恩と仇と敵討ち ③
「ぐるるるる・・・」
「居た・・・な」
夜の帳が下りる暗い森の奥にぼんやりと差すたいまつの光、盗賊達のアジトは驚くほど近くにあった。どうやら盗賊達はまるで遊牧民の様にテントや馬車を使い移動と野営を繰り返しているようだ。基本的に特定の場所に根付いて物を奪うっといったメジャーなやり方を取らない一風・・・というかかなり変わった盗賊の様だ。
テントは5,6人ほどが入れそうな大きさのものが2つと一際大きいテントが一つ。一番大きいテントがこの盗賊達の頭がいると踏んで間違いないとして数は多分10ちょい・・・やれない数じゃないだろう・・・
「・・・うぅ」
いざ敵討ちを・・・そう意気込もうとすると猛烈な吐き気が襲った。
俺はあの村で村人たちの悲惨な死に目を見てしまった。そして今度はそれを自分の指揮で・・・自分の手で起こそうとしているのだから。
今まで特に不自由なく生きて来た自分が唐突に死に生き返り、そして生まれて初めて自分以外の死を目の当たりにして・・・今度は自分の手で死を・・・
躊躇いたかった。背きたかった。忘れたかった・・・でも、そんなことはできなかった。あの光景が目に焼き付いて離れなかった。この世の理不尽さを感じるあの光景が怒りを生む。
・・・ふと殺すことに躊躇している自分の耳に何かが聞こえてきた。どうやら見張り番をしている盗賊達の話声の様だ。
「――ても相変わらずもったいねーなー」
「んだよお前それ言うかよ。わざわざ女子供だけ狙うとかこっちにも楽しみよこせっての」
「へへっ、仕方ねーだろやめられねんだから。特にガキどもが必死こいて逃げてるの追っかけて、そんで転んで逃げ遅れた奴が絶望で泣き叫ぶところを手足からじっくりと・・・たまんねーよ!」
「ぷっ!ほんっと趣味わりーし。まぁ俺も人の事言えねーけどな。でもお頭にはかなわねーけどな」
「あれはたしかにそーだな。やってみてーけど俺らじゃまねできねーし。あーさっさと他の村探して殺してー」
耳に届いた奴らの話が俺の心の中の何かを後押しした・・・躊躇いなんていらない。俺はこいつらを・・・殺したい。
「・・・アイン、ツヴァイ。少し姿を見せて奴らの視線を引き付けろ。ドライとフィーアは背後から近付いて奴らの喉をつぶせ。ただしすぐには殺すな・・・」
「「「「う゛ぅぅぅ・・・がうっ」」」」
四匹は俺の命令を受け素早く行動に移った。アインとツヴァイはたいまつの光が届くギリギリの場所をちらりちらりとかすめながら動き回り、その間にドライとフィーアが暗闇から盗賊達の背後へと回る。
「・・・ん?なんか居るぞ」
「あぁ?どーぜこのあたりの魔獣共だろ?俺らの敵じゃねーっての。びびって――」
「おい、どうぢっ!?」
一瞬の出来事だった。二人いた盗賊の内警戒心が完全になかった一人目掛けてフィーアが風のように駆け寄り首めがけて鋭い牙を突き刺す。相方の異常に気付いたもう一人の死角から忍び寄ったドライが正確に喉をつぶした。二人はもがきながらその場に倒れこみ首を押さえるが出血が止まらない。声を出そうにも溢れ出る血がぶくぶくと音を立てるだけだった。
二匹の成功を確認してから痛みにもがき苦しむ二人のもとに歩み寄る。二人は何が何だかわからない状態でそれでも必死に首を押さえ血を止めようとしている。
「・・・全員でこいつらの手足を引きちぎれ」
「っ!!」
「ふしゅー!ふゅー!?」
俺の言葉の意味を理解した盗賊達は必死に身を捩って逃げようとするが当然逃げ切れるわけもなく、狼たちが横たわる二人の周りに群がり命令通り二人の手足にかみつき――
――聞くに堪えない鈍い音とともに二人の手足は力づくで引きちぎられていく。あまりの激痛に二人はショック死寸前のところまで行くも死にきれずひたすら声の出ない口で泣き叫ぶ。なんて無様で惨めな姿だろうか・・・
「・・・っ!次だ」
手足を失い激痛にもがく二人を見て苦悩の表情を浮かべ視線を二人から次の標的へと視線を移した。見張りはずさんなことにこの二人だけで後はどうやら全員テントの中で寝ているようだ。
慢心・・・自分たちの力におぼれ弱者を見下しあざ笑う・・・そんな奴らには自分たちが想像もしていない死の苦痛を・・・!
一番近かったテントに狼たちを突入させて同じ手口で喉をつぶし、手足を引きちぎる。ここまでは予定通りに事が進んだが
「おい!こんな時間に騒がしいぞ。何遊んでるんだ!?」
いくら音をたてないように事を運んでいたとはいえ流石に起きてしまったようで、隣のテントから寝起きの悪そうな顔の男が出てくる。こうなればもはやこそこそと殺す必要はない!
「全員に命令だ・・・殺せ!」
「おぉぉぉん」
「誰・・・狼っ!?――」
狼たちは息を荒げ猛スピードで駆け抜けながら盗賊に群がる。寝起きでなんの武器も持っていない人間一人が11匹もいる狼相手に敵うはずもなく一瞬で押し倒され無残に四肢を引きちぎられていく。異常に気付いたテントに残っていた奴らも慌てて武器を取るがもはや無駄な抵抗・・・誰ひとりとして抗うこともできずに無残に体をズタズタに引き裂かれていく。
「ぐぁぁぁぁ!?」
「あぁ・・・あぁ・・・あぁぁぁぁ!」
「いでぇ!!!」
今度は喉を潰していないため、未だ死にきれていない盗賊達が激痛を訴える叫びを上げる。その叫びは否応なく鼓膜を叩く。今すぐにでも耳をふさいでしまいたいほどの苦痛の声・・・だけどそれはしない・・・してはいけない。それをしたらこいつらにこんな無残な殺し方をしている意味がない!
残るテントは一つ・・・敵はもう僅か・・・
「最後だ・・・ルビー、たいまつを持ってきてくれ。他の奴はテントを囲め」
ルビーがついたたいまつを取りに行きその間にアイン達は一番大きなテントをぐるりと囲む。すぐに戻ってきたルビーが咥えている火のついたたいまつを受け取り、テントをまっすぐに見つめる。テントの中で何かが動く気配はあるがもはや手遅れだろう。
「これで最後だ・・・!」
手に持ったたいまつをテントに向けて力いっぱい投げる。緩やかな放物線を描きながら飛んでいくたいまつはテントにぶつかるとその火がテントに燃え移り瞬く間にテント全体を包んで行った。こうなれば後は中で焼け死ぬのみ。たとえ出てきても狼たちが素早く取り押さえ四肢を食い破――
「俺様の根城に火をつけるなんて馬鹿な野郎はどこのどいつだ!」
「えぐっ!?」
テントの中から叫び声とともに物凄い風が噴き出してくる。焼け落ちる寸前だったテントは中から噴き出してきた風によって空中に四散し、ばらばらと燃えカスになりながら地面に落ちて行った。
屋根を失ったテントの中にはやけに豪華な調度品が転がっており、その真ん中でやけに派手なマントの様なものを来た男が立っていた。
「てめぇか・・・あぁ?その格好・・・まさか昨日の村の生き残りか?けっ!たった一人にここまでされるとは俺様も舐められたもんだな!」
「・・・お前が盗賊の頭みたいだな」
「盗賊だぁ?はっ!まぁンな事はどうでもいいが・・・おいそこのクソガキ。てめぇ自分で何したか解ってるよなぁ?この魔術師様に盾突く事がどーゆー事になるかわかってるよなぁ!!」
魔術師?・・・いつか出会うとは思っていたがこんなにも早く・・・ってことはさっきの風はどう考えても魔法ってことだ。
「・・・ん?魔獣・・・一体こらどーゆー」
魔術師を名乗った男は自分の周りに居る狼たちを見て怪訝な表情を浮かべる。そして俺たちの背後、すでに殺した盗賊達がいるテント見て何か得心が行ったように今度は笑みを浮かべる。
「ほほぉ・・・ずいぶんおもしろい力を持ってるみてーじゃねぇか。おいどうだ?俺様の手下になるって言うならお前のやったこととは水に流してやる。あんな脳なしの屑どもよりは使えそうだしな」
「アハト、ノイン、ツェーン行け。残りは包囲を狭めてそのまま待機」
3匹が素早く駆け出し、他は抜けた穴を埋めるように円を狭める。悠々と立っている男は表情一つ変えずに向かってくる狼たちに対して軽く手をかざし――
「"ファイヤーボール"」
「きゃう!?」
奴の手から飛び出した火の玉が一直線に撃ち出され、標的となったノインは慌てて横に逃げるも少し掠り、焼け焦げた毛の匂いが立ち上った。ノインの状態を見たアハトとツェーンは強襲をやめ男との距離を取った。
「はっ!雑魚が群がったところで俺様に敵うはずがないだろうが!おい、もう一度だけ言う。俺様が親切にも手下にしてやるさっさと俺に頭を下げな」
「お断りだ」
奴の申し出なぞ端っから聞くつもりなんてない。だが問題は奴の魔法・・・あれだけ素早く動けるこいつらでも避けるのが精いっぱい。しかもさっき使ってきた風の魔法・・・アレで直接狙われたら防ぎようが――
「ぐるるるる・・・がっ!」
「えっ?・・・んな、ルビー!?」
俺が迷っていると傍らに居たルビーが突然男向かって一直線に駆け出した。まだ命令をしていないはずなのに・・・どうやら腕輪の力で操っているとはいえあいつだけはかなり自分の意思で行動できるみたいだ。いや・・・もしかしたら他の奴らも俺の命令なしでも動けるのかもしれないが、彼我の戦力差を痛感している他の奴らは恐れをなして俺の命令でなければとっくに逃げ出しているのかもしれない・・・
「馬鹿め!雑魚魔獣ごときがのこのこ殺されに来るか!"ファイヤーボール"」
再び撃ち出された火の玉はルビーめがけて一直線に飛んでいく。しかしルビーは全く避けるそぶりを見せずそのまま火の中へと飛び込んで行き・・・
「え・・・?」
何事もないかのようにそのまま駆け抜け男の右腕に噛みつき、そのまま力任せに引きちぎった。俺も魔術師の男も何が起きたのか理解できないままほんの少しの間沈黙が訪れた。
「あっ・・・あっ・・・あ゛ぁぁぁぁぁぁ!」
その沈黙を最初に破ったのは腕を引きちぎられた男だった。男は腕を失ったことを認識し腕のあった場所を押さえて激痛に悲鳴を上げる。俺もその叫びを聞いて我に返り今の状況を認識する。腕を奪われた痛みの中で・・・魔法など使えるとは思えない今・・・
「腕が・・・腕がぁぁぁ!くそが!糞が!クソガァァァ!」
「・・・黙れ!・・・ルビー、残りの手足をつぶせ。後の奴は火と布を集めろ」
「ぐげ!ぎゃぐぁぁぁぁ!?」
悪態を吐く男に歩み寄って蹴り飛ばして喉を足で踏みつける。ルビーは男の残った手足を動けないようにズタズタに噛みちぎり、他の狼たちに火と燃えるものを集めるように言う。
「お前の魔法を見て思った・・・村の人達に火をつけて殺したのはお前だろう・・・だから」
「げふげふげふ!だから何だって言うんだ!クソが!お前も同じようにぎゅ!?」
狼たちが燃えるものを集めて来たので準備のために足を退けるとすぐにわめき始めたので顎を思いっきり蹴飛ばして黙らせる。そして集められた布を男の上に重ね――
「目には目を歯には歯を・・・火には・・・火を・・・」
「がぢゅあ・・・ぎぇ!?・・・ぎゃ、ぎゃめ゛・・・」
男の潰れた声で僅かに漏れる命乞いを無視し、手にしたたいまつで男に火をつける。
必死に火から逃げようともがき苦しむが手足がつぶされ思うように動けない男は熱さに割れんばかりの悲鳴を上げながら必死でもがく。
俺はその光景を奴が死ぬその瞬間まで決して目をそらすことなく見届けた。
火ダルマとなった男の叫びはやがて力を失いついには一切声も上げつピクリとも動かず・・・死んだ。
「う・・・えぐ・・・ぐぇぇぇぇぇ!」
全てを見届けた後、全身を駆け巡る不快感が俺を徹底的に攻撃する。耐えきれずにその場から数歩下がって跪きまた胃液だけが胃から逆流してくる。
俺はこの時初めて知った。『復讐なんて虚しいものだ』という言葉・・・あんなもの生易しい詭弁だ。虚しいなんて甘いものじゃない・・・復讐とは辛く痛く苦しい・・・ただただ失ったものが重圧となってのしかかる。
特徴のない人生を生きて来たはずの俺が・・・唐突に死に生き返り数奇な人生となった俺が・・・生まれて初めて人の死を目の当たりにし・・・
生まれて初めて人を殺した
ここまで読んでいただきありがとうございました。
誤字・脱字・感想・ご指摘など、何かありましたら感想フォーム等にてよろしくお願いします。
この手の話になると字数が増える増える・・・書きやすさが違う。何なんでしょうねぇ?
ちなみに結局こいつら何だったのとかはあまり考えないようにしましょう。
Q.こいつら結局なに? A.噛ませ
こんくらい軽くまとめて深く考えないようにしましょう。うん・・・作者がこれでいいのか言われたらどーしようもないですが。