【7】②
「そんなわけないだろ! 何言ってるんだよ、お前は!」
普段とはまるきり立場が逆転したような状況に何か思う暇もなく咄嗟に声を上げた慶尚は、そのまま言葉を繋いだ。
「俺は確かに、年下のお前から見ても頼りない男だろうとは思うよ。でもな、全然何も考えてないわけじゃないし。言いたいことがあるんだったら何でも言えよ。全部聞いてやれるかはわからないけど、それでも知らなかったらどうしようもないだろ」
「……うん」
「そんな赤の他人みたいな遠慮しててこれから続くのか? 俺とお前は恋人同士じゃなかったのか? 俺に嫌われないようになんて、そんなこと心配しなくていいのに。でもそれも、俺がちゃんと意思表示しなかったからか?」
慶尚の問いに、翼はまだ言葉は出ないようだが、必死に首を左右に振る。
「なぁ、もっといろんな話しようよ。俺たちには会話が足りなかったんじゃないかな。俺がひとりいい気分になってる裏で、翼が悩んでたんだったら。それを俺だけが知らなかったんなら。そんなの、二人で一緒にいる意味ないだろ?」
「わかった」
いつもとは人が違ったような真崎の剣幕に気圧されたらしく、ようやく慶尚の方を向いた翼は、ゆっくりと瞬きをしてから口を開いた。
「……真崎さんはさ、背が高くて結構カッコいいのに、僕のこと『チビが生意気』とか『顔で得してる』とか、冗談でも絶対言わなかったじゃん? 僕、そういうところがいいな~って。この人、いいな、って……、そっからどんどん好きになって行ったんだ」
「いや、そんなの当たり前だろ? その程度のことで何言って、──」
慶尚の言葉に被せるように、翼が話し出す。
「それを『当たり前』だと思わない奴ってフツーに多いんだよ。ホラ、僕ってこの通りの美少年だから妬まれちゃうのかもね。ちょっと笑っただけで媚びてるとかなんとか陰口叩かれたりして、もうなんかめんどくさくなっちゃってさ」
「翼……」
「どうせ何やってもやんなくても悪く取られるんなら、愛想よくするのも周りに気を遣うのもバカらしくなって止めたんだ」
冗談めかして軽く見せてはいても、今にも泣き出しそうな翼の表情に慶尚は胸を締め付けられるような気がした。
「……そういうの、もっと早く聞きたかったよ。俺、全然知らなかった。翼がそんな風に、……辛い思いしてたなんて、ホントに全然。ゴメンな。他にもあるなら、少しずつでいいから教えて」
「うん。これからはなるべくそうする」
慶尚の言葉に、翼はようやく小さく笑う。
恋人の口から紡がれた、慶尚が想像したことさえなかった彼の心のうち。
背が低いことはもちろん、おそらくは飛び抜けて美麗な顔立ちも、翼にとっては足を引っ張るものでしかないのかもしれない。
慶尚が、一般的には恵まれているのだろう長身や体格を枷としか思えないのと同様に。
明らかに優れた容姿で嫌な思いをするケースなど、まるで想定外だった。
……しかし、それは慶尚も同じかもしれない。「背が高い」「体格がいい」のが悩みだなどと言おうものなら、場合によっては嫌味に取られかねないだろう。
「……翼、俺さ。翼もよく『背が高くてカッコいい』とか言ってくれてたから、もしかしたら幻滅されるかもしれないけど」
慶尚は、一応前置きしつつも迷いはなかった。
「こんな図体してるのに運動苦手なんだよ。どうせなら見るからにできなさそうならよかったのに、いかにもスポーツマンって感じだからさ。『見掛け倒し』とか言われてイヤなこと多かったんだよな。だから背が高くてよかったと思ったこと、ホントに全然ないんだ」
「……うん、なんとなく、よっくんはそうなんじゃないかなって思ってた」
翼のその言葉に慶尚は少し驚いて、それでも彼の洞察力なら十分あり得るかもしれない、と納得する。
「俺、そんなわかりやすかった?」
「うーん、たぶん他の人はわかんないんじゃない? 気づいてる人が誰もいないかどうかまでは知らないけど。僕はずっと、ホントにずっと、よっくんのことだけ見てたからさ」
「そう、か」
こんな時に、と思いつつも顔が赤くなる思いがする。
「もし僕が、背が高いこと言うのがイヤだったんなら悪かったけど。僕は見ての通り小さいから、やっぱ背が高いのって羨ましい気はするし、よっくんがちょっとでも前向きに捉えられたらな~とは思ってたから」
慎重にひとつひとつ言葉を選ぶように告げて来る翼。
「……こういうの、他人が口出すことじゃないのはわかってるんだ。僕だって『小っちゃくて可愛い』とか『アイドルみたい』とか言われんの、相手は褒めてるつもりなんだってわかってても、あんまいい気しないし」
彼の気遣いを感じて、慶尚はきっぱりと答えた。
「翼のこと他人だなんて思ってないし、お前に背のこと言われてイヤだったことなんて俺はないから。揶揄うわけじゃなくて必ずカッコいいって言ってくれてたし、照れるけどやっぱり嬉しかったよ」
「ありがと。それならよかった。僕もさ、よっくんに『可愛い』って言われるのは全然イヤじゃない、っていうかすっごく嬉しい」
考えようによっては慶尚と翼は、お互いの抱える苦しみを他の誰よりも理解し合える関係なのかもしれない。
……会話というのは大事だ。
今更でも、恋人の抱えているものを少しでも知ることができて本当によかった、と慶尚は思う。




