曖昧な関係と踏み込めない一歩
「ねえ光太、これっていい感じなんじゃないか?」石川 拓海が顔を近づけて、からかうように肩をすくめた。
彼は軽音部の練習が終わったあと、部室の片づけをしながら光太に小声で問いかけてくる。
「いい感じって……何言ってんだよ」
「だって最近、おまえ未来とやたら一緒にいるじゃん。秘密を共有してドキドキしてるんだろ?」
拓海は悪戯っぽくウインクし、ドラムスティックをくるくる回した。
光太は「あからさまに言うなよ」と困ったように顔を背ける。
「まあ、あいつもいろいろ抱えてるし、俺にできることがあれば力になりたいんだ。ただ、それだけ」
「それだけねえ。ほんとにそれだけならいいけど」
拓海はにやりと笑い、片づけを終えてギターを手にした光太に視線を送った。
「ま、未来ちゃんも妙におまえに心開いてるみたいだし、俺は応援するぞ」
「別にそういう流れになってるわけじゃないって……」
口では否定しながらも、光太は心のどこかで何かが高鳴る感覚を覚えていた。
時間をおいて校舎を出ると、外はもう薄暗くなりはじめていた。
光太が自転車置き場で鍵を回していると、少し離れた場所に未来が立っているのが目に入った。
「まだ帰ってなかったの?」
光太は自転車を押しながら彼女に歩み寄る。
「うん、ゼミの用事が少し長引いちゃって……今から帰るとこ」
未来はそう言いつつ、小さくあくびをした。
「疲れてるなら気をつけて帰れよ。夜道暗いし」
「そうだね。最近、配信で夜更かししすぎてるし、そろそろペース考えないと。明日も授業あるしね」
光太は彼女の顔色をうかがいながら、「もしものときは頼っていいんだぞ」と伝えるように目を合わせた。
「ありがとう。もうちょっとだけ頑張ってみる。たぶん、あと少し貯金が増えれば母にも負担かけずに済むはずだから」
未来は笑おうとして、そのまま少しうつむいた。
光太は手元の自転車から視線を上げ、「俺でよければいつでも相談してよ。
じゃあ気をつけて帰って」
「あ、待って。もし配信中になんかあったら連絡していい?」
「もちろん。すぐ飛んでくよ」
そう言いきったとき、未来は少しだけ目を潤ませながらはにかんだ。
その笑顔がやけに印象的で、光太は胸の奥がじわりと熱くなるのを感じた。
夜になり、光太は自宅でギターケースを開きながら、先ほどの未来の姿を思い出していた。
秘密を打ち明けられたという親近感に加え、彼女の弱さや不安を間近で感じたことで、心が揺さぶられている。
「こんなの、ただの友人関係じゃないよな……」
そうつぶやきながら、光太はギターを軽く爪弾いた。
でも、彼女への想いをはっきり言葉にする勇気はまだ出ない。
ただ、今は彼女にとっての支えになりたいと思う気持ちだけが強く胸に残っていた。