八話 退場と参戦
スキマを抜け出てまず麗夜の目が知覚したのは眩しさだった。それは暗順応した目が外の明かりを眩しく感じたというわけではない。霊夢単体とウミ陣営による戦闘によって生じた、さまざまな攻撃が発する光が原因だった。
「不平等だ!力もなにも関係ねぇじゃねぇか!」
「なっ!」
クヲリが空を飛びながら圧倒的な速力で霊夢に剣を振り抜き、麗夜が思わず反応する。がその攻撃は胴体を通り抜ける。だが手応えもなく、血が吹き出るわけでもない。まるで霧か幽霊を相手に剣を降るかのようだ。
「私の能力は“空を飛ぶ程度の能力”。字面だけ受け取れば宙に浮く程度のものだけど、それは違う。私の能力を正しく字に表すのなら『何ものにも縛られない程度の能力』よ」
「つまり、攻撃がすり抜けた理由がそれかよ。攻撃にも縛られねぇってか」
「ええ、この力を使えば努力なんて無駄になるわね。
でも、つまらないじゃない。勝つだけの戦いなんてなんの価値もない。それで私もあなたと同じくこの力をあまり使わないようにしているのよ。だからクヲリ、あなたの気持ちが少し分かるかもと思っていたのだけれど」
霊夢は言葉を区切りわざとクヲリに失望の視線を送りながら、
「あなたは本当に平等か不平等かなんて基準で自身の力量を操作していたのね」
「黙れ、恵まれたお前に不平等が分かるかよ」
「おーい、挑発だよーあんまりカッカしないのー」
言いながら一騎討ちに乱入したルーミアが霊夢の頭に手をかざし闇で包む。が、効果がない。
次の瞬間ルーミアの横腹に赤い槍が突き刺さる。
「貴方の相手は「私たちだよ!」
「スカーレット姉妹!…いいよ、遊んだげる。」
その光景を横目に徐々に大雑把になっていく剣筋を補って余りある力と速力を加えて、クヲリは霊夢に攻撃を追加する。
Creating「不完全な盾」
さらにクヲリごと霊夢に力を奪う魔術が差し掛かろうとした時、
「そこまでだ!」
ここぞ、というタイミングを読み麗夜がウミが魔術を行使する直前の腕に魔法を放つ。
それは魔力の籠ったナイフを投げる。という魔法使いとしては不恰好な形の攻撃だったが、効果は絶大だ。ウミの腕は爆ぜ、体は痙攣している。
本来この魔法にここまでの威力はない。だがリソースがいっぱいになっているウミの魂に魔力を送り、魔法という概念を新たに与える特殊なナイフを使ったことでウミの体を壊すことに成功した。
「あれ~?なにこれ?」
「霊夢さん!ウミとクヲリとの距離を離してください!」
霊夢は思い出す。紫との一幕を。
『ウミとクヲリの距離を離せれば、ウミが弱体化する可能性が高いわ』
『どうしてそう思うの?』
『正邪から聞いたのよ。もちろん嘘をつけない状況下でね。
彼女が言うには、ウミにスパイ行為がバレた時、ウミは自分から手を下さずルーミアを使って正邪を攻撃したそうよ』
『それで?まさかその時そこにクヲリがいなかったからとか言うんじゃないでしょうね』
『そうね』
『……確証は?』
『ええ、前の異変で紅魔館に襲撃した二人のプレイヤーがいたのだけれど、ウミにはそれが宿っているわ』
『…』
『何故言い切れるのか不思議そうね。理由はその二人の片割れが見つからなかったからよ。本来なら死体くらいは見つかるのだけれどね。
そして、その二人は二人でひとつの魔術師だったのだそうよ』
『へぇ片割れだったらどうなるの?』
『私も同じ疑問を抱いて“ゲーム”の管理者と盾の魔術を使ってシミュレートしてみたのよ。どうなったと思う?』
『どうせ、ウミと同じ現象が起きたんでしょ』
『ええ、魔力を無尽蔵に与え続けて近くにプレイヤーを一人置けば、まるで片割れを補うかのように周りの物やエネルギーを吸収し大きくなっていったわ。麗夜のいったとうりまるで透明な木の根が急速に成長していく、そんな光景だった。
ウミの強さはその無尽蔵のエネルギーにあるわ。それを使って再生していたのね。
そしてそれは近くにプレイヤーがいなければ発動しない力よ。どうしてそう思うのかわかったかしら』
回想を終え霊夢は少し頭を振る。
「ええ、麗夜わかってるわ」
対ウミ装備を使っても稼げる時間は少しだろう。次の一手を霊夢に託し麗夜はウミとの戦いに集中する。
「ほら、クヲリ。私の手に触れてみなさい」
霊夢がクヲリに掌を向ける。
「ああ?……ああ、触れられるってことか畜生」
その真意は私に攻撃することができるぞ、との意思表示だ。つまり、クヲリに弱体化しろ、と交渉しているのである。
「ええ、流石にさっきまでのあんたの力じゃ負けることは無くてもあんたとウミを離すことなんてできないでしょうからね」
「自分が今斬られるとは思わねぇのか?」
「まあ、私だったら私を殺すわね。」
「はあ……lv90に引き下げたぞ。」
「ありがと。」
そして超人どうしの攻防が再開する。霊夢がギリギリ予備動作を目で追える速度で剣を縦に横に左斜めに、すべての攻撃を大振りで滅多矢鱈に振り抜くクヲリと、危なげなく全ての攻撃を回避しつつクヲリを吹き飛ばす霊夢。
気付けばクヲリはウミから遠く離れていて、霊夢は刃がかすったのか血だらけだ。両者は共に短期決戦を望んでいた。
クヲリと霊夢は同じタイミングで離れ力を溜める。
剣術「居合い…
霊符「夢想…
「斬りッ…」「封印!」
クヲリの斬撃が霊夢に届く手前で霊夢の弾幕が当たる。勝敗は決した。
「あーくそ、負けちまったなぁ」
そうクヲリは一言こぼし、消えていった。
「はっ!」
そこは永琳の部屋だ。クヲリはまるで悪夢から目覚めように体を起き上がらせ汗をかいている。
「負けたのね、クヲリ。じゃああなたはお役後免よ」
「あーーー、はい、そうですね…」
クヲリは今まで接続されていた装置に座り、情けなさが極まって下を向く。そこには見慣れた膝から下が無い自身の足があった。思わず足の切断痕をさする。
「確か小さいころに事故でそうなったとか言ってたわね」
「それで本当に足を付けてくれるんですか?」
「義足じゃなく本物のね。それだけの働きだったわ。…終わったわよ。そこのスキマを使って外の世界に帰りなさい。外では外の紫があなたを元いた場所に返すから安心しなさい」
「?終わったって何が…うお!足が付いてる!ハハハ!一生背負ってくもんだと思ってたことがこんなにあっさりとはな、あんたにとっちゃこんなもんか!ハハハハ!」
「…さようなら。真島 朗太さん」
ああ、美しくも儚き幻想郷よ。ここで退場とは名残惜しい。願わくばこのまま幻想郷が救われることを望む。
そんな感慨を残しながら自分の目的を達成したクヲリ、真島は外の世界へ帰っていった。
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「あ゛あ゛あ゛ァァァァあアア!」
槍が横腹を貫通した痛みを嘆くかのようなルーミアの絶叫が竹林を包み、ルーミアを中心に闇の球体が広がっていく。球体はそのまま広がりながらレミリアへと突進する。
レミリアにとってそれは十分避けることが出来る速さだったがレミリアはその場から動かない。何故か、それは愛すべき妹が球体に掌を向けていたからである。
「ドカーン」
フランが掌を握りしめ闇の球体は霧散する。だがルーミアの突進は止まらない。レミリアの首が斬られ、縦回転でくるくると回り飛んでいく。そのままフランを警戒しつつも黒い大剣を何度も叩きつける。負けじと首が離れたはずのレミリアの胴体もルーミアの体を爪で引き裂き続ける。
吸血鬼同士で戦う。三人の吸血鬼達の中でルーミアだけがその凄惨さを知っていた。
大地に血を撒き散らし、互いの血を啜り、バラバラになった体を再生し、また潰し合う。
こんな泥試合になるからこそこの戦いには再生力がどれ程高いかが決め手になるのだ。そしてルーミアはウミの体の一部を食べている。よってルーミアの命の数はほぼ無限である。
「キャハハハハハハ!産まれて初めてこんなに楽しい!」
「フフハハハハ!フラン!いい子だね!愛してあげる!」
「これは~キツいわね」
泥試合を心は痛むが可愛い妹に任せ、レミリアは全身を複数のコウモリに変えて戦場を俯瞰する。霊夢はもう見えない、麗夜もどうやら善戦しているらしい。そしてフランとルーミアの闘いは苛烈を極めている。レーヴァテインが炎を、黒い大剣が闇を撒き散らし両者を蝕んでいく。撒き散らされたそれらが麗夜に当たらないようにレミリアが防ぐ。
今羽ばたいているレミリアの内の一匹がもっているリボンを見て嘆息する。そのリボンこそルーミアを小さな体に縛る封印だ。
「これを髪に結ぶ隙なんてないわね。…フラン!交代よ!」
だが勝ち筋はある、時間稼ぎをすればいい。相手も吸血鬼であるが故に稼げる時間は多い。そして仲間を待つのだ、とレミリアは考えフランと場所を代わる。
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Creating「不完全な盾」
ウミは向かい合う麗夜に向け魔術を放つ、が軽く体を回転するだけで避けられる。
Creating「不完全な盾」
今度は避けられないようにと地面に沿わせて横薙ぎにシールドを振る。それでもシールドの触手と触手の間を曲芸のようにすり抜け避けられる。
「クリエイティング、インパーフェクトシールド!……!?」
さらにさらにこれならと次の一手を用意したが魔術が発生せずウミは困惑する。周りを見渡せばクヲリが近くにいないことに気付いた。
「霊夢さん!やってくれたんだな」
その言葉を聞いてウミは全てを察した。正邪が一枚噛んでいるであろうこと、クヲリがやられたということ、そして自分達がここで勝つことは不可能だろうということだ。
「着々と攻略が進んでいるようで」
ウミは諦観にも似たものを抱きながらそれでも麗夜に立ち向かう。目的は勝つことではない。永琳さんがあれを終わらせるまで耐え忍ぶことにある。幸い後少しでそれは達成されるのだ。ここを通す訳にはいかない。
覚悟を決めたウミは今まで一度も使ったことの無い刀を抜き、上段に構える。突撃し刀を振り抜く。
「が、ごあっ」ベキッ! バキッ! ゴッ!
が、半身で避けられ刀身を踏まれ殴られる。ウミは吹き飛びいくつかの竹に衝突した後、地面に倒れ伏す。
その時にレミリアとルーミアの戦いが見れた。抱きつきあっているように見える。いや、あれはどうやら互い肩に噛みつき血を吸いあっているようだ。
「もう、いいんじゃないかウミさん」
麗夜の言っていることを無視し、吸血鬼同士の戦いを見続けなければならない。なぜか、それは瞬きもしない間にルーミアの髪にリボンが結われていたからだ。
「何を見て…あ」
麗夜もそれに気付いたようだ。霊夢の作った風で抉れた道を導べとして、燃えた竹林を目印に彼女達は到着した。燃え落ちた竹林で拓けた空を埋めるように幻想郷の住民たちが飛んでいた。
「皆!間に合ったんだな!」
「麗夜、師匠達は頑張ったんだぜー」
「さあウミ、私のスキマに入りなさい。話を聞かせて貰うわ」
ウミは隣に現れたスキマを見ながら考える。ルーミアのリボンが一瞬で結われた現象、あれは咲夜さんの能力だろう。幻想郷では殺し合いをしてはならない、その理由がよくわかる。
もし殺し合いになればどちらか片方が一瞬で死ぬ。能力が強すぎるのだ。そしてその能力を戦いに使ってはいけない最たるもの、
それは―――――――
「ウミ、スキマに入らないのね。なら力づくで行かせても……らう………あ、ゆゆ、」
バタッ バタ、バタバタバタ、バタバタ。
突如、紫が糸が切れたかのように空から落ちる。否、紫だけではない。霊夢と妖夢その二人だけを残し、空を埋めていた影が全て落ちていく。
「……幽々子……様?」
「へぇ、あんた裏切ったのね」
ウミが考え付く限り最強の能力を持った心強い助っ人がこの場に参じる。
「幽々子さん…!来てくれたんですね」
「さてと、これであなた達の負けよ」