【1】②
学科自体が少人数ということもあり、彼女とはそれ以来大学で顔を合わせるたびに話すようになった。
「あ、そうだ。小林さん、──」
「ん~、何?」
「あ、はーい!」
背後からの翼の呼び掛けに、どちらも席に着いていた二人の『小林さん』が同時に振り向いた。美羽と和歌。
「あの、美羽さんの方。ごめんね、えっと和歌さん」
「ううん、気にしないで」
慣れているのか、平気な顔でまた前を向く和歌に安心する。
「もう『美羽』って呼んでよ。ややこしいしさ」
席を立って、座席間の通路にいた翼のもとに歩いて来た美羽が嘆息しながら切り出した。
「わかった。美羽さん、あのさ……」
「同級生なんだからせめて『ちゃん』じゃない? いや、そうしろって意味じゃなくて美羽でいいよ。あたしも翼って呼ぶから。いい?」
話し掛けた翼を遮って、美羽が宣言する。
「もちろんいいけど。なんか僕、女の子呼び捨てにするの初めてだから緊張するな」
「気にすんな! あたしだって男呼び捨てにしたことないよ。大学デビューってことでいいじゃん!」
そうして気がつくと、彼女は翼にとって学科内で最も親しい友人になっていたのだ。
◇ ◇ ◇
「美羽、サークルどうする?」
「あ、もう入った」
翼の問いに、彼女はあっさり答える。
「え!? どこ?」
「児童文化サークル」
その名称だけでは、翼にはまったく内容の見当もつかない。わかるのは「子どもについての何かなのだろう」ということだけだ。
「……それ、どういうことすんの?」
「うーん、ざっくり言えば子ども相手のボランティアその他、かな。絵本の読み聞かせしたり遊び相手になっだり」
「子どもにだったら、小学校行ったりとか?」
「小学校は、PTAのママさんたちが読み聞かせサークル作ってされてたりするから。あたしが入ったとこは、放課後学童クラブとか養護施設とか行ってるみたい」
失礼ながら意外だった。
とはいえ、この友人のことをそこまで知ったわけでもないのだが。
「翼はどうすんの? てか入る気あるの?」
「……懇親会で上級生が『絶対どっか入った方がいい!』って言ってたからさ。一応、誘われて見学行ったりはしてるんだ。集団でなんかするのはやめときたいからスポーツ系はアウトだし。厳しいからとかじゃなくてね。今んとこ、創作サークルってのが第一候補かな」
「創作? すっごい漠然とした括りだね」
その疑問は当然だろう。
正直、翼も勧誘されたときは「いったい何のサークル?」と訳がわからなかった。
「僕が考えてるとこは文章と絵がメイン。個人製作で自由らしいし、何するとかしちゃダメとかは決まってないみたいなんだ。だけど立体造形なんかは、場所や道具が大変だからなぁ。あ、でもプラモやフィギュア作る人は居るって聞いたな」
「へー。翼は? そこ入って何すんの?」
「僕は絵を描くの好きなんだけど、別に上手くないしただのイラストだから。美術部も見に行ったけど本気過ぎてさ。レベル違うな、ってすぐ撤退」
「そうなんだ! ね、もしよかったら描いた絵見せてよ。見せてもいいと思えるのが描けたらでいいから」
社交辞令という感じではなく、身を乗り出して目を輝かせている彼女。
「いいけど、ホント大したことないよ」
「翼が謙遜すんの珍しくない? いや、あたしもそんな付き合い長くないし、どこまで知ってるんだって言われたらアレだけど」
「謙遜じゃないからね。単なる事実。人と比べてってのもなくはないけど、そもそも自分の中で要求するレベルに全然届いてないんだよ」
絵について議論でもしているならともかく、普通はここまで説明はしない。面倒な奴だと引かれるのがわかりきっているからだ。
だが、美羽になら話してもいいと思った。
「……成程。深いね~」
感心してくれているのに申し訳ないが、深くもなんともないのだ、実は。
「いや、僕が未熟なだけ。だから逆に絵を見せるのは平気なんだ。ただ、あんまり期待値上げられると困るからさ。あと『褒めなきゃ!』ってプレッシャー掛けたら悪いじゃん?」
「まー、それはなんとなくわかる。あたし、お世辞って苦手だし下手だからさ。そりゃ『うーん……』と思っても、『ダメだね』『ヒドイよ』とはさすがに言うわけないけど」
「僕はその方がいい。お世辞なんて要らないし。じゃあ今度持って来るよ、スケッチブック」
約束を交わして、二人は互いに次の予定に向かった。