cloud :weathers
雲が厚く垂れこめていた。
晴れるわけでもない、雨が降るわけでもない。どっちつかずの天気。まるで私の人生みたい。
面白みがない。
「…………気持ち悪い。……水」
昨日は冬希さんの結婚式だった。披露宴で帰るはずが新郎の雅明さんに頼み込まれ、結局最後まで付き合う事になった。
「大丈夫? 千紘さん」
「ん、ありがと……」
雅明さんが差し出したグラスを受け取り、一気に飲み干した。少し気分がすっきりする。
「はぁ…」
「二日酔いだね。昨日はだいぶ飲んでいたようだし」
披露宴で帰っていれば、こんな事になってない。
「……………………待って」
「どうかした?」
「いや……あの…なんで、雅明さんが」
というか、そもそもここ私の部屋じゃない。
待て待て待て、え、ここホテル? 何で私ここに居るの? いや、それより何で雅明さん居るの? は? 何があった昨日。
「もしかして、覚えてない?」
雅明さんが少し気まずそうに眼を逸らした。待って、本当に何かあったの、昨日。
「…………お父さん、ご飯来たって」
扉が開いて、小学校三年生くらいの男の子が立っている。
「ありがとう、灯夜。すぐ行くよ。千紘さんも起きたって、お母さんに言ってきてくれる?」
男の子はうなずいて、駆けていった。
「千紘さん結構酔ってたし、危ないから近くのホテルに四人で泊まったんだよ。あ、もちろん僕は向こうのソファで寝たから」
雅明さんが説明してくれた。一部屋につきベッドルームともう一つリビングルームのような部屋があるクラスで、ベッドルームに私と冬希さんと灯夜くん。雅明さんは後者のソファで寝たらしい。
「そうだったんですね。ご迷惑を…」
「いやいや、僕のせいでもあるし、大丈夫だよ」
披露宴以降も連れまわしてしまった事を言っているのだろう。優しい人だ。
遠慮とかではなく、気持ち悪くてご飯を食べる気がしないので、朝食はお断りした。家族の時間を過ごしてもらう事にしよう。先に、シャワーを浴びる事にした。
「お姉ちゃん、結婚式はいいって言ってたけど、やっぱ幸せそうだったな」
雅明さんと冬希さんは籍自体はかなり前に入れていたけど、その頃の雅明さんの仕事の都合上、式が挙げられなかった。少し前に、雅明さんが転職して時間に余裕ができ、せっかくだからと式を挙げたのだ。もう小学生の子供もいる。
冬希さんは私の姉。姉と言っても年は十歳くらい違うけど、冬希さんは私の大事なお姉ちゃん。お互いにお互いが大好きだし、今でも二人で遊びに行く事もある。でも、私達の間には見えない壁みたいなのがある。すごく曖昧で一見よく分からないけど、確かにある。
それは私達の血が繋がっていないからかもしれない。
そんなの関係ないとお互いに思っているはずなのに、壁は消えない。とても脆いのに、とても頑丈な壁。まるで雲みたい。実体はほとんどないようなものなのに、積み重なれば太陽の光も届かない。雲の上と雲の下はまるで違う世界。
——千紘ってさ、お姉さんとあんまり似てないよね
姉は太陽みたいな人だ。結婚式も雲一つなかったし。
私は太陽にはなれない。月だったらまだよかったのかもしれないけど、そんなに綺麗なものでもない。
「…雲みたい。流されてばっかで、太陽の邪魔ばかりして」
シャワーを終えて、昨日の服に着替えた。着替えなんて持ってきてないし、しょうがない。朝食をとっている冬希さん達に挨拶をして帰る事にした。チェックアウトはまだだし、もう少しゆっくりして行けばと言われたけど断った。
いつも流されてばかりだけど、もう太陽の邪魔だけはしたくないと思った。
今日の空は、雲に覆われている。雨が降るわけでも、晴れるわけでもない。