近づく距離、交わす想い
「光太くん。今ちょっと時間ある?」
未来が大学の中庭で話しかけてきたのは、昼休みの賑やかな時刻だった。
光太はサンドイッチの袋を抱えたまま振り返り、「うん、どうした?」と声をかける。
「ごめん、ちょっと落ち着ける場所に行きたいんだけど……ついてきてくれる?」
そう言う未来の目には不安そうな色が浮かんでいた。
光太は胸が高鳴るのを押さえながら、「わかった」とうなずいた。
時間をおいてから二人で校舎裏へ移動した。
そこは昼休みでも人が少なく、風の音だけが耳に残る。
「少し前に話したこと、実はあれから気持ちが揺れてて……」
未来は携帯を握りしめながら、言いづらそうに視線を落とした。
「実際に配信をするとき、緊張で手が震えて、これで本当に稼げるのか不安になるんだ。でもお金がないと母の負担が増えるし……光太くんは、こういう働き方ってどう思う?」
光太は彼女の言葉を聞き、少しだけ眉を寄せた。
「どう思うかって言われても……たしかに抵抗はあるし、未来が危険な目に遭わないか心配だよ。まあ、やらないで済むならそのほうがいいよな」
「うん、そうだよね。でも、今さらやめると家計が回らない。バイトを増やしても体が持たないだろうし……」
未来の声がかすれたようになり、光太は思わず彼女の肩をそっと支えた。
「無理しすぎないで。俺、具体的に何ができるかはわからないけど、もし相談があるならいつでも言ってくれ」
「ありがとう。それだけで、少し救われる気がする。私、あんまり友達に弱みを見せられないタイプだから、こうやって話せるだけでも助かるんだ」
未来は苦笑いを浮かべていたが、その笑顔には何かほっとしたものが含まれていた。
光太は胸の中に、守ってあげたいという感情がふくらんでいくのを感じる。
「あ、そうだ。さっき拓海と一緒にレポートまとめてたんだけど、あいつも心配してたよ。顔は軽そうだけど、根はいいやつだしさ。もしよかったら協力してもらうのもありかも」
「そっか。拓海くんか……うん、そうだね。でもあんまり人を巻き込みたくないっていうか……」
「遠慮するなよ。俺たち、そういう仲間だろ?」
光太が言葉を添えると、未来は少し照れたようにうなずいた。
昼休みが終わりに近づいたので、二人は校舎裏から教室へ戻ることにした。
移動しながら、光太の頭には考えが渦巻いていた。
自分にとっても刺激的な秘密を共有しているはずなのに、なぜか心はほんのり温かい。
「こんな気持ち、どう整理すればいいんだろう」
そうつぶやきかけたところで、未来の袖がちらりと風にあおられ、彼の腕に軽く触れた。
一瞬の出来事だったが、そのわずかな接触に胸が弾んでしまう。
彼女も気づいたのか、ほんのり耳を赤くしてさりげなく袖を引き戻した。
どこかくすぐったい空気をまといながら、二人は再び人通りの多い廊下へ入っていった。