【8】
いつもの如く二人並んで、彼の部屋のベッドに腰掛ける。
学生の一人暮らしの狭苦しいワンルーム。
そもそも家具といえばこのベッドと、食卓・勉強机兼用で一年中出したままになっている炬燵、洋服を掛けておくパイプハンガーと本棚代わりのボックス程度しかない部屋だ。
座るとすればベッドか、家具の隙間の床に直接しかない。炬燵で食事するときの座布団くらいあってもいいのではないかとは思っている。
常に喋り続けていると言っても過言ではない慶尚が、今日は何故か何度も話を途切れさせていた。
翼は沈黙が続いても一向に構わないのだが、『普段とは違う』という一点については多少気にかかる。
「なぁ、翼。あの、──」
どうしたのか、と尋ねようとしたタイミングで、彼が何か言い掛けた。
「翼。その、一回したいんだけど、……いいか?」
「したい、──え! あ、入れる、ってこと?」
翼の直接的な言葉に、彼は一瞬答えに詰まったように見えた。
しかし、他にどう表現すればいいのか。
「そうだよ。……ああ、でも翼がイヤなら無理しなくていいんだ!」
「イヤなわけないじゃん。でも、僕もやり方はよくわかんないんだけど」
男同士で愛し合う方法にまったく心当たりがない筈もない。大まかには把握している、と思っている。
「え、そうなのか!? あ、したことないのはもちろん知ってるけど、知識としても?」
「『全然想像もつきませ~ん』なんていう気はないけど、具体的なことは。だって自分がホントに『そう』だなんて、よっくんを好きになるまで自覚してなかったもん。言ったでしょ?」
彼は翼が話すまで、未経験だとは知らなかった。
それはともかく、当然経験者だと見做されていたようだ。どれだけ遊んでいると思われていたのか、と少し残念な気持ちもなくはない。
「なんかさ、いきなりは無理らしいってくらいは知ってる。準備が要るんだって」
「準備。……どういう?」
「だからわかんない。調べてみる? 絶対そういうサイトあるよ、今の時代」
「──よし、もうそれしかないか」
無言で立ち上がった慶尚が、タブレットを携えて戻って来た。
二人して効果的な検索ワードを考えて打ち込んでみる。羅列されたサイトの表題を眺めながら、真面目そうなサイトを探して行った。
当然ウイルスソフトは入っているとはいえ、あまりにも怪しいサイトを訪ねるのは危険だ。
なんとか役に立ちそうなところに検討を付けて順に開いて行く。いくつ目かで、当事者が冷静かつ丁寧に教えてくれているサイトに辿り着いた。
ひとつひとつ、未知の世界を覗くかのように知識を仕入れながら、己の真剣さにふと笑いが零れそうになる。
「ねぇ、僕たち何やってるんだろうね」
「……まったくだ」
隣の恋人に目を向けると、同じくこちらを窺っていた彼と目が合った。
翼の言葉に苦笑して頷く慶尚に何故だか安心する。期待と不安を共有できているようで。
それでも二人は、またすぐタブレットに視線を戻した。
画面を指でスクロールしながら、準備の手順を確かめるとともに必要なものをリストアップして行く。
「えーと、こんなもん?」
「……、うん。抜けてるものなさそうだけど?」
メモを示しながら訊く慶尚に、翼もざっと目を通した上で承諾を返した。
「意外と普通、ってか『特殊』なものはないんだな。その辺で買えそう。ああ、買えそうなもの上げてくれてるのかもな」
確かにそうかもしれない。
サイトの文章からも、お仲間である管理人の隅々まで行き届いた心配りを感じる。
だからと言って、さすがに近隣の普段使いのドラッグストアで「如何にも」な品を揃えるのはなかなか難易度が高かった。纏めて買えば、それとなく使い道がわかりそうな気がする。
いくら店員もプロでいちいち気にしないとわかってはいても、だ。
離れた場所の馴染みのない店舗に行って、あちこちで単品ずつ買うという手ももちろんある。しかし、なぜそこまでコソコソしなければならないのか、という気持ちもあった。
結局、慶尚と話して実店舗よりもネットで買おうと決める。そのために、新たに検索を続けた。
『翼、今日届くって連絡来た』
数日後、大学で講義の合間に受け取った慶尚からの簡潔過ぎるメッセージ。
追記は何もないが、一緒に荷物を待って欲しいのだな、と解釈する。
その程度の行間が読めるくらいには、彼のことが理解できて来た。どうでもいいが、あれだけ饒舌な恋人がメッセージは常に最低限なのが不思議な気はする。
大学の外で、翼はいつものように待ち合わせて彼の部屋を訪ねた。
心ここにあらずといった調子の慶尚は、チャイムの音に息を呑んで立ち上がる。
彼がちらりと寄越した目線は故意に知らぬふりで受け流した。ここは翼の家ではないのだから、本人が出るのが筋だろう。
「真崎さん、こちらでお間違いないですか? はい、ではここにハンコかサインを」
仕方なさそうに玄関先に向かった彼が配達員と定型のやり取りをしている。
翼はベッドに腰掛けたまま、さして距離もない恋人の背中を無言で見守っていた。
「……来た」
慶尚が、まるで爆発物かのように両手を伸ばして運んできた小ぶりな段ボール箱を、炬燵の上に置いた。
「じゃ、開けよっか」
いやに重々しい恋人の声に、翼は敢えて気にせず軽く答えてみせる。
一緒に暗くなっては意味がない。これは慶尚と翼の明るい未来への第一歩なのだから。
二人で炬燵を挟んで座り、小さな箱を彼が大きな手で慎重に開梱して行く。まるで『開封の儀式』だな、と笑みが零れそうになって、翼は口元を引き締めた。
まさしく儀式なのかもしれない。二人が未知の領域へ踏み出すための、大切な。
今夜。
ある意味純な恋人同士の関係は一段階進むのだろう。しかし本質は変わらない筈だ。
──純粋なまま、何ひとつ。




