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Bitter Sweet Candy  作者: りん
7/13

【5】

 明るくて面白くてよく喋る、ふざけた愉快なキャラクター。

 大きな身体に見合って細かいことを気にしない、ちょっといい加減なところもある、けれどとてもいい人。

 表向き見せているそういう姿も決して嘘ではない。だからと言って、それがすべてでもないのだ。


 慶尚は根本的に自分に自信が持てない性格だった。

 身長は百八十五センチを超える。人混みから頭一つ出るというほどではないが、一般的には紛れもなく長身の部類に入るだろう。

 ひょろひょろで縦に長いだけというわけでもなく、それなりにがっしりした体格でもある。

 ただ実際には完全なインドア派で、いかにもなスポーツマン体型の割に運動は苦手なのだ。

 大学に入ってからは体育も必修ではないため、体格とのギャップであからさまに落胆される機会もない。結果、陰で「見掛け倒し」と嘲笑されたりすることもなくなり、ホッとしていたくらいだった。

 そこにいるだけで目立ってしまうこの身長も体格も、慶尚にとってはむしろ無用の長物でしかない。


 逆に翼は、身長は慶尚より二十センチ以上は低い。

 肩に届かないのではという程度だが、運動神経はいいらしかった。「中学はバスケ部だったんですけど、背が伸びなくて。高校からはやめました」と入部してすぐの頃に話していたのを覚えている。


 さらに彼は、確かに身体は小さいかもしれないが性格は相当に強気だ。

 口調も言葉もかなりはっきりしていて、辛辣だと感じることも多かった。だが、決して誰にでも攻撃的な態度を取るわけではない。

 可愛い顔に似合わず表情がきついのでわかりにくいが、彼はむしろ普段は落ち着いて冷静な方だろう。

 声を荒らげて威嚇するのではなく、淡々と理論で相手を攻めて行くようなタイプだ。

 とにかく、翼を見ていると飲み込まれそうになる自分がいるのだ。彼の放つエネルギーに圧倒されてしまう。


 ──絶対に勝てない。


 だが、そこまで考えたところで慶尚はふと気づいた。

 勝つ必要などあるのだろうか。何故だ? 自分はいったい何と戦っているというのか。

 ……翼は、敵ではない。

 目の前を覆っていた重苦しい霧が、いきなり晴れて行くかのような気がした。


 やはり彼は強い。そういう翼に慶尚は惹かれていたのだ。間違いなく。

 慶尚が拘っていたもの。無意識のうちに囚われていたもの。

 そんなあれこれを取り払ってみれば、最後にそこに残ったものは。

 ……いったい何なのだろう。


 けれども、これは本当に恋愛感情なのだろうか? 翼の熱に煽られ引き摺られて、何かしら間違えているだけではないのか?

 情けない話、自分ならば十分その可能性はあると考えざるを得ない。

 そのまま、ベッドに入っても明け方まで眠れずに考え続けた結果、義尚は翼にメッセージを送った。


『今日、大学行ったら会って話したい』

 この上なく簡単で、だが意味深なメッセージを。


「お前には負けるわ」

 それが慶尚の第一声だった。


「でも、もう俺はそれでいいよ。だからよろしく頼むな」

「やっとわかったの? 遅いね、今まで何やってたんですか」

 慶尚のそれこそやっと(・・・)の告白に対する翼の返答に力が抜ける。

 仮にも恋人になった相手に面と向かって平気でそんな言葉を吐ける翼には、慶尚はこれからも一切勝てる気はしない。

 ただ、別に勝つ必要はないのだ。これはそもそも勝負ではないのだから。

 恋愛に勝ち負けは必要ないと納得できたことがひとつの収穫と言えるのだろうか。

 そんな風にひとりで納得していた慶尚に、翼がまた想定外過ぎる話を振って来たのだ。


「ねぇ、だったらさ。これからは翼って呼んでよ。僕もよっくんって呼んでいい?」

「え、待って。なんでよっくん?」

 狼狽えながらもとりあえず問い返した慶尚に、翼は平然と返してくる。


「よっちゃんの方がいい? 『よしひさくん』てちょっと言い難いからさ」

「だから、なんで『くん』なんだ?」

「あ、そっか。『よしひささん』、がよかった? さが続いて余計ややこしいけど、呼んで欲しいならそうするよ?」

 ……確かに、自分はどう考えても『慶尚さん』という柄ではない。残念ながら。


「……いや、よっちゃんでもよっくんでも、お好きにどうぞ」

「ありがと! よっくん」

 翼の、整った美しい顔に相応しい花が(ほころ)ぶような笑みに、慶尚はもう何もかもどうでもよくなってしまった。

 彼がこれほど屈託のない笑顔を見せることはそうはないからだ。

 というより翼とはサークル仲間として一年以上の付き合いになるが、慶尚の記憶のどこにもなかった。

 この程度のことで彼が喜ぶのなら、もうそれでいい。


「あ、もちろんみんなの前では今まで通り、ちゃんと『真崎さん』て呼ぶから。敬語ってか丁寧語はこれまでも甘かったけど、うちのサークルの伝統だからそれはもういいでしょ?」

 抜け目ない翼の言葉に、慶尚はまた感心する。

 彼は『空気が読めない』と言われることもあるが、そうではなく敢えて『読まない』のだろうとかねてから捉えていた。

 他人など一切気にしていないように見えて、意外と人間関係や場の雰囲気をしっかり把握していると感じていたのだ。

 一見適当だったとしても、真に失礼なことを言ったりしたりはしない。


「……あー、そうだな、まぁよろしく」

 もう俺は完敗だ、と慶尚は降参する。黙って翼の言うことを聞いておけばいいのだ。

 けれど、きっとそれが正解なのだろう。

 これからは翼にすべて任せて、引っ張って行ってもらうことにしよう、と心のうちで勝手なことを考えていた。


 二歳年下でずっと小さな、でも心が強くて頼りになる翼に。可愛い笑顔の慶尚の『彼氏』に。


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