第五話 会議1
「各々、よく集まってくれたわね。今から第一回となる異変に対する会議を始めましょうか」
紫のスキマの中、大きな机を囲み、二つの空席が目立った椅子に座る麗夜に関わった者達、正確には麗夜の力を知っている者達だけで対異変の緊急会議が行われている。これは幻想郷史上初の出来事である。
「はい、じゃあ私から質問させてもらう。配られた紙で異変の概要は分かったわ。でもこれにはコイツらに対策できるだけの情報が足りないように感じるんだけど」
「それについては情報が錯乱しそうな人物からの接触があったから一から説明させてもらうわ。その人物に関しては後でこの会議に入るから頭の片隅に入れておいてね」
「ふむ」
レミリアが早々に挙手し誰の反応も待たず質問をする。まっていた、とばかりに紫がその答えを用意した。この質疑応答は会議を円滑に進めるための布石であり、麗夜が「打ち合わせでもしたのか?」と思ってしまったのは二人が優秀である証拠だった。
「他に質問は?...無いなら始めるわね。先ずはお互いに知らない人物もいるでしょうから自己紹介を初めてもらうわ。私はこの会議の司会を務めさせて頂く紫。幻想郷の賢者の一人と呼ばれているわ。こっちの狐は藍、こっちの猫は橙、少しややこしいかも知れないけれど、橙は藍の、藍は私の式神よ」
「よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします!」
紫は自分とその身内の自己紹介を済ませ、三人とも座り直す。
「次は時計周りで紹介してもらうから麗夜ね」
「まあちょっと待ちなさい、私たちも今貴方がやってたように陣営ごとに紹介させて頂こうか」
紫はその方が合理的だと判断したのか目配せで同意する。
「そうだね神奈子。じゃあ守矢神社の真の神であるこの私が皆を紹介するよ」
「いやいやまてまて、ここは実質的な守矢神社の神であるこの私が」
「いやいやいや」「いやいやいやいや」
「あー!このお二柱は守矢神社になくてはならない神々で、注連縄を着けた方は八坂 神奈子様、目が二つ付いている帽子の方は洩矢 諏訪子様です!」
立ち上がりどちらがより偉いかを競う不毛な口論が始まりかけたところで早苗が割って入る。慣れている。
「すみません自己紹介が遅れました。守矢神社で巫女の真似事をしております傍ら、神様もしております東風谷 早苗と申します。そしてそちらの方は神崎 麗夜さんです。みなさん知っての通り、先の異変を解決するほどの力を持っていたのですが...」
「奪われた。今は一般人の力程度しかないな。まぁ資料に書いてると思う」
麗夜が締め括る。バツが悪そうに早苗、諏訪子、神奈子が座り直した。
「次ね、私はレミリア・スカーレット。霧の湖にある紅魔館の主をしているわ。貴方達から見て私の右隣にいるのが魔女、パチュリー・ノーレッジ。左隣にいるのがメイドの十六夜 咲夜よ」
「パチュリーよ」
「紅魔館でメイド長をしている十六夜 咲夜です。よろしくお願いします。」
紅魔陣営の自己紹介が終わり、それぞれ単独で来ている参加者たちの自己紹介が始まる。
「霊夢」
「魔理沙だぜー」
「あたいはチルノ!この中で最強の妖精だ!!こっちの子は大妖精の大ちゃんだ!」
「チルノちゃん私達場違いじゃないかな...?」
「幽々子様の代理で来ました魂魄 妖夢です」
「お姉ちゃん、さとりの代理のこいしだよー!」
一人ひとり個性のある自己紹介が終わり、会議は次の段階へと移る。すなわち敵の説明である。
「よしっと、これで全員の自己紹介は終わったわね。ではいわゆるこの異変の敵の説明からしていくわ。藍、資料を配って」
「はい」
ルーミア、ウミ、クヲリについて書かれている資料が参加者に配られる。紫は全員がそれを受け取ったことを確認してから、全体にむけて言葉を放つ。
「まずはルーミアから。彼女は紅魔異変が起こる前、スペルカードルールが制定される切っ掛けとなる異変。吸血鬼異変の黒幕よ。ある種、彼女のお陰で異変を起こした者と博麗の巫女は殺し合わずにすんでいる、とも言えるわね」
「へぇー私の前にも吸血鬼が異変を起こしていたのね。でもルーミアといえば、あのおっちょこちょいな妖怪でしょ。こう、のだーってやってる」
言いながらレミリアは手を広げてルーミアの真似をしてみせる。それに答える紫はどこか微笑ましそうだ。すぐに表情は戻した。
「そうそう、その子よ。あれは吸血鬼ルーミアが封印を受けた姿なの。リボンが封印ね。あれは自力では触ることすら出来ない代物、あれを力ずくで取ろうものならルーミア自身も傷つくはず。そして後で説明するけれどクヲリとウミの二人では封印を解く術はないわ。つまりルーミアの封印を解いた何者かがいるということね」
「ほう、それが今回の黒幕か」
「それについては可能性はあるけど今は敵陣営には隠された誰かがいる、ということだけ分かっていればそれでいいわ」
早合点する神奈子と注釈を入れる紫。両者はとてもにこやかに口角をあげながら会議を進めている。
「話を戻すわね。ルーミアの主な力は闇を操ること。闇で剣を作って攻撃するのが好きなようね。最も注意するべき点としては彼女を中心にして大きくなる闇の球体よ。それが発生する際は奇妙な絶叫が発されるから注意深ければ避けられると思われるわ」
「それじゃルーミアは私に任せてくれないかしら」
胸に手を当て片目をつむり自信たっぷりにそうレミリアが言いきった。その直後である。
ドガァァァン ドガァァァン ドガァァァン
辺りに爆発音が響き、足場が地震でも起きているかのように大きく揺れる。複数人が地震が起きたのかとどよめくが、ここは紫のスキマ、孤立した空間である。仮にスキマの外で地震が起きていたとしても揺れるはずがない。
それが意味する所は――――――
「あースキマが攻撃されてるわね~。」
「え!?紫さん!こんな悠長にしてていいんですか?」
冷や汗をかきながらもどこか余裕そうな声色で現状を説明する紫に麗夜が焦りながら聞く。
「ええ、どうやっているのかは分からないけど攻撃しているのはレミリア嬢の妹君らしいから」
ペシン!
レミリアが顔に手を当てた音だ。「あの子は...!」聞こえないように発音はしなかったが口の中だけでそう呟く。
「えっと、中継するかしら?」
「お願いするわ」
そんなやり取りの後裂け目が現れ、そこから液晶画面のようにフランが映る。青筋を浮かべ、憎々しげに口元は歪んでいる。フランはレミリアより数段怒りを表に出している様子だった。
「フランあなた何...「お姉さま!!!!!!!」
言葉を遮られたレミリアは呆れたように耳に指を突っ込み目を細めている。いいリアクションだ。
「はいはいどうしたの?」
「どうして連れていってくれなかったの!!?」
妹君は会議に連れて行かれなかったことにとても怒っていた。それはもう鬼の如く。
「ごめんなさいね。でも前に言ったようにあなたの力は危険なのよ」
「そうやっていつも除け者にしないでよ!!」
「そんなことは...「そう言いながらいつも楽しそうに帰ってくるくせに!!」
「うっ!」
図星だ、レミリアは心に傷を負った。フランの歯は歯ぎしりによって割れんばかりの圧力が加わり地団太で地面は割れている。
どうやらレミリアが思っていた以上に胸の内に不満を抱えていたようだ。
私は...。
「会議に入れたほうが良いと思うぜレミリア。」
「う、うーん、それはきっとあの子が危険になるわ」
「いつまで過保護になってるつもりよ。それにここが壊されるわけにはいかないでしょ」
魔理沙と霊夢から思わぬフォローが入り、たじろぐレミリア。あの子の気持ちを無視して幽閉し続けてきた理由はあの子の身の安全のためだ。
だが、それもそうである。私は限度を越えてフランを監禁してきただけなのではないか?これはこの問題を先伸ばしにしてきた私の落ち度だ、とレミリアは考える。
けれどこれは誰も悪くはない。
「紫、開けてあげて」
「んー」
かくして、むすーと不機嫌顔のフランがスキマに招かれた。フランはその顔のままスキマを見回し、一番近い空席である幽々子の席にドッカリ座った。妖夢とこいしに挟まれる位置だ。こいしが喜び、妖夢がギョッとした。
「そう言えばどうして幽々子とさとりは来てないんだ?来るって言ってたんだろ?」
「協力できない理由ができたそうよ」
魔理沙は紫の返事を聞いても一瞬では理解できず、頭を悩ませる。
協力できない理由ではなく来れない理由ができた、と言うならまだ分かるが協力できないと言いきっているということは寝返ったと取られても仕方がない発言だ。
いや、もうその線で考えた方がいいのだろうか?まあいいか、私が悩んだってことは紫も相当悩んだだろうし、
魔理沙は考えを一旦止めて会議に集中する。
「マジかー。それじゃあこいしと妖夢はどうなるんだぜ?」
「私は自由にしていいと言われたのでここにいます」
「左に同ーじ!」
こいしが妖夢に同意し手を上げた所で、紫が咳払いをして一同の注目を集める。
「本題に戻っていいかしら」
「あれ?どこまで話してたっけ?確か...そう!レミリアとルーミアが戦うってところだったぜ!」
「それ私がやる!!」
「魔理沙ぁ!」
「あ、やべ」
声高に宣言したのはフランだ。背筋を張り、手を指の先までピンと挙げている。それは今までで一番やる気のある挙手だった。
「ぁー、フラン?」
「何」
素っ気ないフランの態度にまた傷つきつつも、それに屈さずレミリアは自分のとるべき態度を模索する。
そして考えた末の答えは。
「うっ、も、もう駄目とは言わないわ。ただ二つ条件があるの」
「もー、何」
「難しいことじゃないの。危なくなったらすぐ逃げること、私も戦いに参加させること、この二つよ。お願い」
考えた末の答えはレミリアにとってかなり譲渡したものだった。だがフランからしてみれば逃げたくもないし姉が来るというだけでイヤである。
それでもフランはその言葉は姉が私に歩み寄った証拠であると理解できている。なのでイヤだと即答することができなかった。
フランはどうするか迷う。姉を思い、怒り、哀れみ、愛し、また怒る。感情がごっちゃにされ散々迷った挙げ句ようやく飛び出た言葉は。
「イヤ!...~だけどいいよ!!」
一瞬不安になったがそれは肯定的な言葉だった。レミリア、感無量。
「フ゛ー ラ゛ー ン゛~!!」
机を乗り越えて、飛び付き抱きしめ頬擦りする。もちろんレミリアがフランにである。
「ごめんなさいー」
「ああ!もういいってー!」
「わたしもー!」
先程までの不仲が嘘のようにじゃれつく姉妹。ドン引く妖夢とは対照的に何故かこいしがその輪に加わり場は大混乱。
この場でのレミリアの威厳は地に墜ちたが、それでも確かにレミリアは姉妹仲を一歩進めたことに満足していた。
「これはー、どうしよっか紫。休憩した方がいいんじゃない?」
「いえ、まだやめるわけにも行かないからとりあえず会議を進めていくわ」
困ったといった風に紫に休憩を持ちかける諏訪子、がその意見は聞き入れられない。意見自体はとてもありがたいのだが、待たせている人物がいるのと会議の内容的にもまだ始まったばかりだからだ。
「まあ別に待たせても良いのだけれど」
「ん?何か言いましたか?紫さん」
「いえ、何でもないわ」
麗夜からの追及を振り払い、今度は咳払いのような回りくどいやり方ではなく、手を叩いて注目を集める紫。
「はーい、注目!...良いわね」
周りの反応を確かめて今から会議を進めてもいいのか確認する。レミリアがまだぐすっているが無視して会議を進める。
「次はクヲリ・アンプタテについての説明よ。彼は麗夜や前回襲撃してきた“ボス”達と同じ“ゲーム”のプレイヤーよ。自身の強さを操れる力を持っているわ。例えば、以前の麗夜の倍強くなったり弱小妖怪程度まで弱くなったりね」
「ああ、それのおかげでよくアカBAN食らってる人だったな...ん?アカBAN?そうだ!紫さん!“ゲーム”のプレイヤーなら管理者の権限でアカウントをBANすればいいだけのことじゃないのか?」
「いえ、どうやらサーバーが別にあるらしいわ。私たちでは彼をどうにもできないの」
麗夜は思い至る。サーバーが別に?ということはウミからプレイヤーの気配がしたのはその別のサーバーを使ってたのか。それに何故別のサーバーがある?誰が立てた?黒幕か?ウミか?
麗夜の疑問が深くなる一方、それに比例して会議はどんどん進む。
「幸いなことに彼には平等に戦うというポリシーがあるみたいね。能力を駆使し、どんな相手でもどんな状況でも五分五分の戦いができるように力を調整するらしいわ」
「ぐす、えーと、その調整を絶対にするという確証はあるのかしら」
まだ涙の乾いていないレミリアが発言した。それは最もな意見だと言える。クヲリが力の調整をする前提で作戦を立ててもクヲリが逆上して麗夜の倍の強さで暴れられれば、それだけで全ての作戦は破綻するだろう。
「麗夜の証言はあるけれど、それだけじゃ確証とまでは言えないわ。でもまぁ彼がそのポリシーを貫き通してくれる可能性に賭けるしかないのよね。常に最悪を想定しておくのは大事だけど、一瞬の内に皆やられる可能性なんて考えるだけ無駄よ」
つまり、今、幻想郷はクヲリのさじ加減次第になってしまうほど追い詰められているということである。
「最後にリュウ ウミについての情報ね。彼は人里で暮らしている普通の人間だったわ。いえ、普通の人間では無いわね。いつの間にどこかからか人里に表れた孤児だったそうよ。
そして何があったのか、傷を負おうが麗夜の魔術に拘束されようが体の状態を元に戻す、という力を使えるようになっていたようね。
ウミの攻撃方法は例えるなら半透明の急速に成長する木の根のような感じだったと麗夜から聞いているわ。その攻撃は触れた相手の力を奪うそうよ、それによって麗夜の力が奪われてしまった。その麗夜の力を使えるかどうかはまだ分からない状況よ。
彼は幾つもの魂をその身に内包し、その中にはプレイヤーの気配が感じ取れたそうね。例によってアカウントBAN...この世界からの追放は
出来なかったわ」
「ふう、これでやっと終わりね。誰か質問は?」
紫は敵たちの説明を終え、参加者たちの反応を見る。ある者は深く考え、またある者はこの状況を楽しんでいる。
「おいおい、そろそろ会議に入ってくる人物とやらを紹介してくれてもいいんじゃないのか?待ちきれないぞ」
催促してくる神奈子の言葉に「せっかちね」と思いながらも元々敵の説明が終わった時点で彼女を紹介するつもりだった紫は、その正体をもったいぶらずに即答する。
「ええ、彼女の名は鬼人正邪」
「何!?」
「今、彼女は敵たちへのスパイ活動をしているわ」
紫の口から発されたその名前に会議に参加している者の大半が反応する。霊夢ですらその呼吸を一秒ほど忘れた。
「悪いけど紫、そいつの情報は私たちにとって毒にしかならないわ」
そう断言するのは腕を組み紫を睨み付けた霊夢だ。
「鬼人正邪は指名手配犯よ。あいつは人の嫌がることしかしない。その危険性は実際会った私がよく知ってる。
そもそもあんたは指名手配した側でしょ?そんなこと私に言われるまでもないわよね」
「ええ、もちろん分かっているわ。大方、二重スパイをしているか、いいように利用して最後に裏切るつもりでしょうね」
瞠目し不味いものでも食べたかのような顔でそう言う紫を見ながら、そこまで分かっていて何故?と霊夢は思う。
紫には裏切られることが分かっていても懐近くに招かざるを得ない理由があるのだ。その理由を霊夢は考えるが、わからない。
結局、答えを得るために一番手軽な方法、質問をすることに決めた。
「で、あんたがそうする理由は?」
「正邪は異変の黒幕の正体を言ったのよ」
「...それは一体誰?」
「八意永琳」