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まひるの事情  作者: てしこ
1/11

あさひとまひる

 春、三月、おぼろ月の夜、とある家の二階の閉じた窓から白い影がスーッと家の中に入って行った。その後を追うように黒い小さな影が続いて入ろうとしたが、窓ガラスに阻まれて入れなかった。


「お母さん、お風呂上がったよ」

 日比野まひるは上半身裸で、ぬれた髪をタオルで拭きながら母に声を掛けた。返事がないので居間を覗くと母の小夜が夕陽ヶ丘学園中等部の制服を鴨居に掛けていた。

「何をしているの?」

 まひるは鴨居にかかっている制服を見た。

「あさひの制服?」

 あさひは一つ年上の姉の名である。

「いえ、まひる、あなた宛に今日届いたの」

 鴨居に掛けられた制服は女子用の制服だった。

「なんで!スカート!」

「そうなのよ、おかしいわね。まひるの性別は役所で訂正して貰ったはずなのに・・・」

 まひるは4月1日のエイプリルフールの生まれで、祖父がちょっとしたいたずら心で、まひるの父に女の子が生まれたと電話をした。それを信じた父が電話を受けたその足で役所に行き女の子で届けを出してしまった。父はそのまま出張に出掛け、出張先で事故に遭い帰らぬ人となった。

 まひるの性別が間違っていることに気付いたのは、幼稚園入園の時だった。慌てて手続きをしたが、まひるの見かけが女の子よりも華奢で綺麗な顔立ちをしていたため、幼稚園では女の子で通されてしまった。

 小学校は男の子で入学したが、ごく一部の人以外は、まひるのことを女の子と思っていた。

「明日学校に問い合わせてみるわ。最近は女子用のズボンもあるみたいだから・・・」

「いや、男子用でいいから」

 まひるはそう言い残すと二階に上がった。


 部屋のドアを開けたとたんひんやりとした空気が流れてきた。

 部屋の中に誰か立っている。

 電気を点けると、見知らぬ青年が立っていた。

 白い髪にコバルトブルーの瞳、どう見ても人ではない雰囲気が漂っていた。

「誰?」。

 普通なら驚いて叫んでもいいところなのだが、何故かまひるは落ち着いていた。

「君は僕を見ても驚かないんだね」

 青年は面白そうな顔をした。

「幽霊はあさひで慣れているから」

 あさひは昨年の4月に交通事故で亡くなっていた。何かこの世に未練があるらしく、死んでから時々影のような姿を見せていた。

「ほう、あさひとはあの窓ガラスにベタ付いてこっちを覗いているあれかな?」

 窓を見ると、あさひがガラスにべったり顔を付けてこっちを見ている。

「そう、あれ」

「ふーん、そういえば死に神のオクリト君が、逃げ足が早くて捕まえられない霊がいると言っていたけどあの子かな?」

「知らない。で、あなたは僕になんの用?」

 まひるは少し寒気を感じたのでパジャマを羽織った。

「あ、失礼、僕は(さく)といって天からの使いなんだが、実は天の手違いで、君に男の子の心と、女の子の心が同時に入ってしまったんだ」

 朔と名乗った天の使いの青年は大したミスではないとまひるに伝えた。

「はぁ!なに、それ!」

 男と女の心!漫画でもあるまいし嘘だろうとまひるは思った。

「それで、君が13歳の誕生日を迎えるまでにどちらの性にするか決めて欲しいんだ」

「今でもいいなら、僕は男を選びます」

 常々女の子に間違われていた原因がそれならば、まひるは迷わず男の心を選んだ。

「そうか、それなら話しは早い」

 朔はにっこり笑うとまひるに近づいた。

 その時何処から入ってきたのか、あさひが二人の間に割って入った。

「その話し待った!」

「あさひ!何故止める!」

 まひるはあさひを押しのけようと手を伸ばしたが素通りしてしまった。

「私にあんたの身体を貸して!」

 あさひはまひるに迫った。

「あさひさん、それはできません。あなたの魂がまひるの身体に入るとまひるの女性化が進んでしまいます。彼は男であることを望みました」

 朔はあさひの首根っこを猫のように掴むとポイと部屋の隅に放り投げた。

「何をするの!」

 幽霊だから壁にぶつかることもなく着地したあさひは、朔をジロリと睨んだ。

「あさひ、どんな未練があるか知らないけれど、僕は身体なんか貸さないから」

 まひるは窓を開けて、あさひに出て行くように促した。窓の外にはおとなしそうな幽霊さんがあさひを待っていた。

「そうだよ、オクリト君も困っているじゃないか」

 朔は外にたたずんでいる気の弱そうな幽霊、死に神のオクリト君を見て言った。

「3ヶ月!ううん、2ヶ月だけでいいの。私に身体を貸して」

 あさひは引かない。

「あさひの未練って何なのさ」

 いままであさひを無視していたまひるは、必死になって懇願してくるあさひの未練が気になった。

橋本蒼海(はしもとうみ)先輩、彼と話しをしたいの」

橋本蒼海(はしもとうみ)先輩って誰?」

「夕陽ヶ丘学園の入学式の時にあった人」

「は?」

「一目惚れなの。初恋なのよ。蒼海(うみ)先輩と友達になりたいの。そうしないと死んでも死にきれないのよ」

「ことわる!」

 まひるはあさひの話しを即断した。

「何故?姉の最後の願いなのよ」

「いやだ!あさひは積極的だから、話しだけで済まないかもしれない。僕の身体をそんなことに使って欲しくない!」

「ええぃ!こうなったら無理にでも乗っ取ってやる」

 あさひはまひるの身体に無理矢理入ってきた。

「やめろ!」

 まひろには女の子の心があるため、あさひの魂がその心と結び付いてしまった。

「あ~あ、困っちゃいましたね」

 朔はあまり困った様子もなく言った。

「仕方ないですね。2ヶ月だけ同体を認めましょう。でも、2ヶ月経ったら出て下さいよ。そうしないと、あなたの代わりにまひる君が死ぬことになりますからね」

 朔はそう言って、1日2時間だけまひるとあさひが入れ替るのを認めた。くれぐれも約束を守るようにとあさひに言い残すと、窓の外のオクリト君と何処かへ消えてしまった。

 まひるの魂は、あさひの侵入によって隅に追いやられてしまった。


 翌朝

「おはよう、ママ」

 まひるに声を掛けられた小夜は驚いた。

「まひる、どうしたの?熱でもあるの?」

 小夜はキョトンとするまひるのおでこに手を当てた。

 まひるはいつも小夜のことを『お母さん』と呼ぶ、小学校入学以来まひるがママと呼んだことは今までなかった。

「ママ、私はあさひ。2ヶ月ほどまひるの身体を1日2時間だけ借りることにしたの」

 小夜はまたまた驚いて、外見はまひるのあさひを見た。

「あなた、あさひなの!まひるはどうしたの?」

「この身体の何処かにいるわよ」

『何処かじゃなくて、すぐ側にいるんだけど』とまひるの声が何処からか聞こえてきた。

「どうしてまた、そんなことになったの?」

 小夜は突然の出来事に頭が付いていかない。

「去年の夕陽ヶ丘学園の入学式の時、橋本蒼海先輩と会ったの」

「橋本蒼海君?」

 小夜は驚いた。

「ママ、知ってるの?」

 小夜は少し躊躇いながら、「詳しくは知らないけど、橋本病院の先生の息子さんと聞いているわ」と答えた。

「そうなのよ!ママも知っているのね」

 小夜が蒼海を知っていると聞いてあさひは喜んだ。

「で、橋本蒼海君がどうしたの?」

「私の初恋なのよ。入学式の時、構内でママとはぐれてしまった時に声を掛けてくれて、教室まで案内してくれたの。あんなにステキな人に会ったのは初めてだったわ」

 あさひは両手を胸の前で組んで悶えた。

 小夜はまひるの身体であさひが悶えるのを見て、呆れたように「一目惚れしたのね」と言った。

「そうなのよ!私が事故にあったのだって、蒼海先輩が帰るのを見つけて、絶対声を掛けようと走り出したら、フワーッと浮くように身体が動いて、蒼海先輩の目の前に行くことが出来たのに、私がいくら声を掛けても気付いてくれないの。驚いた顔で道路の方を見ていたのよ。私もさすがに気になって何を見ているのだろうと思って後ろを見たら、私が車に跳ねられて倒れているのが見えたの」

『その時どうして身体に戻ろうと思わなかったの』

 まひるはあさひに尋ねた。

「だって、頭から血が出て痛そうだったから」

 あさひは病院に運ばれた時、頭の表面からの出血を除いて他には外傷はなく、レントゲンやCTでもどこにも異常は見あたらなかった。しかし、あさひは死んだ。

『あの時、あさひが身体に戻っていたら死んでなかったかもしれないのに』

 まひるがあさひを責めた。

「あの時、自分の身体に戻るより、蒼海先輩の側にいられることの方が嬉しかったのよ。気がついたら葬式が終わっていて身体が無くなっていたのよ」

 あさひはシュンとなった。

「どんな事情があったとしても、あさひさんの寿命は決まっていましたから、たとえ身体に戻ったとしても一時的で、寿命はそう変えられるものではありませんよ」

 いつの間にか朔がオクリト君とまひるの横に立っていた。

 小夜が誰?と尋ねるようにまひるを見た。

 朔とオクリト君は、お母さんにも見えるらしい。

 朔が現れたら、あさひは奥に引っ込んだので、まひるが答えた。

「この人は、自称天の使いの朔さん、そして、死に神のオクリト君」

「まあ!」

 小夜は驚いたが、朔とオクリト君に椅子を勧めて座るように促した。

「朔さん、詳しいことをお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「ええ、いいですよ。私も小夜さんにお知らせした方が良いと思ったので、こうして現れた次第です」

「朝ご飯はまだでしょう?」

 小夜が朔に聞いている。

 幽霊はご飯を食べるのか、不思議に思ったけれど、朔は「ごちそうになります」と言った。

 考えればおかしな光景なのだが、朝食の席に小夜とまひると朔とオクリト君が座って朝食を食べている。

 食後のお茶を飲みながら朔が言った。

「あさひさんが捕まえられたのはラッキーでした」

「どういうこと?」とまひる。

「あのままにしていたら、あさひさんはもうすぐ悪霊になって、誰かに取り憑くところでした」

「そうなの?」

 小夜とまひるは驚いた。

「ええ、だからあさひさんの条件を聞くことにしたんです」

「悪霊になったら、どうなるの?」

「誰かに取り憑いて、取り憑いた人と一緒に死にます。取り憑かれた人の魂は天に行きますが、悪霊となった魂が天に戻ることはよほどの事でもない限りありません」

「地獄に行くの?」

「いえ、天の法により完全にこの世から消滅します」

 あさひも聞いているんだろうなとまひるは思った。

「ところで、小夜さん。天のミスでまひるは男の子と女の子の心が入ってしまいました。私がまひるのところに来たのは、まひるにどちらかの性を選択して貰うためでした。まひるは男の子を選んだのですが、そこへあさひさんが現れて、先ほどの条件を提示されたのです。恋をしているあさひさんがまひるの身体に入ると女の子の心が反応して女性化が早まることになります。まひるが男の子のままでいるためには2ヶ月がギリギリの限度になります。そして、あさひさんがまひるの身体から出ていかない場合は、まひるがあさひの代わりに死ぬことになります。そこのところを充分に気をつけてください」

 朔は小夜に2ヶ月であさひがまひるから出て行かない場合まひるが死ぬことを伝えた。

「わかりました」

 小夜は朔の話しに戸惑いながらも強く頷いた。

「おっと、長居をしてしまいました。朝ご飯美味しかったです。ごちそうさまでした。また伺います」

 朔とオクリト君は来たときと同じように、スーッといなくなった。

「まひる、しばらく大変だと思うけれど、あさひが暴走しないよう気をつけていてね」

 小夜はまひるにそう言った。

「ママ、私が暴走するって、どういうこと」

 即座にあさひの返事が返ってきた。


 ピンポーン

 玄関のチャイムが鳴った。

 インターホンの映像を覗くと、まひるの友人の篤が立っていた。

「篤だ」

 あさひが面白そうに呟いた。

『あさひ、篤に何をするつもり』

 慌ててまひるがあさひを止めたけれど、あさひは玄関に行きドアを開けた。

「篤、何しに来たの」

「まひる?昨日、朝からゲームをしようって約束していたじゃないか」

 キョトンとした顔で篤はまひるを見た。

「私があんたとゲームなんかするわけないじゃない」

「まひる?どうしたんだ?まるであさひちゃんみたいになっているよ。まさか、あさひちゃんの幽霊に取り憑かれてしまったの?」

 篤はまひるからあさひの幽霊がよく現れる話しを聞いていたので、とうとう取り憑かれてしまったと思ったらし。

「ピンポーン、大当たり。よくわかったわね。私はあさひよ」

『ごめん篤君』

 まひるの声が何処からか聞こえた。

「大丈夫なのか?まひる?」

『うん、ゲームは昼からにしよう』

 篤はまひるの声に従って「じゃあ、昼にまた来る」と言って慌てて帰って行った。


 昼に再び遊びに来た篤は、あさひが取り憑いた経緯を聞いた。そして、

「まひる、僕は君が女の子になるのに賛成だよ。もし君が女の子になったら、僕の彼女になってくれよ」と真剣な顔で言った。

「篤!君はそんなふうに僕を見ていたのか!」

「うっ、すまない、幼稚園の時のまひるが僕の初恋だったから・・・」

「幼稚園!忘れてくれ、あれは僕の黒歴史だ」

 幼稚園の時は女の子で通して欲しいと園長から頼まれて、かわいいフリフリの洋服をきて通園させられていた。

「あの幼稚園のことで、あさひから避けられてしまったんだから、僕が男に拘るのがわかるだろう」

 あさひが年長の時にまひるが年中に入園した。小夜は仕方なくあさひの洋服をまひるにも着せていた。そのことであさひとまひるが比べられたようで、あさひちゃんもかわいいけどそれ以上にまひるちゃんがかわいいと誰かが言ったらしい。それを聞いたあさひは、まひるは男の子なんだから男らしくしなさいと言うようになった。

 小学校は男の子で通したが、着ている物は男の子でも。外見が女の子に見えるので、あさひは、まひるを紹介して欲しいと、知らないクラスの男の子から頼まれるようになった。あさひはそうとう憤慨していたとあさひのクラスの子が教えてくれた。

 あさひは、まひるを虐めたりしなかったけれど、避けるようになっていた。

 まひるは男らしくなればあさひと仲良くなれると思っていた。

「僕は男になるんだ!」

 決意を新たにするまひるだった。


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