第七話 嵐の前
「さて、どうしたものかしらねぇ」
スキマの中、家具として設置してあるベッドに座りながら左手で肘を抱え頬杖をつき、考えにふける紫。
「後ひとつ、何かあればねぇ」
彼女は自分が立てた作戦に決定力を感じず悩み続けている。
もちろん紫には現時点では最善の作戦であろう、という自負はあってもそれ以上に不安感が心の隅に居座り続け、静かに存在を主張しているのだ。
というのも今回の敵達には殺意はない、が、普通の異変という訳でもない。被害がなければ気が緩みいつもの異変のように対応してしまうだろう。だけれど、敵達の目的が幻想郷の壊滅なら?殺しだけはしない理由はそのために気を緩ませて時間稼ぎするためなら?
よって、今回の異変は油断ならないのだ。まあ、さすがに、月面戦争の時ほど緊迫した状況ではないが。
「でも、月以上の戦力が向こうにはいるのよねぇ」
奪われた麗夜の力、会議では軽く流したが最も重要で厄介な事柄だ。せめてウミ達が麗夜の力を使えないことを望むが、それは希望的観測が過ぎるだろう。
懸念材料はまだある、ルーミア、あの愛と宵闇の吸血鬼と契約を結んだというだけでも驚きだが、それに加えて幽々子とさとりの会議への不参加、昔からの友人に中指を突き立てられた気分だ。
彼女らが操られている可能性は少ないが、今や誰が操られているか分からない。幻想郷の住民全てをこの作戦に組み込めばいったい誰に裏切られるのだろうか。
「ん、んぅ~~っと、作戦といえば」
何度も何度も同じことを考えて生まれてしまった邪推を振り払うために一度背伸びをしてから気付く。
霊夢はやけに会議では静かだった。というか、いつもなら会議等には参加せず敵を探して幻想郷を飛び回るだろう。霊夢も少しは成長したのなら嬉しいものだ。
ウゥゥゥン ボフン
「ぶは!」
突如として紫のスキマに侵入した何者かが紫の真後ろ、ベッドの上に落ちた。
「ここは…どこだぁ。くっそ紫め、もっと便利な傘を持ってやがれ」
「盗んだ癖に随分な言い種ね正邪」
「うお!ゆか、紫!?ってことはここはスキマの中かよ!」
いきなり現れて紫は驚いたが正邪も思いがけずスキマに侵入したのだろう。目に見えて驚き具合が違う。もしくは正邪に驚きを隠すという発想がなかったのかもしれないが、
「まあ、どちらにせよ私とあなたの協力関係はさっき終わったわ。ここからは家主とそこに入った泥棒の関係よ」
「おいおいおい!私だって来たくてここにワープした訳じゃないぞ!不可抗力だ!」
「それこそ『どちらにせよ』よ。指名手配犯と幻想郷の偉い人の関係でもいいわね」
咄嗟に起きた紫の年期が入った言葉遊びにたじろぐ正邪。このままでは捕まってしまうと、情勢を調整するために取って置いたとある情報を開示する決意をする。
「わかった私の負けだ!だけど私は今あんたが喉から手が出るほど欲しいだろう情報を隠してる。聞きたかったらここから自由にすると約束しろ。というかしてください!」
「その言葉を待ってたわ、情報次第で逃がすことも考えましょう」
紫にとってはイレギュラーな事態でも必要な情報をつかむためのチャンスに変わる。これが幻想郷の賢者たる由縁といえる。
それを見せつけられた正邪は奥歯をギリリと鳴らし、言ってしまったものは仕方ないとウミから逃げた時に気づいたウミの弱点といえるものを紫に語った。
――――――
「ふむ、それは一考の価値ありね」
「だろぉ紫さん。じゃ、私はこれで行かせていただいても?」
正邪は形だけのゴマすりだと一目でわかる不慣れな敬語を使い、滑稽なほど何度も頭を下げながら紫の顔色を伺っている。
その逃げるための懸命な努力に対する紫の答えは最初から決まっていた。
「ダメよ。本当かどうか確認のしようがないからここの牢獄で一生過ごして貰うわ」
「はあ?話が違うじゃねぇかよ!」
「言ったでしょ情報次第だって、まあ流石にかわいそうだし、私と戦って勝てたらここから出してあげるわね」
「言われなくてもそのつもりだぜこん畜生がよ!!」
――――――――――――――――――――――――――――――――
とある寂れた村、燃え盛る祠をキャンプファイアーとしてその周りを腕を組みながら首を傾げ、グルグルと回り続けるウミ。
端からみれば儀式か何かに見えるそれは、ただ考えに耽るために足を動かしていただけにすぎない。
「つまり、永琳さんが黒幕ってことはばらされてるだろうから………それでも紫さんが来ないとなると………結界は破壊しに来るよな………とすると……」
「…」
「ああ!どう考えても時間すら稼げないやつ!」
頭を抱えて一からまた改めて作戦を考え直す必要があると嘆くウミ。
「最初に会った時に殺しておけば、リュウもそんなに悩まなくてすんだでしょうにねー。あーあー」
「次もだめですよ。僕は血を見るのすら大嫌いなんですから」
「あー!それ血ぃ大好きな吸血鬼に向かって言うの?フツー。血に謝れい!!」
ウミは奇妙なことで抗議される。そしてルーミアが自らの金髪を頭を横にふってウミに当てた。髪は斬撃となりウミの服と体を裂き、血が地面に飛び散る。
「あわわ、もったいない。いや、無限に出るからいいのかな?」
だがルーミアの言っていることも一理ある。
もちろん殺すことが正解というつもりはない。だが、このままこの戦いに私情を挟み続けてもし大事な瞬間、殺すべき時に殺せなければ「後悔した」では済まされない。
「良くないです。心が傷つきました」
ウミはそんな反省の感情を表に出さないまま、体の傷と服を再生した。
「ふふふふ、ごめんね」
血で髪を濡らし口に手を当て笑いながら謝るルーミア。仕草が可愛らしく、ウミは素直に好きだと思った。
ウォォン
なんとも言えないウミ達の近くに人影が強い光と共に出現する。
「おっ、クヲリさん。ログインですね」
「おうよ。」
「おお、おはよ、なのかな?」
人影の正体は、永遠亭にある本体からウミをビーコン、またはセーブポイントとして出現したクヲリだった。クヲリは自分の体が正常に動くかどうか、準備体操の真似事をして確かめている。
「クヲリさん早速なんですが永琳さんに繋いでくれます...?」
「おーけい」
気の乗らない声で永琳との通話を望むウミ。それは当然だろう。なにせ、自分の失態を上司に報告するようなものなのだから。
何もない虚空に片手を伸ばし、指の先で不規則に何かを叩くような仕草をするクヲリ。最後に強く人差し指で強く叩く動作をすると、ウミの目の前にも青白い半透明な枠の画面が見えるようになる。
そこには当然、永琳の顔が映っていた。パッと見、不機嫌ではない。
『ウミ、どうかしたのかしら?』
「永琳さん実は…」
ウミは永琳に正邪を仲間に入れてすぐに裏切られたこと、それによって起こる今後の展開への推測、今後の正邪の利用方法やそもそも連絡がここまで遅れたこと、などなど、正直に語り尽くした。
それを聞き、永琳は少し目を見開く。その程度のリアクションだ。
『うーん、まあ仕方ないわね。詰めが甘かっただけで、仲間を増やすのは悪くない手だったわ。それに連絡網が不完全だったのは私の過失よ』
「いえ、こちらこそすいません。って!さっきも言いましたけど、このままじゃ結界壊されて永遠亭入られますよ。そんな余裕どこに.....」
ウミはあたふたと焦りながら考える。僕らは目的のためにやりたくもない悪役を買って出ている。ルーミア以外の仲間達はその目的のためなら、自分や仲間、他人も含めてどんな命でも差し出せるだろう。
だから、せめてこの選択を提示した永琳さんにはせめて現状を正しく理解して貰いたい。
それとも間違いだらけの自分がこう言うのは図々しいのだろうか?
『慌てないで、NPCを50体ほど製造したの。あなたに宿る片割れが死んだ魔術師とはまた別のプレイヤーを使うことができたわ』
「それでも時間を稼ぐのは難しいかと思われますが…」
今、NPCが完成したところで彼女達が相手ならそれこそ時間稼ぎにもならない。特に麗夜にとっては経験値にしか見えないだろう。軽く捻られ、ただ敵に塩を送った間抜けになってしまう。それは避けたい。
そんなウミの懸念を知ってか知らずか永琳はカウンセラーかのような人に安心感を与える穏和な笑みを浮かべた。
『大丈夫よ。紫なら正邪を信用しないわ。それに紫からして見ればこちらは未知の敵よ、今は情報収集と自分たちの戦力アップに専念したいはず、すぐに紫から攻めることはまずないでしょうね』
「おお!それならこの状況をひっくり返すまでの猶予はありますね」
『バイプレイヤーズの今後の動きの指示は私に任せなさい。あなたはこの計画の要だけど今の局面では失敗してもそれほど影響力はないの。その点は安心しても大丈夫よ』
ウミは良いのか悪いのか分からない慰めの言葉を受け、とりあえず安心すると同時に疑問を持つ。
敵は強大だ、あれを打ち倒すにせよ、撃退するにせよ、無理がある。そして、ただでさえどうしようもないような敵と戦っている中、戦わなくてもいい者とも戦ってしまっている。これで本当に目的は達成されるのだろうか?
―――――――――――――――――――――――――――――――――
人差し指と中指を的に向けて突きだして、魔力が変質し指先に集まるまでの工程をゆっくりと丁寧にこなしていく。最後に集まった魔力をデコピンの要領で力を溜めて解き放った。
魔力はフラフラと頼りなくよろめきつつ的の端の方に当たり音もたてずに飛び散った。
「はぁぁぁ、やっと当てたぁ」
常人の十倍はあると言われた魔力量の約半分を使って失敗を何度も繰り返し、ようやく成功例を掴んだ麗夜は大の字に寝転がり悔しがる。
「魔法を習って十時間にしては最高の部類ね。まあ、与えられた時間を考えればまだまだ足りないけれど」
「こんな調子で大丈夫なのか?」
「初めだからわからんけど、このままなら後一年くらいで戦えるってとこだな。成長速度チョー速いぜ」
ならまだまだってことだな、思いながら地面を叩き起き上がる麗夜。その勢いのまま手の中で魔力を練り上げ、押し出すように力を溜め飛ばす。
今まで繰り返してきた動作をもう一度軽くやってみる。そして前より的の中心に近い場所に当たる。成長しているという実感はある。それでも麗夜にはまだ足りない。
「あっ」
「どうしたんだ?魔理沙」
「いえ、なんでも無いわ。それより、そろそろ次の段階に行きましょうか」
魔理沙が言いかけたことをパチュリーが手で制し話を逸らす。魔理沙がそのままパチュリーの意をくみ、飲み込んだ言葉は「そんな風に起き上がりながら魔法を使えば暴発して手が吹っ飛ぶぞ」という忠告だ。
それを言わなかった訳は暴発への恐怖心が麗夜の成長力の妨げになる可能性があるからだ。
つまりは、急いでしまった代償としてのリスクも麗夜の意思も度外視にして、ただ麗夜が強くなる為だけの修行だということである。
「大丈夫です、わかりました」
麗夜もそれに薄々感づいたからこそ何も聞かずに修行を進める。
ウゥゥゥン
「麗夜、修行の調子はどうかしら」
あれから更に二段階ほど練習を進めそろそろ休もうとしていた時、紫がスキマを使って麗夜の修行を見に来たようだ。何故か服がぼろぼろだ。
「ど、どうしたんですか?その服」
「ああ、これ?ちょっと家にネズミが出ちゃったのよ。まさに窮鼠噛猫ね。結局ネズミには逃げられてしまったわ」
何か含みを持たせた言い方だが麗夜には分からない。分かる必要もないか、と理解するのを早々に諦めた。
「は、はあ。それで、なにか用でもあるんですか」
「ええ、面白い情報が入って来たのよ。今後またウミと戦うことがあれば、ウミとクヲリの距離を開けて戦いなさい。それで戦いやすくなる、かも知れないわ。確証はないけれど、まあ…試してみてってことね」
「了解です」
~魔法習得のための修行一週間後~
「水生成、から温度を下げて…よし!氷だ!」
麗夜は短期間で高難易度の氷作成を成功させていた。パチュリーには氷は戦闘向きではないと言われていたがこれはロマンだ譲れない。
「この調子で全属性制覇してやるぞ!」
ここ一週間は何もかもがうまくいったように感じる。もちろん修行はキツかったが、
それ以上に魔力の効率的な流しかたや魔法の構築のしかた。魔法がこの世の理をねじ曲げていく感覚など今まででは到底味わえなかったであろう知識や感覚を知る喜びが成長力に拍車をかけ、気付けば魔力を精密に操作するという一点において魔理沙を越えていた。
「出来が良すぎて私達が教えることもないのも困りものね」
「いやぁ上には上がいるってことだな。私も負けてられないぜ」
満足げな二人の師匠を見ながら彼女達の教え方が良かったからだと心から思う。それでも感謝するのはまだ三週間早い。今はその気持ちをしまって置いて、修行に集中する。
ヴァーーヴァーーヴァーー
紫に持たされていた通信機器である折り畳み傘のブザーが鳴っている。
「いったい何が…」
傘からのブザーは緊急事態の合図だ。紫の言う緊急事態とは会議に参加していた誰かが死んだか、敵が動き出したか、その二択である。
『皆、落ち着いて聞きなさい。霊夢が単独で永遠亭に向かったわ。退屈に我慢ならなかったのでしょうね。ここまでは想定内、問題はこのタイミングで敵らしき月兎の人形が幻想郷中に現れて片っ端から人や妖怪を襲っていることよ』
敵が動いた方か、と緊張感を募らせる麗夜を待たずに紫からの緊急連絡は続く。
『不幸中の幸いと言うべきか死者はまだ出ていない。
レミリア、フラン、麗夜は霊夢の加勢を
お願い。それ以外の人は人形を全て撃破次第私がスキマで永遠亭へ送るわ。以上』
連絡が終わった直後、麗夜の真横にスキマが開く。レミリアやフランにも同様にスキマが現れているのだろうと麗夜は察した。
「どうだ?先生ら、今の俺の実力は」
「オッケイだぜ!」
「敵たちの情報を聞く限り足止めはできる程度よ。無理すれば死ぬわ、気を付けて戦って来なさい」
「あっそうだ、今まで魔法を教えてくれてありがとうございました」
魔理沙からは自信をパチュリーからは現実的に物事を見る視点をそれぞれ受け取り、麗夜は感謝しつつスキマへ飛び込んでいった。
「麗夜は勝てるかしらね」
「うーん、まあ霊夢がいるからな。余裕だったりするかもしれないぜ」
二人の魔女は自らの弟子の今後を憂い話あう、美化してみればそう聞こえなくもないやり取りを終えるまでに二人は慣れた調子で魔法の触媒の点検を済ませ、図書館の階段を上がる。
やがて紅魔館の入り口まで来たところで―――
バリィイン ドォォン
紅魔館の門番である美鈴が吹き飛ばされたのか気絶した状態で窓ガラスを盛大に破壊しながら入館する。
「はっはっはっは、またやられたのか、美鈴?」
「扉の向こうの反応は多数よ。あなたには相性がいいわね」
「ああ、じゃあ私たちの仕事を終わらせるぜ!!」
館の扉を蹴りあける。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「暇ね。それに今日は嫌な予感がするし、……今日は異変解決ために動こうかしらね」
そうして暇を持て余した霊夢は嫌な予感した、というひとつの切っ掛けで神社を出る。唯一敵が居るであろう心当たりがある永遠亭にむかって空を飛んでいると、視界の端に鈴仙のような物が道を歩いているのように映る。それを敵と見なし、落ちながら速度を上げてそれに進路変更をすると――――
ヒュん ヴァァァァァアン
明らかにスペルカードルールを無視した超高速の大量の弾幕が霊夢を通り過ぎた。かと思うと、先ほどまで霊夢が飛んでいた場所が爆風で埋まる。奴もこちらに気付いていたらしい。どうやら攻撃の種類は広範囲の散弾で爆発つき。
背中に爆発の余波を感じるが構わず霊夢はそのまま加速し、次の攻撃を大きく上に避ける。相手の注意が上にそれている間に急降下し、超低空飛行で相手の懐に潜り込みサマーソルトを食らわせた。
「いきなりね、あんた。あれ?動かない。死んだのかな」
生死確認のために一蹴り入れてはみたが、コツンッと生気の感じない金属的な感覚がかえってくる。
「よく見れば鈴仙に似てるだけの人形じゃない。…いよいよ今日が怪しくなってきたわね」
迷いの竹林に入った霊夢は迷わぬようにするために、天津日子根命をその身に降ろし、風によって周りの竹林をぶち壊しながら進んでいく。
「霊夢さんそこまでです」
この行為に堪らず出てきたのは鈴仙だ。
「今度は本物みたいね。あなたもこの異変に一役買っているのかしら?」
「本物?異変?なんのことですか?とにかく、ここの生き物に迷惑のかかるようなことはやめてください」
「しらばっくれる気ね。打ちのめせば嫌でも思いだすかしら」
~少女弾幕勝負中~
「さあ、負けたからには知ってること全部話して貰うわよ」
「ひえー!私も知らないんですよー!永遠亭はずっと閉まったままですし、私も師匠に追い出されて…」
「おいおい、これは一体なにごとだ?」
「妹紅さーん!助けてください!」
落ち着いて話を聞いてみたところ、鈴仙は本当になにも知らなかった。どうやらある日突然永遠亭から出るように師匠である永琳から告げられ、以来、妹紅と暮らしているという。
「そういうわけだ。また輝夜が異変を起こしたのか?まあいい、案内するからこれ以上竹林を壊すな」
「結界のせいで見えないだろうがここが永遠亭だ。一応聞くが助けとかは要るか?異変解決なら協力するが」
「要らないわ」
「そうか。じゃあな」
妹紅は挨拶を短く済ませ去っていった。
「さて、どうやって結界を壊そうかしらね」
「おーい霊夢さーん。ここで何をしているんですかー?」
手を振り霊夢の名を呼ぶその声は、ウミのものだった。後ろにクヲリとルーミアをひきつれている。
相変わらず敵どうしだというのに不気味なほどフレンドリーなやつだ、そう霊夢は思った。




