表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まひるの事情  作者: てしこ
2/11

衝撃の真実

 4月に入り、まひるはあさひとの共同生活?にも慣れてきた。

 中学の入学式を控えたある朝。最近ではすっかり見慣れた朔とオクリト君が加わった日比野家の食卓。彼らは朝食後のまったりとした時間はいつも小夜とのんびりお茶を飲んで過ごす。

「ごちそうさま」

 食事を終えたまひるは椅子から立ち上がった。

「あ、まひる。今日は兄さん、じゃない、お父さんの法事でお寺に行くからそのつもりでいてね」

『お寺?あ、私はパスね』

 すかさずあさひが答えた。

「僕は行くよ」とまひる。

『勝手に行けば、私は昼まで寝てるから呼び出さないでね』

 最近あさひはまひるの中に自分の居場所を作ったみたいで用事のあるとき以外はそこから出てこないようになった。

「二人一緒でなくても兄さんは怒らないわ」

 小夜はあさひとまひるの父のことを『兄さん』と呼ぶ。

 小夜と二人の父が子供の頃、親の再婚で兄妹になったからだ。成人した兄妹はそれぞれ恋人が出来て結婚した。しかし、父は離婚して赤ん坊のあさひを連れて実家に戻って来た。同じ頃、夫を亡くした小夜も未亡人となって戻って来た。

 小夜の父は夫を亡くし傷心の小夜にあさひの母親になってはどうかと勧めた。はじめは渋っていた二人だったが、子供のためを思い結婚することにした。しかし夫になった兄はまひるが生まれてすぐに亡くなった。再び未亡人となった小夜は短い結婚生活だったためか今でもあさひとまひるの父のことを『兄さん』と呼ぶ。


 お寺には、まひるの祖父母と小夜とまひるの四人で行った。

 法要が終わり、お墓の前でお参りしていると、見慣れない女の人とその息子と思われる少年が近づいてきた。

「あら、(あき)さん。来て下さったの」

 小夜は二人に気がついて声を掛けた。

「お義父さん、お義母さん、それに小夜さん、ご無沙汰しています」

(あき)さん』と呼ばれた人は、まひるの祖父母をお義父さんお義母さんと呼んだ。

(あき)さん、久しぶりだの。その子は・・・」

 祖父が陽が連れている男の子を見て言った。

蒼海(うみ)ですわ。お義父さん」

 (あき)は少年を小夜の両親に紹介した。

「まあ、大きくなって。蒼空(そら)の子供の頃によく似てるわ」

 祖母が嬉しそうに目を細めた。

 蒼空(そら)とはあさひとまひるの父の名前だ。

「初めまして、蒼海(うみ)です。今年から高校生になりました」

 まひるは少年の名が蒼海と聞いて衝撃を受けた。蒼海って、あさひが言ってたあの蒼海先輩のことだろうか?

「お母さん・・・!」

 まひるは問いかけるように小夜を見た。

「そうよ、橋本陽さんと蒼海君。お父さんの前の奥さんと子供」

 小夜はまひるの目を見てそう言った。

「こんにちは、あなたがまひるさんね」

 陽がまひるに声をかけた。

「こんにちは、初めまして、日比野まひるです」

 戸惑いながらもかろうじて挨拶をした。

「ホホホ、初めましてじゃないのよ」

 と陽は笑った。

「会ったことありますか?」

 まひるには会ったという記憶が無かった。

「ええ、幼稚園のときにあさひと一緒に会ったわ。それと去年あさひのお葬式のときにも・・・」

 少し寂しそうな目でまひるを見た。

「あなたも中学生になるのね」

 陽は感慨深げにまひるの制服姿を見た。

 ちなみに今日のまひるは、新しく届いた夕陽ヶ丘学園中等部の()()()の制服を着ていた。

「陽さん、向こうで少し話さない?」

 小夜が陽を誘った。

 祖父と祖母は用事があるからと先に帰っていった。

「まひる、お母さんは陽さんとお話があるの、すぐ先の喫茶店に行くけど、まひるは蒼海君とここの境内で少し待っててくれる。それから、あさひはいまどうしてるかわかる?」

 あさひのことを尋ねるとき小夜は小声になった。

「分らないけど、気付いていないみたい。こんな衝撃的な事実、聞いていたら絶対何か言ってくると思うから」

「そうね、あさひが気づいていないならそのままにしておきましょう。あの子の夢を壊すこともないわ。その代わり、蒼海君にまひるの中のあさひのことを教えて。あさひに会っても妹だと言うことは内緒にしてくれるようお願いしてくれる」

「えーっ!こんなに大事なことを内緒にしておくの」

「ええ、あの子があなたに取り憑いてまで叶えたかった願いを壊すなんて出来ないわ。あさひの初恋を大事にしてあげたいのよ」

 まだ初恋の経験の無いまひるには考えられないことだった。

「初恋ってそんなに大事なものなの?」

「女の子にとってはね」

 小夜はまひるに小さくウインクをすると、陽と一緒に喫茶店に向かった。


 まひるがあさひの大好きな蒼海先輩を前にし、また衝撃の真実を受け入れるのにこれだけ動揺しているにもかかわらずあさひは静かだった。

 まひるはあさひの動向が気になった。

 考え込むまひるに蒼海が声をかけた。

「やあ、まひるくんだっけ?」

「まひるで良いです」

 まひるは思考を中断されてついぶっきらぼうに答えた。蒼海は少し驚いた顔をしたがすぐに笑顔になった。

「最近、家の近くで君をよく見かけるけど、僕のこと知っていたの?」

 まひるはあさひが毎日蒼海先輩の家の近くまで出掛けて行って、蒼海先輩を一目見るために家の周りを覗っているのを知っていたのでギクリとした。

「気付いていたんですか?」

「妹の衣都(いと)が教えてくれた」

 少し思わせぶりな口調で笑った。

「妹の衣都(いと)さん?」

「君と同じ、今年から夕陽ヶ丘学園中等部一年に入学するよ」

「そうなんですか。僕はそんなに目立っていました?」

 あさひは見つからないように深めに帽子を被り、いつも建物の陰から橋本家の裏門を見ていた。

「衣都は毎日同じ時間に同じ場所で君を見かけると言っていた」

 たしかに同じ時間に同じ場所にあさひは立っていた。

「君は帽子で顔を隠しているつもりだろうけど、衣都は君の顔は一目で覚えられるくらい印象的だと言っていたよ」

 軽い感じで話しを続けようと気を遣ってくれているのが分った。

「僕も衣都が気にする子を見たくなって、つい先日わざと君の横を通ってみたんだけど、君は気がつかなかったようだった」

 フッと蒼海が笑った。

「女の子かと思っていたけど、君は男の子だったんだね。衣都に興味があるの?」

 蒼海はまひるが衣都に興味を持っていると思ったようだ。

「いえ、違うんです。実はとても信じては頂けないと思うのですが、それは僕ではなくて、姉のあさひなんです」

 僕は思いきってあさひのことを話すことにした。

「あさひ?」蒼海は少し驚いた顔をした。

「あさひちゃんは昨年僕の目の前で交通事故に遭って、その後亡くなったと聞いたけど」

「そうなんですが、あさひはこの世に未練があって、いま僕に取り憑いているんです」

「あさひちゃんが君に取り憑いてるって、どういうこと?」

 蒼海はますます驚いて、まひるの顔をまじまじと覗き込んだ。

 蒼海はとても綺麗な目をしていた。まひるはじっと見つめられて少しドキッとした。間近から見つめられることに慣れていないので恥ずかしいと感じて焦った。

 まひるは焦りを隠して、あさひの初恋が蒼海でその思いのため成仏出来ずにまひるに取り憑いたこと。そして蒼海と友達になりたくて、蒼海の家の周りをうろついていることを話した。

「え、あさひちゃんの初恋が僕で、そのためにまひる君に取り憑いてしまった!と」

 信じられないと蒼海は言った。

「信じられないでしょうね。でも、蒼海先輩を追いかけているのは僕ではなくあさひです。母から蒼海先輩に『2ヶ月の間、妹と言うことは内緒にしてください』とお願いするよう頼まれました。あさひでいる間は、僕は女性になっているようなので、蒼海先輩もそのつもりで決して僕に変なことしないでくださいね」

「変なことって、僕が妹に何をすると思うの」

 状況が飲み込めず驚きを隠せないでいる蒼海から真顔で言われたので、まひるは次の言葉が出てこなかった。

「え、いや、何というか・・・」

 あたふたしているまひるを見て蒼海は笑い出した。

「大丈夫、うまくやるよ。君は心配しないで」

 蒼海はまひるの様子がよほどおかしかったようでなかなか笑いは止まらなかった。

 まだ蒼海の笑いが残っているときに小夜と陽が戻って来た。

「あら、二人ともすっかり仲良しになったようね」

 小夜が嬉しそうに言った。

「まひる、あの件は話したの?」

 小夜が小声で聞いてきたので、まひるは頷いた。

「良かったわ。それではそろそろ帰りましょうか」

 小夜は陽に「またね」と挨拶をして二人と別れた。

 蒼海と別れてまひるはホッとした。


 お寺から戻ってしばらくするとあさひが出てきた。

『あーあ、よく寝たわ。まひる、私と入れ代わる時間よ』

 あさひは、まひると入れ代わると、何時もの時間に何時もの場所に出掛けた。

 あさひはお寺での出来事に気付いていないようだった。まひるは内心ドキドキしていたので少し安心した。

 橋本家の裏門が見える場所で家の様子を覗っていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。

「ちょっとあなた、家に何か用でもあるの?」

 振り向くと、女の子が立っていた。

「あんた誰?」

 あさひが女の子を睨んだ。

「あなたがいつも覗いている家の者よ」

 ツインテールの気の強そうな綺麗な女の子だった。まひるはこの子が衣都かもしれない思った。

「どうせあなたも蒼海目当てなんでしょう」

 呆れた目をしてあさひを見た。

 だめだ、衣都ちゃん、あさひを挑発したら後がこわい。まひるは心の中で叫んだ。

「それがどうしたって言うのよ」

 あさひが臨戦態勢に入った。

「何をしているの」

 二人がにらみ合っているところを、また誰かが声をかけた。

 声を掛けた人物を見た途端、あさひと衣都の顔が打って変わって笑顔になった。

「蒼海先輩!」

「お兄さん!」

 二人同時に言った後、お互いを見合った。

「お兄さん?」

 あさひが驚いた。

「そうよ、蒼海は私の兄だわ。それがどうかした」

 衣都も負けずにあさひを見た。

「まあまあ二人ともこんな所で話してないで家に入ったら」

「話しなんかしていないし、家に入れることもないわ。私は注意していただけだわ」

 衣都は蒼海にそう言った。

「注意でもなんでもいいから、こんな路上で女の子が言い合うのは良くないと思うよ」

 蒼海は二人の背中を押して家の中に連れて入った。そして二人を応接室に案内するとソファーに座らせてから聞いた。

「で、どうして注意が喧嘩になったの」

「喧嘩なんかしていないわ」

 二人が同時に言った。

「ああ、ごめん。喧嘩しているように見えたから、僕の勘違いだったんだね」

 蒼海が困ったような表情で二人を見た。

「お兄さんのせいじゃないわ。この人がこの間から家を覗いていたから気になって声を掛けただけよ」

 衣都は少し怒ったような顔であさひを見た。

「覗いていたのは本当よ。謝るわ」あさひが謝った。

「で、なぜ家を覗いていたの?」

 蒼海はあさひに聞いた。

「・・・」

 あさひが黙っていたので、衣都が口を挟んだ。

「どうせお兄さんが目当てだったんでしょう」

「僕?どうして?」

 蒼海が不思議そうな顔をして衣都を見た。

「だって、お兄さんのファンの人が時々家の周りにいて、私が門から外に出ると『お兄様はいらっしゃる?』と声を掛けられるわ。きっとこの人もその中の一人なんじゃないの」

 衣都はいらだちを隠さずに言った。

「そうなの?」

 蒼海はあさひの顔を覗き込んだ。

「うっ!」

 蒼海と目が会ったあさひの顔が真っ赤になった。

 蒼海先輩、覗き込まないでくださいよ。先輩の目は綺麗すぎて、僕でもドキッとしたのに、あさひだったらもう悩殺ものですよとまひるが思ったように、あさひの鼓動が早くなるのがまひるにも分った。

「そうよ、蒼海先輩とお友達になりたかったのよ」

 あさひは捨て台詞のように投げやりに言った。

「僕と友達になりたかったの?」

 蒼海はまたあさひを見た。

「・・・」

 あさひは真っ赤になったまま俯いた。

「いいよ、お友達になってあげる。その代わり妹の衣都とも仲良くしてくれるかな?」

 蒼海はあさひと衣都の手を取ると重ねた。

「兄さん・・・」

「蒼海先輩・・・」

「ところで、君の名前聞いてなかったね。自己紹介しようか。僕は橋本蒼海。妹は衣都。君の名前は何というの?」

 あさひはしばらく躊躇していたが、

「私の名前は・・・日比野あさひです」と言った。

「そう、あさひちゃん。よろしくね」

 蒼海はふわりと笑うと二人から手を離した。

 まひるはあさひがなんと名乗るのか心配していた。でも、あさひは自分の名前を名乗った。

 蒼海があさひのことを普通に受け入れてくれたことに感謝した。

 蒼海は二人が落ち着くとお茶を貰ってくるから待っててと部屋を出ていた。

「お兄さんが良いと言っても、私はそう思わないから」

 蒼海が部屋を出たとたん衣都が呟いた。

「いいわよ、私はあなたと友達になりたいわけではないから」

 再び火花が散るかとまひるは心配した。

「だいたい私の理想ではお兄様の隣にはあなたのような綺麗な女は似合わないのよ」

 衣都があさひを見て言った。

「綺麗な女?誰が?」

「あなたに決まっているでしょう」

「私は綺麗なんて言われたこと一度も無いわ」

「ご謙遜を!」

「私よりあなたの方がよほど綺麗な顔をしているわ」

 あさひとのやりとりに衣都は変な顔をした。

「私が綺麗なのは認めるけど、あなた・・・自分の顔を鏡で見たことないの?」

「あるわ、有るけど・・・私はっ!」

 そう叫ぶとあさひは部屋から飛び出した。部屋の入り口で蒼海と危うくぶつかりそうになった。

「あさひちゃんどうしたの」

「わたし、帰ります。お邪魔しました」あさひはそのまま家を飛び出した。

 あさひは蒼海の家を飛び出してからも、スタスタと下を向いて歩き続けた。

『あさひ、どうしたの?』

 まひるは心配になって声を掛けた。

「何でも無いわ、でも衣都は嫌い!」

 あさひは何かをぶつけるようにそう呟いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ