未来の決断と離れゆく距離
「光太くん、私、配信アカウントを削除しようと思う」
夜のキャンパスを歩く途中、三浦 未来がそう切り出した。
講義後の時間帯で、人通りはまばらだった。
光太は驚いて足を止め、「そこまでしなくても」と口にしかけたが、未来は目を伏せて首を横に振った。
「これ以上、大変なことになりたくない。
もし大学に知られたら、停学になるかもしれない。
それで母にも迷惑がかかるし、私がやってきたこと全部が無駄になっちゃう」
「でも、配信をやめたら学費とか生活費はどうするの?」
光太は必死に問いかけた。
未来は唇を噛んでうつむいたまま答えない。
「……正直、わからない。
でも噂が消えないなら、もう続けるのは難しいよ。
このままだと、もっと取り返しのつかないことになる気がする」
「けど、それって未来が本当にやりたいことじゃないよな」
そう言いかけて、光太は言葉を飲み込んだ。
彼女の優先すべきものは学業と家計、そして母との生活。
配信を続けるのが本当に彼女の望みとは限らない。
「ごめん、変な言い方した」
「ううん。光太くんが心配してくれてるのはわかる。でも、どうにもならないの」
未来の声は力なく、小さくかすれていた。
場所を変えようと考えた光太は、あえて人気のない部室棟の前で立ち止まった。
まだ明かりのついている教室の窓を見上げながら、小さく息をつく。
「未来が続けるもやめるも、自分で決めるしかないけど……俺、何か力になれることはないかな。今のままじゃ、俺は何もできてない気がしてさ」
「それを言われると、私も困る。光太くんはあたたかい言葉をかけてくれるけど、それ以上のことは頼めないよ。私がリスクを引き受けないといけないの。お金を稼がなきゃ母を助けられないし、配信を続ければ大学にばれるかもしれないし……」
未来の声は震え、目には涙がにじんでいるように見えた。
光太は歯がゆい思いを抱えながら、彼女の隣で立ち尽くす。
「もし停学になったら、私、どうしよう。今の成績だってギリギリなのに」
「そんなの、絶対嫌だ。それに、母親が知ったら泣くんじゃないか?」
「だよね。でも、もう引き返せないとこまで来てるのかな。ああ、もう全部やめたいよ……」
未来はつぶやくように目を閉じた。
光太はその横顔を見つめながら、何も言えずに拳を握りしめる。
自分の無力さが胸に迫り、彼女にどう応えればいいのかまったくわからなくなっていた。
やがて、未来はかすかな声で言った。
「ねえ、光太くん。私たち、ちょっと距離を置いたほうがいいかも。
今、私に近づいたら光太くんにも迷惑かけちゃうかもしれない」
「どうして。そんなの俺は気にしないし、未来が困ってるならなおさら放っておけない」
「わかるけど、噂はどんどん広がってるんだよ。
そのうち光太くんだって変な目で見られる。
私、これ以上誰かを巻き込みたくないの」
光太は一瞬息が詰まるような感覚を覚えた。
彼女の言うこともわかるが、ここで引くのはあまりにもつらい。
しかし、その瞬間に何かが断ち切れるような沈黙が二人を包んでいた。
「そっか。わかった」
それ以上、光太は何も言えず、曖昧にうなずいた。
目の前の未来は、すでに心のどこかで諦めたような表情を浮かべているように見える。
自分がもっと早く何かできていればよかったのかもしれない、そんな後悔だけが言葉にならない重さでのしかかっていた。