彼女の理由と守りたい想い
「光太くん、ちょっと時間ある?」
そう声をかけてきたのは、大学の空き教室でノートを閉じていた三浦 未来だった。
光太は一瞬きょとんとしたが、彼女の表情がどこか思いつめたように見えて、「うん、いいよ」とうなずいた。
未来は周囲を気にするように視線を動かしてから、静かに唇を開いた。
「もう、隠しても意味ないよね。動画のこと、光太くんに知られちゃったし……」
光太は座っていた椅子から立ち上がり、そっと彼女の隣に移動した。
「ごめん、俺、どうしても気になって……でも、深く追及するのは悪いかなって」
「ううん、見られたのは私が配信してるんだから仕方ないよ。ただ、大学や母には絶対ばれたくなくて……」
未来は消え入りそうな声でそうつぶやくと、少しだけ胸を張るように深呼吸した。
「私、父が亡くなってから母と二人暮らしなんだけど、生活がけっこう苦しくてね。奨学金だけじゃ足りなくて、バイトを掛け持ちするにも限界があったんだ」
「……それで、配信なら効率がいいと思ったわけか」
光太は声をひそめて尋ねた。
未来はうなずきながら、自分の指先をぎゅっと握りしめた。
「本当は、こんなことよくないってわかってる。でも、お金が必要だし、夜の時間を使えば授業に影響が少ないから……そう考えて始めたんだ」
「そっか。無理してるんじゃないか?」
「うん、正直、きつい。でも、母に余計な負担をかけたくないし、私が稼げば学費もなんとかなるから……」
彼女の瞳は強がるように揺れていた。
光太はその表情をまじまじと見つめてから、小さく息をついた。
「相談相手とか、いないの?」
「ゼミの仲間や友達には言えないよ。こんなこと言ったら噂になって大変だし。だから光太くんにだけは黙っててほしいの」
未来の声は震えていたが、その奥には切実な願いがこもっているように感じられた。
光太はもう一度深くうなずいた。
「わかった。誰にも言わないよ。ただ、俺で力になれることがあれば何でも言ってくれ」
そう伝えた瞬間、未来の視線が少しだけ安堵に変わるのが見えた。
「ありがとう。こんな話、誰にも言えなかったから、ちょっと気が楽になったかも」
光太は胸の奥に奇妙な感覚を覚えた。
友達以上にも思えるし、でも恋人とは言えない、この不思議な距離感が自分を落ち着かせない。
それでも、彼女の表情が和らいだことは素直にうれしく感じた。
場所を移して廊下を歩くと、向こうから石川 拓海が手を振りながら近づいてきた。
「光太、なんかいい雰囲気じゃねえか?」
「そ、そうかな。別に普通だけど」
「おっ、未来も一緒か。なんか二人とも顔が赤いけど?」
拓海がにやりと笑ったのを見て、未来はうつむき気味に小声で挨拶をした。
「こんにちは、拓海くん。ちょっと光太くんと話してただけ」
「まあまあ、あんまり俺の前でイチャつくなよ」
「だ、誰がイチャついてるっての」
そう言い返した光太の声が妙に上ずっていて、自分でも恥ずかしくなった。
未来は小さく笑いながら、少しだけ拓海に会釈をして足早にその場を離れた。
「なあ光太、あの感じはどう見てもただの友達じゃないぞ。何かあったのか?」
拓海は軽く目を丸くして光太の背中をのぞきこむように笑う。
「……ちょっとね。まあ、いろいろと相談があってさ」
「ふうん。だったらちゃんと支えてやれよ。あの子、どことなく無理してる感じするし」
「わかってる。俺なりにできることを考えてみるよ」
光太はそう答えながら、胸の奥に不思議な決心を抱いていた。