしはこの数ヶ月雑用仕事をしてこつこつと貯めてきた荷物を酒屋の馴染みの旦那に風呂敷包みにしてもらい、背中に括りつけてすっかり準備を整えると、今宵旅立つという商人を追ってついに街を出ることにした。

寡黙で知られる酒屋の旦那はわたしの思いを唯一理解しているし、何も言わず応援してくれた。

だから今日も出ていくわたしの頭を一回だけ撫でて、ちょっぴり寂しげな出来損ないの笑顔を餞別にくれた。


黄金の町。その目印だという途中の砂煙の地まで言ったら、わたしはついに独り彼の地を探し出すのだ。


どんな願いも叶えられる、夢の世界を。







待ちに待った夜。

商人は真夜中にひっそりとラクダにまたがって早々に眠りについた閉鎖的な街を出ていく。見送りは、好都合なことに無い。

わたしはその後ろからついてゲートを出た。ゲートを開けるには許可とか要るのでしめたものだ。


冒険者。わたしは冒険者になるのだ。ああ、胸の高鳴りは抑えられない。


荷物をくるんだ風呂敷をもう一度体にしっかり巻き付け、わたしはゆったりとラクダを歩かせる商人に初めて駆け寄り自分から話しかけた。



「こんばんは」


はっ、と吃驚したようにこちらを振り返ったもう見慣れた商人は近くでみると思ったより若い。月明かりに照らされたその面は戸惑いというよりしまった、という表情にもみえた。


「こんばんは。わたしも、たびにでるのです・・・砂煙の、向こうまで」


極力落ち着きをみせて宣言すると、彼はひたりとラクダを止めた。


「よしなさい。彼処に歓迎されるのはあなたじゃない」

視線を合わせるようにぐっと上背をかがめて言う彼は、わたしの思いを、わたしの希望を全く分かっていない。

「あなたが、焚き付けたのよ。夢の世界を」

「それは」

いささか口ごもる彼は、もしかするとわたしより若いのかもしれなかった。まだ青年になりたてかもしれない、粗削りな感情と魔力を感じる。昼間と随分振る舞いが違うような。

そんなふうに思ってしまうとふと、大きく宣言してやりたくなった。


「砂漠の向こうの自由の町、たどり着いて見せるわ」





「・・・ごめんよ」意気揚々というわたしを寂しそうに一瞥すると、そこからはあっという間だった。

わたしは彼にひょいと抱き上げられ、眉間に人差し指を突きつけられた。魔術を感じる隙さえなかった。わたしは深く、眠りに落ちた。

商人のくせに魔術をつかうなんて。

なんてひきょう・・・







青年はくたりと眠り込んだ腕の中のネコを強く抱きしめた。黒い毛並みは艶々として、しなやかな敏捷さを感じさせる体躯のネコ。

人語を話したが、かなり強い魔力を秘めているのが伝わってくる。

そして人の噂を真に受けるネコ。

なぜ、こんな辺鄙な街にいるのだろう。

「君のようなひとを疑わぬ純粋なネコをあんな酷いところへはやれないな」

「あれはにんげんを騙す嘘なのさ。」

苦しそうに呟くと、青年は再びネコの眉間に指を添え、記憶をそっと魔術で吸いとってゆく。

「あの地の開発のために、岩場の労働者として奴隷のように死ぬまでこきつかわれるだけ」

じっとその様子を見つめる傍らのラクダの毛並みを一撫でして、青年はそのままネコをラクダの背に乗せた。

「僕は悪いニンゲンなんだよ」



「一緒に生きよう、共に本当のユートピアを探しながら。君がそれを、望むなら」

このネコは、喋ればただならぬ気配を発していた。何で気づかなかったのだろう。

王都でまことしやかに囁かれていた、悪い噂を思い出す。

――魔力をもつ子供の姿を変えて


フーッ

ラクダはしきりに背中を鼻息荒く振り返った。ちょこんと乗せられたネコが気になって仕方ないらしい。青年はハッとして微笑むとラクダをなだめつつその背中にまたがる。

「大丈夫だよ。旅の仲間は賑やかなほうがいいじゃないか。…きっと彼女は僕らと同じ場所を目指している」


「そろそろ次の街へ行かないとね」

夜は深い。

風も吹かないしんと張りつめた奇妙な静けさの中、彼らは砂漠の砂煙に溶け込むように消えていった。




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