広がる噂、彼女を守りたい
「光太、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」
三浦 未来が声をかけてきたのは、夕方のキャンパスだった。
光太は部活を終えてから帰ろうとバッグを肩にかけたまま、彼女の表情をうかがった。
「うん、どうした?」
「変な噂、聞かない? 私のこと……」
未来は視線を落とし、控えめな声で続けた。
「最近、誰かが私の名前を使って、よくわからない言いふらしをしてるらしくて……あの子、AVに出てるかもとか、そんな話が出回ってるんだって」
光太は一気に心臓が締めつけられるように感じた。
「それ、本当なの? ……まさかもう広がってるのか」
「どうやらね。講義のあと、何人かに遠回しに聞かれたの。あの動画サイトに出てるって噂、本当なのかって」
未来は唇をかんで悔しそうに眉をひそめた。
「やっぱり、すでに学内で広まってるんだ……どうしよう。私、こんな形で知られたくなかったし、だいたいそれがAVなんて誤解だし……」
光太はあたりを見回し、まわりに人がいないのを確かめてから小声で答えた。
「動画配信とAVじゃ違うよね。でも外から見れば詳しく知らない人は区別がつかないかもしれない。それにしてもひどい噂だ」
「ほんとに。私も自分なりに考えてやってるのに、こんなことになるなんて……」
未来の声が震えた。
光太は何か言葉をかけようとしたが、うまく見つからない。
場所を移すことにして、二人は人気のない中庭の片隅に足を運んだ。
夕闇が迫る中、未来は腕を組んで沈んだ表情をしている。
「ねえ光太、こんなふうに噂が広まったらどうなるのかな。もし先生や大学の管理する人たちの耳に入ったら、私、どうなっちゃうんだろ」
「そこまで行く前に何とかしよう。拓海も巻き込んでさ、根拠のないデマだって証明すればいいんじゃないか?」
「うん、そうかもしれない。でも私、配信自体はしてるから、それを完全に否定するのは難しいよ。もし学内で問題になったら……」
未来の言葉に光太は胸が痛んだ。
彼女の苦労を少しでも減らしたいはずなのに、具体的な案が浮かばない。
「とりあえず、僕たちも人づてに『それはデマだよ』って言って回るしかないかな。未来も余計な詮索を受けないように注意してみて。ちょっとした軽い噂が、いつの間にかおかしな形で広まるってよくあるし」
「うん、わかった。でも正直言うと、すごく怖い。誰が発信源なのかもわからないし、もしかしたら私の顔を知ってる人が配信サイトで見つけたのかもしれない」
未来は小さく震える息を吐き出した。
光太は彼女の肩に手を添えようか迷ったが、周囲の視線が気になって踏みとどまった。
「俺も一緒に何とかする。大丈夫、みんながすぐに信じるわけじゃない」
そう告げたものの、胸には不安だけが広がっていた。
拓海と協力して対策を考えるしかない、と光太は自分に言い聞かせた。