7.交換日記 または放課後のへんげ
1か月ほど経って中学生活にも慣れ始めた頃、放課後の下駄箱でばったりへんげと会った。随分しばらくぶりな気がしたが、実際はたった1か月だ。
セーラー服姿のへんげは少し新鮮だった。向こうから見ても学ラン姿の僕は新鮮に見えたのだろうか。
「河合ってさ。顔が女性的だから学ラン着ると宝塚っぽいよね」
しばらくぶりのへんげは気にしていることをずばりと突いてきた。この顔が女性的っていうのは、小学校から高校時代まで言われ続けることになるセリフだ。この日のへんげの言葉で、そう生まれたのだから仕方がないと諦めがついたと言っても過言ではない。
母さんと出かけた際に、たまたま母さんの知り合いと出会ったりすると「綺麗なお子さんですね」と言われることがままあった。これは男として褒められてはいないのだと認識はしていたが、決して貶されてもいないのだろうなと、母さんの表情を見て悟った。
「秋はさ。私に似て顔立ちが整っているのよ」
母さんはよくそう言っていた。慰めているつもりだったのだろうか。ちなみに『秋』というのが僕の名前だ。秋に生まれたから『秋』。きっと、夏に生まれたなら『夏』、春に生まれたなら『春』、そうなっていたに違いない。冬に生まれていたと考えたらぞっとする。
「あ、ごめんね。褒め言葉なんだよ」
僕の不満げな表情を見て、へんげは慌てて取り繕ったようだ。
「いいよ。慣れてるから。へんげはこれから帰るところだよね?一人?」
「そう」
「じゃあ、一緒に帰ろうか」
並んで歩くと1か月しか経っていないのに、身長差が広がったのが分かる。へんげが小さくなった。それだけ僕の身長が伸びたということだ。
「なんだかさ。へんげって小さくなった?」
女性的な顔と言われた仕返しのつもりだ。
「小さくなってないよ。むしろ伸びてるね。河合が私以上に身長が伸びたってことじゃない?」
「そうか。こんな感じで少しずつ大人になっていくんだろうね。ちょっと気恥ずかしいよね」
「いつまでも、子供のままじゃいられないでしょ?ピーター・パンじゃあるまいしさ」
「と言ってもさ。そのうちひげを毎日剃らなきゃいけなくなるんだよ。それって、すごくめんどくさいじゃん」
「だったら、髭を伸ばせば?私は推奨しないけど」
坂道の両脇には桜の木が並んでいる。ちょうど若葉の季節だ。空を見上げると真っ青な色のなかに新緑が映える。風が葉を揺らすとキラキラ輝いて見える。それは物理的な輝きでもあり、若い心の輝きにも見える。
横を見ると、わずかに大人になったへんげの髪が風でなびいている。へんげの髪の毛はさらさらだなと改めて思う。
「河合ってさ。スマートフォン持ってる?」
「いや、まだ持ってないんだよ。へんげは持ってるの?」
「ついこの間、やっと買ってもらっちゃった」
「いいね」
「自慢話じゃなくてさ。今日、実は河合を待ってたんだ」
「下駄箱のところで?」
「そう」
「新しい本ができたの?」
「違うよ」
「母さんに会いたいとか?」
「う〜ん。それは少しあるけど外れだね」
「じゃあ、なに?」
「私のこと、どう思う?河合が私に対して持っている印象を聞きたいの」
「へんげのこと?悪く思った事は一度もないよ」
「そうじゃなくてさ」
「外見とか内面とか、そういう印象のこと?」
「そう」
「そうだね。へんげは、少しハーフっぽくて髪の毛がきれいで、鼻と口はバランスよく整っていて、二重の目が切れ長で、総合的に美人だと思うよ。平均値は遥かに超えてる」
「内面的な部分は?」
「あまり長い付き合いじゃないから本当のところはわからないけど、話しやすくて、きっと素直な人なんだろうなって思う。あと好奇心が旺盛で、母さんのマニアックな話にもよく付き合ってくれているのも好印象だね。女子の中では一番の仲良しだと思っているけど……。違うの?」
「河合ってさ。そういうことを自然体で言えるよね。だから河合はみんなと仲良くなれる」
「あ、似たようなことを前に沢田から言われたよ。そこがムカつくんだって」
「さわだのことはいいの。河合にとって、私の存在は特別なのか、そうじゃないのかが知りたいの」
「今、特別だって言ったつもりだよ」
「あのね。きっと、スマートフォンは持ってないだろうなって思ったんだ。……だからノートを用意してきた」
「なんのために?」
「交換日記しない?」
「交換日記って?」
「知らないの?」




