【3】
規模も大きくはない同じサークルに属するメンバー同士、さり気なく逃げ回るにも当然限界がある。
慶尚は、ある日とうとう翼に捕まってしまった。
「真崎さんが好きなんです」
やはり翼は空気を読んで引いてなどくれなかった。
「だから僕と付き合ってくれませんか?」
それとなくわかってはいても、なんとか誤魔化してなかったことにしてしまいたかった現状を明確に突き付けられて、慶尚は返事に困る。
「……わからないんだけど、なんで俺なの?」
それでも黙っていたら承諾したことになってしまうので、仕方なく何とか言葉を繋いだ。
「お前だったら、他にいくらでも尽くしてくれそうなヤツいるだろ? それだけ可愛いんだし。何もこんな脈のない男追い掛けなくても」
「なんでって、僕が真崎さんがいいからに決まってるじゃない」
言外に『俺は無理だ、諦めろ』と告げても、目の前の後輩は平然としている。
「具体的にどこがどう好きか、説明した方がいい? いくらでもするけど、ちょっと長くなりますよ」
「……いや、いいわ」
理由が訊きたかったわけではないのだから。それくらい、翼も理解してはいる筈だ。
「だいたい、どうでもいい男に好かれても少しも嬉しくなんかないんだよね。僕は好かれるなら誰でもいいとか、尽くして欲しいとか全然思ってないんだけど。真崎さん、ちょっとズレてません?」
翼は淡々とした口調で、しかし結構辛辣な言葉で返して来た。
「それに、ホントに嫌われてたらさすがの僕も無理強いなんかしないよ。ずっと前からあなたを見てきたつもりだから。……意味わかります?」
ぱっと人目を引くほどの綺麗で可愛らしい顔に、いかにも気の強そうな笑みを浮かべて話す翼は、慶尚の目には全身から自信が溢れているように見える。
「……いやまあ、お前のことは嫌いじゃないよ。それは確かにそうなんだけど」
きっとこういう優柔不断なところが、翼に付け入る隙を与えているのだとわかってはいる。
彼にの言うとおり、本当に嫌ならはっきりきっぱりと拒絶すればいい。いや、してやるべきだ。
実際に翼は慶尚を押しに弱いと、強気で押せば落ちると思っているのだろうし、それは他の面では間違ってはいない。
……いない、と自分でも認めざるを得ないのが、どうしようもないのだけれど。
しかし、いくら何でもこのケースに強引に当て嵌めるのは止めて欲しい。慶尚は遠い目で、他人事のようにそう考えていた。
「お前はいい奴だし、可愛いとも思ってる。でも、それとこれとは別じゃないか? それに、何より俺はお前には似合わないだろ」
「あのね、真崎さん」
慶尚の言葉に、翼は諦める素振りも見せず静かに食い下がって来る。
「僕の心は僕だけが決められるんだよ。真崎さんの気持ちを僕にはどうにもできないのと同じで。だから勝手に合わないとか決めつけないで欲しいんだけど。僕はあなたがいいって言ってるのに、それを無視して一方的に答えを出さないで」
「あー、でもな、俺も、──」
「もし恋人として付き合うのは考えられないって言うのなら、とりあえずはそういう関係だけでもいいから。最初はなんだっていいんだよ」
翼の、年相応には見えないあどけなささえ残るその顔、表情。
常には引き結ばれている、今はカーブを描いた唇から吐き出されたとは思えないような大胆な台詞に、慶尚は答えに詰まる。
「それも無理ってほど、僕に魅力を感じない?」
『そんなワケないよね?』とでも言わんばかりに、斜め下から妖しげな目線を寄越す彼。
これは『会話』として成り立っているのだろうか。いったいいつの間に、そんな話になったのか。
……このまま流されたりしたら、本当に洒落にならないことになってしまいかねない。
「繰り返しになるけど。真崎さんが僕を嫌いだとか、気持ち悪いからやめてくれって言うならもちろんそうしますよ、すぐにでも。でも、そうじゃないでしょ? それとも、全部僕の勝手な思い込みなの?」
内容とは裏腹に、そんな風には少しも思っていないだろう声で翼が畳み掛けて来る。
この後輩のこういう部分が、慶尚にはあまりにも眩しかった。だから一緒に居たくはないのだ。
しかしそれを口に出す勇気はない。言葉にしてしまえば、その瞬間それが己の真実になってしまいそうだから。
認めたくない自分の弱さをわざわざ形にして見たいと思うほど自虐的ではなかった。
「お前の気持ちはわかった。でも、俺もすぐに答えを出すのは無理なんだよ」
姑息な時間稼ぎだとわかってはいたが、慶尚は今にも追い込まれてしまいそうな雰囲気に耐えがたくなって逃げを選んだ。
「だからさ、少し考えさせてくれないか?」