彼女の声を届けるために
「未来、ちょっといいかな」
光太は学生課の前で三浦 未来を呼び止めた。
彼女はうつむいたまま、「何か用事?」と小声で返事する。
「いや、その……噂の件で大学に先手を打ちたいと思ってて。
俺と拓海でいろいろ動いてるんだけど、やっぱり一番大事なのは未来の話をちゃんと聞いてもらうことだと思うんだ」
未来は顔を上げ、学生課のドアを見つめながら息を飲んだ。
「私が自分で行って説明するってこと?」
「うん。配信のことを正直に話すのはリスクあるかもしれないけど、ちゃんと経済的に苦しかったからやむを得ずやってたって伝えれば、理解してくれる人もいるはずだよ」
「でも、その結果どうなるか考えると……」
未来の声は不安げだが、光太は少し強い口調で続けた。
「何も言わないと、一方的に噂だけが先行して、取り返しがつかなくなるかもしれない。そうなったらもっとこじれるだろ?」
未来はしばらく無言でいたが、やがて小さくうなずいた。
「わかった。私、勇気を出して話してみる」
「大丈夫、俺も一緒に行く。サポートだけでもできるから」
場所を移して、二人は学生課のオフィスへ入った。
デスクに座る職員に事情を簡単に伝えると、少し驚かれた表情を返される。
「配信に関して……なるほど。
正直言って、大学としてはあまり好ましくない行為と捉えがちですが、何か事情があるんですね」
職員が穏やかな口調で応じると、未来は少し息をのみながら言葉をつないだ。
「はい。母と二人暮らしで、奨学金だけじゃ学費が足りなくて。
バイトを複数やる余裕もなかったんです。
それで配信に頼らざるを得なくて……」
光太は隣で小さくうなずきながら、合間に職員に説明を加える。
「ただ、その配信がいろいろ誤解されて“あの子はAV女優だ”っていう噂まで飛び火してるんです。未来は本当に追い詰められてるんです」
職員は真剣な表情でメモを取り、何度もうなずいていた。
「なるほど。まずは大学として、経済的な援助を検討してみましょう。
それと、誹謗中傷がひどいなら、その事実関係も調査する必要がありますね」
未来がほっとしたように肩を落とし、「ありがとうございます」と小さく頭を下げる。
光太も少し胸が温かくなった。
オフィスを出ると、未来は「思ったより親身になってくれたね」と静かにつぶやいた。
「だろ?最初からあきらめてたら何も進まないし」
「うん。これでちょっとは希望が出てきたかも。もちろん停学になる可能性は消えないけど、話を聞いてくれただけでも救われる気がするよ」
光太はそれを聞いて、少し照れたように笑った。
「よかった。あとは拓海が掲示板やSNSでもちょっと動いてくれてる。
誹謗してる連中に丁寧に応対して、少しずつ落ち着かせようってさ」
「拓海くん、すごい行動力だね。本当に助かるよ」
「俺も微力ながら加勢してるけどな。あと、母子家庭に対しての学費援助の制度もあるみたいだし、それも調べてみよう」
未来は小さく微笑み、「うん、ありがとう。
光太くんがいなかったら、私きっと何もできなかったな」とつぶやいた。
その瞳には、これまでにない安堵の色が宿っているように見えた。