【6】
「翼、最近楽しそうだね」
わざとらしい笑みで訊いて来る美羽。
「まーね、恋してるから。……片想いじゃなくなったんだ」
おそらく彼女は察しているだろう。わかってはいたが、はっきり言葉にする。
「やっぱりそうか~! よかったね、おめでと。……例の『好きな人』でしょ?」
「そうだよ。てか、この短期間で相手が変わってたら節操なさ過ぎない?」
「そりゃ間違いないわ」
ケラケラと笑う友人。
結局美羽は、「翼と付き合っている」ではなく「実は好きな人がいるけど、きっと叶わない。訊かれると辛いからそっとしておいて」という『設定』を使うことを選んだそうだ。
去年のあの話し合いの少しあと、本当に仲がよくて信頼できる友人ひとりだけに事情を伝えたと聞かされた。
翼も知っている、同じ学科の笑理に。おそらく女子では美羽と最も親しい存在だろう。
「なんで話してくれなかったの!? あ、ううん。無理だよね、私がどんな人間かもわかんないのにそんな大事なこと。……私知らなかったから、美羽を追い詰めるようなこと言ったりしたりしちゃった。ゴメン。ホントにごめ──」
涙を堪えて唇を嚙み、自分を責めていたという笑理。
所謂合コンに連れ出そうとしたり、「美羽、そんなキレイでスタイルもいいんだから、絶対すぐいい男見つかるよ!」と急かしたりしたことを、何度も謝って来たらしい。
翼が美羽から打ち明け話を聞いたあの切っ掛けのシーンも、そういった場に誘われていたのかもしれない。笑理にしてみれば、好意からだったのは間違いないのだろう。
結局、それ以外の人間には表向きの設定で押し通すことにしたのだとか。それも笑理と二人で練った案だという。
『詮索好きって結構いるけどさ。逆に適当な情報与えて「苦しいから訊かれたくないの。あなたならわかってくれるよね」って言われたら、大抵は「友達の心に寄り添う優しいワタシ」に満足すんのよ。それでも通じない鈍い奴は無視でおっけー』
二人で話し合った場で、笑理が真顔で美羽にそう言い放ったと聞かされた。
正直、それを知って真っ先に感じたのが「……女の子っておっかないんだな」だったのは、美羽も含めて女子には何があっても漏らせない。
もちろん笑理には絶対に。
◇ ◇ ◇
慶尚の部屋で過ごす、穏やかで大切な時間。
翼は母親を亡くしてからもう十年、父親と二人で暮らしていた。
当然家事もどちらかがするしかないのだが、父には仕事がある。翼を養い、中学から私学に通わせて安くはない学費を出してくれている父。
できるだけ父に負担を掛けないために、家事は可能な限り翼が引き受けるようにして来た。時間の余裕からもそれが自然だと思っているからだ。
最初は何も知らず手際も悪く、すべてを母に頼っていたことを嫌でも思い知らされてひとり涙したこともある。それでも毎日続けるうちに、いつの間にかこなせるようになっていた。
だから翼は家の中のことは大抵できるのだ。
「僕、家事は何でも得意だよ。料理も掃除も洗濯も。もしよっくんが家弄られんのイヤじゃなかったら、何でもやるから言ってよ!」
初めてこの部屋に呼ばれた際、彼にそう告げた。慶尚のために何かしたかった。自分の想いに応えてくれた恋人に。
「うん、まあ。一緒に食べる料理作ってくれたら、それはスゲー嬉しい。ただ、一口コンロだからやりにくいと思うけど。でも掃除やら洗濯やらはやんなくていいよ。俺は確かに家事できる方じゃないけど、恋人にそういうの押し付けるのは違うんじゃないか?」
怒りも呆れも感じなかった。ごく普通に、彼は自分の考えを話したのだろう。
翼の選んだ恋人は、こういう人なのだ。
見た目はなかなか格好良くて強そうなのに、実は弱気で後ろ向きで、──どこまでも優しい。